宇宙の終り
誰かにあとをつけられていないか確認し、遠回りしながら家に帰ると、既に朝の6時になっていた。ダン・ボイルの家で銃撃があった5時間後だ。
ジョーは眠気覚ましのためシャワーを浴びて着替えたあと、コーヒーを買うためにテリーズコーヒーに出かけた。名前からわかる通りここも有名コーヒーショップの偽物だ。味は可もなく不可もなくといった評判で、特筆すべきことは店主のテリーは既に店の金を持ち出して逃げ出したことくらいだ。なんとか今も店は続いている。
テリーズコーヒーで買ったコーヒーをすすっていると、後ろから来たパトカーが威嚇するようにサイレンを鳴らし、スピーカーでジョーに声をかける。
『そこの黒人、止まれ』
ジョーはうんざりしたように振り向き、立ち止まる。すると、運転席から白人の警官が顔をのぞかせ、強権的な態度で指を指す。
「振り向くな。こっちにケツを向けて壁に手をつけ」
ジョーはいらだたしげに口を歪める。だが逆らえば撃たれるのがオチだろう。今朝の銃撃で敏感になっている。黒人を見れば逮捕したくなるのが性なのだろう。
ジョーはこのまま警官をぶちのめしてやろうかと思った。今なら目撃者もいない。だがもう一人の警官が車から降りないのがネックだ。
ジョーは素直に従い、壁に手をつけた。警官はジョーの腕を無理やり後ろにやり、手錠でしばって車の後部座席に押し込む。
この警官があてをつけて強行逮捕に踏み切ったとは思えない。ただ黒人というだけで取り調べるつもりだ。ならば素直にしていれば切り抜けられるはずだ。
そう思って顔をあげると、見覚えのある顔がニタニタした笑みを浮かべながら助手席からこちらを見ていた。
「よう、バニング」
ジョーはその顔を見て、最大限のため息を吐く。吐かざるを得ない。
「──ステイプルトン、なんのつもりだ」
「レイシストの警官かと思ったか? 残念、チャールズは毎週めぐまれない子たちのためにボランティアを開く善良な警官だ。協力ありがとう、チャールズ」
「やあ、ジョー。噂は聞くよ」
「黙ってろクソ野郎(Shut the fuck up)」
ジョーが言うと、チャールズは傷ついた顔をした。
「おい、チャールズになんてことを言うんだ。こいつは善良な警官でFワードを聞くと動悸がおさまらなくなるんだ」
見ると、チャールズは金魚のように口をパクパクさせ、大粒の汗をかいていた。
「大丈夫だチャールズ、大丈夫だ」
ステイプルトンとが落ち着かせるように背中をなでると、チャールズは徐々に落ち着いた顔をする。
「このクソ茶番はなんだ?」
「おい!」
「ああ……」
チャールズが宇宙の終りみたいな顔をした。