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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第8章 『鳴りやまぬ鐘と狂気の目覚め』
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93話 『正義を守る戦いが、ここから始まりました』

「このボクを無視して何の作戦を練っているかと思えば、英雄になる条件? 正義? 僕を守る? ボクよりも劣っているのに、英雄になれるわけがないだろう? それにボクの正義はお前には守れないし、守られる筋合いはない。ボクを救ってくれるのは、あの方しかいない」


 二人の会話に聞き耳を立てていたギースが、嫌味と合わせて、意味深なことを口走った。


「あの方って、赤の騎士のことを言っているの?」


 スフィアの問いかけに対して、無言のままギースは姿を現した。


「ギース先輩……」


 浮ついた意識に、ガツンと一喝するような衝撃が走る。


 お世辞にもカッコいいとは言えない、独特なキノコヘアーは見る影もなく、炎のように揺らめきながら逆立っている髪。魔力のような赤黒いオーラが身体から滲み出て、団服を覆い尽くしている。もう、ラナたちの知るギースの姿はどこにもない。


「本当にギース先輩なのか?!」


「くくく、どうだ? これが真の力に目覚めたボクの姿さ」


 幽魔(イマーゴ)と契約を結んだギースの専売特許である透過能力を解除してまで、その姿を自慢げに見せびらかせているところからも、かなりの力を手に入れていることが理解できた。


「あまり顔色が良いようには見えないけれど、本当にあなたは力を手に入れたのかしら?」


 まったく違う人間となってしまったギースに対して、スフィアは当然のように駆け引きを始める。この状況で冷静になれるスフィアの半歩後ろから、これが真の正義を持った者の落ち着きなのかと、小さな背中に尊敬の眼差しと、必ずそこまで辿り着くのだと気持ちを新たにする。


「顔色か? 外見のことなど、どうでもいいことさ。ボクはね、あの方の手となり足となり、血肉となってこの世界を終わらせると決めたんだ」


 天を仰ぐように大きく手を開いたその手には、無数の切り傷や刺された穴が空いていた。


 不思議なことに、そこから血が流れ出ることはなく、代わりに赤黒いオーラが溢れ出ている。普通ではない何かで力を手に入れたことは、確かだろう。


「ギース先輩、さっきから言っている、あの方って誰のことですか?」


「お前のような罪人が知る必要はないよ」


 傷だらけの手で十字剣(クロスソード)を握ったギースは、愛する人を愛でるように十字剣(クロスソード)に頬擦りをして、その切っ先をラナたちに向けた。


「本当だったら、あの場所で忌まわしい魔女と一緒に仲良く死んでもらうはずだったのに、まさか、先客がいるとは思わなかったからなぁ。少し遅くなったけど、ここで死んでもらおうか。あの方の願いのままに」


 二人の知りたい情報は、何一つ得られないまま、ギースが斬りかかってきた。しかし、殺気に満ちた斬撃は、その殺気の分だけラナの能力を引き出す。


 時間の錯覚(クロノスタシス)による超高速回避で、容易くギースの攻撃を回避、そして懐に飛び込む――はずだった。


()っ!」


 完璧に回避したはずなのに、左肩から右足に向かって、ギースの刃がラナの体に紅の線を刻む。


「おかしいなぁ。ちゃんと一般兵で練習したのになぁ。強くなりすぎて、間合いを見誤ったかな?」


 一撃で討ち取ったつもりでいたギースは、不思議に思いつつ、左右交互に十字剣(クロスソード)を持ち替えて、握りの感覚と間合いを確認し始めた。


「何が起きたんだ……」


 超高速で回避した時点で、度肝を抜かれて困惑するのは避けられた相手のはずなのに、今回は逆にラナの方が度肝を抜かれて面食らっている。


 幸いにも傷は浅く致命傷にはならなかったが、時間の錯覚(クロノスタシス)による回避には、絶対的な自信があっただけに、浅い傷とはいえ、一太刀入れられたことが信じられない。


「ボクの力に圧倒されちゃったのかなぁ? まあ、それも仕方のないことか」


 陰キャラ要素もどこかへ消えてしまったようだ。すでに逆立っている髪の毛を掻き上げて、己の力に酔い痴れている。


 あまりの似合わない行動に、ちょっとばかり苛立ったラナは、


「ギース先輩、あまり似合わないことをしない方が良いですよ。どんなトリックを使ったのか知らないですけど、これくらいの傷を負わせたくらいで、調子に乗るなんて、後輩として恥ずかしいです。残念です」


