96話 『黒は白にはならなかった』
「そうだったのか。じゃあ、今まで狂気じみた戦い方をしてたのは、お前の仕業で良いんだな?」
「お前ではない、アゴーン・アペレフセロスだ。まあ、良い。お前は魔女の助けがなければ人間など、ただの家畜に過ぎない。こいつもそうさ、魔族の力がなければ、何一つ守ることもできず、戦うこともできない。非力で下等な人間を有効に活用してやってるんだ。ギース感謝すべきさぁ、あの方に選ばれたアゴーン・アペレフセロスと契約していたおかげで、こんなにも素晴らしい力を味わうことができるんだからねぇ」
魔族はみんな、人間のことを下等な存在だと思っているのだろうか。
ラナとスフィアのように、心を通わせることができたなら、そんな考えもなくなるはず。
だが、人間にも悪い人がいるように、魔族にも悪い魔族がいる。
根底から黒く、元から闇の中にいる相手に対して、どれだけ手を尽くし、真っ白な光へと導こうとしたところで、黒は黒。白に染まることはない。
例え、幽魔が闇の住人だとしても、ギースと契約を結んでいる以上は消し去ることはできない。
ラナは、黒を白に染める方法を見つけ出さなければならなかった。
「ご自慢の力を手にした割に、全然俺のことを殺せなかったみたいだけど、もしかして、その程度の力で満足してたってこと?」
まずは、対等な条件を作り出す必要がある。
そのためにも、どんな力を使っているのか、不慣れな駆け引きをしてでも、ラナには知る必要があった。
「手も足も出せなかった奴が、何を言っているのかなぁ?」
「その手も足も出せなかった奴を殺しそびれてるのは、どこの誰なのかしら?」
多分、スフィアならそう返すだろうと、少し口調も寄せてしまっていることに気づかないまま、なんちゃってスフィアを演じて駆け引きを続ける。
「本気で死にたいらしいねぇ。ボクも早くお前を殺して、あの方への土産に首を持ち帰りたいからなぁ。今度こそ大人しく殺されてくれるよねぇ?」
先刻まで、正気と狂気が入れ替わるように話していたのに、今は幽魔がメインで話している。
王都の様子も気になるところだが、ギースに残された時間も少なくなってきているようだ。
このままでは、ギース本人が、心が消えてしまう。
「悪いけど、死ぬつもりはないよ。お前の言う通り、スフィア様が動けない今、ただの人間も同然だ。俺の全力で、お前の力をねじ伏せられないのが残念だよ」
「あひゃひゃひゃひゃ!笑わせてくれるなよ、人間。魔女の力を借りたところで、あの方の力の前には無力も同然」
「怖いのか?だから、スフィア様の動きを封じたんだろう?」
「ボクが魔女を?何か勘違いしているようだねぇ」
――食いついた。
ラナは、一つだけ知っていることがあった。
それは己が優位な立場にあると自覚しているものほど、格下の相手に事実を突きつけたいという心理を。
種族が違いや、身分の違いがあればあるほどに、それは如実に現れる。
「勘違い?」
「そうさぁ。あの魔女は自分の魔法を受けただけ。本当に馬鹿な奴だ」
「どういうことだ?」
真剣に分からなくて訊き返した。
あの魔法は、完璧にギースの体を捉えたはずだったが、直前で打ち消されたように見えていた。
それをスフィアが受けたなんて、納得できない。
しかし、その答えはすぐに返ってきた。
「魔力反射で、そこの魔女が押し負けただけのこと。いやぁ、四大聖魔と言っても、あの方の授けた力の前では無力も同然ってわけだねぇ、哀れ、哀れ」
魔女の一族は、魔族の中でもトップクラスの魔力を待っている。四大聖魔として、魔界を統治しているほどの力を少なからず、スフィアも受け継いでいる。
そのスフィアが押し負けたとなれば、スフィアが復活したとしても、いよいよ打つ手がない。
「お前なんかに、スフィア様が押し分けるわけが」
「押し負けたんだよぉ!このボクに!お前にも見えるだろう?ボクの体から溢れ出す闇の魔力がさぁ!」
恐怖に打ちひしがれろと、両手を広げ、己の溢れ出る闇のオーラを見せびらかす幽魔。
――確かに、スフィア様の姉ちゃんとゴルドさんが闇の化身に変わった時よりも、凄まじい力を感じるけど……。
また一段と膨れ上がる強大な闇の魔力を前にして、ラナは突如として話しかけてきた謎の声が言っていたことを思い出す。
――もしかして、そういうことなのか。
半信半疑だったが、何となく整理がついた。
光の主属性と雷の副属性の魔力を持っているスフィアに対して、闇属性を持つ幽魔。
元々、得意な属性がある中で、光と闇は相反する対極的な属性。いくら、シェイネの力を借りたところで、それはスフィア自身の魔力とは異なる。
つまり、魔力同士がぶつかり合い、打ち消しあったのではなく、反発し合って跳ね返ったのだ。
――それなら、光属性魔法で対抗すれば、戦える。
そして、ラナはもう一つ気づいた。
スフィアが自分の魔法で動かなくなっているのなら、魂を一つにしているラナが魔法を解除できるということに。
――あとは、どんな技を使っているのか。
剣技ではないことは、剣を受けていたラナが一番よく知っている。
「お前の闇の魔力がどれだけ凄いのかは、理解したよ。だけど、まだ俺が負ける理由にはならないと思うよ」
「これを見て、まだ負けを認めないとは、本当に理解しているとは思えないなぁ」
「確かにさっきのスフィア様の魔法みたいに、使ったことがない闇属性の魔法だけで戦うなら、絶対に無理だけど、こっちも得意な光属性の魔法で戦えば、どうなるなかな?」
ラナは会話の最中、そっとスフィアの肩に手を置く。
「魔法解除!」
ラナの体を通じて、流れ込む魔力がスフィアの体が白く光らせ、操人形劇の拘束から解き放たれる。
「はぁ……、はぁ……。助かったわ」
かなり強力な拘束魔法だったのだろう。硬直していただけなのに、息の切らせ方が尋常ではなかった。
「大丈夫ですか?」
「問題ないわ。まさか魔法反射とはね」
「魔法反射?!」
「ええ、本来なら魔法反射は魔法を使うもの同士でしか使わない手段だったから、想定していなかったのよ。君が気づいて解除してくれなかったら、本当に危なかったわ」
想定外なことは、日常茶飯事だったが、今回ばかりは死に直結しても不思議ではないほどのこと。
さすがのスフィアも、じっとりと嫌な汗をかいていた。
「あひゃひゃひゃ!何をするかと思えば、雑魚を復活させたじゃないかぁ!」
「あら、雑魚と言うわりには何をするのか気になっていたのね。何か不安なことでもあったのかしら?」
復活早々に、相手の言葉から痛いところを突くスフィア。大笑いしていた幽魔の顔から笑みが消え、闇のオーラを全開にして二人を睨みつける。
「お前らと話すのも飽きたなぁ。あぁ、つまらない。つまらない。つまらない」
「図星みたいね。私たちも、あなたみたいな下級魔族の相手をしている暇はないから、次で終わりにしましょう」
この場面で自信満々に下級魔族と罵り、胸を張りながら言った。
何か策があるのだと、ラナは期待に胸を膨らませる。
「いつまでも、幽魔の一族が下級魔族だと罵るが良い。生き延びられたらの話だけどなぁ!」
この無意味とも思える戦いに、終止符を打つべく、ラナとスフィアは狂気の幽魔アゴーン・アペレフセロスと正面から激突する。