 と、後輩らしさを前面に押し出して、挑発してみた。もちろん、単なる嫌味とか馬鹿にしたいという訳ではなく、スフィアを見習っての行動だ。


 だが、虫けらと認識している相手の挑発に対して、怒り狂い、取り乱すことがあるだろうか。


「そうかぁ、力の差があり過ぎて何が起こったのか理解できないのか。哀れだ。もしボクがお前の立場なら、恥ずかしくて死にたくなるところだ」


 哀れみのあまりに、左手で顔を覆い隠している。一見、反撃のチャンスに思えるが、余裕で視線を外し、自分の世界に入り込んでいる相手に突っ込んでいくのは、頭の良い戦い方とは言えない。警戒を強めたスフィアは、猪突猛進に突っ込んで行こうとするラナの頭をコツンと叩く。


「あなたの言う通りだわ、ギースさん。こんなに力の差が目に見えて分かるのに、戦いを挑むなんて、今の私たちには無謀すぎるわ」


「忌まわしい魔女にしては、理解が早いじゃないか。だったら――」


「ええ、私があなたと戦うわ」


「な、何を言っているんだよ! スフィア様!」


 予想外過ぎる発言に、また驚かされたラナはスフィアの肩をグっと掴み、一人で戦わせまいとした。


「まさか、魔女がボクと戦うなんて言い出すとは、お前ら揃って大バカか。いや、それよりも女に戦わせるなんて言わせているお前が一番情けないねぇ。本当に哀れで情けない」


 弱者を哀れむことが楽しくなったのか、左手で顔を覆った姿勢を維持したまま、攻撃してくる様子はない。スフィアはこの機を逃さないようにラナにリンクで話し掛ける。


『大丈夫よ。君みたいに無策で飛び込むような真似はしないから』


 揺るぎない正義の下に、一切の迷いなし。スフィアから流れて来るのは、強い波長と共に乗せられた確固たる意志が伝わってくる。母親に包み込まれているような安心感にラナは、平常心を保てるようになっていた。


『何か勝算でもあるんですか?』


『いいえ、勝算なんてないわ。ただ、さっきの攻撃で分かったことが二つ、まず君は完璧にギースさんの攻撃を回避していたこと。もう一つは、ギースが斬った瞬間、君の残像が見えたということ』


 残像。すなわちラナがそこにいたという記憶。ラナという人間の心が残されていた。


 時間の錯覚(クロノスタシス)は、攻撃が来ると認識した瞬間に発動する瞬発型の技であるが故に、ほぼ無意識に発動しているに近い。そこに意識をプラスすることで、避ける動作に攻撃を追加することが可能になる。


 問題というほどではないが、攻撃に転じる前、超高速回避をした瞬間に、瞬時に動いた肉体と心に極僅かだがズレが生じる。気にするほどのことでもなければ、気に止めることでもない。普通なら絶対に気づくことがないからだ。それでも、スフィアはその残像を目視して、認識してしまった。


『それって、まさか……』


『ええ、彼は実体を斬っていない。だから、互いの剣を交えることは危険すぎる』


『だからってスフィア様だけが戦う必要ないじゃないですか!』


『ハッタリよ。ギースさんは君のことを格下だと思っているし、一番警戒していない相手とも言えるわ。どんな技で、実体なきものを斬っているのか分からないけれど、剣を使って戦う限り、必ず直線上で戦うことになるわ』


『それなら、俺がギース先輩の剣を受ける一瞬を狙って、スフィア様が拘束するっていうのは、どうです?』


『良い案だと思うわ。ギース先輩を殺すわけにはいかないし、試してみる価値はありそうね』


 冷静に判断ができるようになってきたと、ちょっとだけ頼もしさが出て来たと、喜びたい気持ちを微笑むくらいに抑えて、ラナの提案に乗った。


 対するギースと言えば、未だにラナのことを哀れみ、こちらを見ている様子はない。


「ギース先輩、随分余裕ですね」


 臆するどころか、勝利を確信したようなラナの発言に、顔を覆っていた左手の指の隙間から、赤黒く変色した目で睨みつける。

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