8話 『さすがにもう限界がきました』
木々が密集している場所を求めて、走り回っていると、嗅覚の鋭いデオたちが大木を次々となぎ倒しながら二人の後を追いかけてきているのが分かった。
作戦が功を奏したおかげか、少しずつ距離を離すことができている。
あとは、待ち伏せが出来るような作戦に適した場所を見つけるだけ。
背後から聞こえる大木をなぎ倒す音が小さくなった頃、二人はようやく身動きの取りづらそうな木々の密集地帯へと辿り着いた。
「ここなら、作戦を決行できそうね」
「でも、ここ真っ暗で何も見えないけど、大丈夫なのか?」
木々が密集し過ぎて、歪に絡み合った枝のおかげで月明かりも通さない漆黒の闇に包まれていた。
「反撃するには丁度いいわ」
「そういえば、まだ反撃するときの作戦を聞いてないけど、またぶっつけ本番な感じ?」
「さっきみたいに失敗しても困るから、説明しておくわ。奴らが私たちの匂いに気づいて近づくまで待機。恐らく、私たちの方が先に奴らの姿を捉える事が出来るから、その時に光魔法を使って奴らの視力を奪う」
「視力を奪うって、また目くらまし作戦?」
「同じような作戦にはなるけれど、何もせずに真っ向勝負しても勝ち目はないわ。身動きが取りづらいという条件は同じだから、先に奴らの機動力を削いでおく必要があるのよ。その方が魔力の消費量も少ないし、攻撃魔法も当てやすくなる」
「ちなみに攻撃魔法は何を使うの?」
「雷属性魔法よ。元々私は主に雷属性を得意としているから」
待ち伏せをして、相手の動きを止め、確実に仕留める。つまり、今からすることは狩りと同じだ。
その道のプロである魔女狩人を逆に狩ろうというのだから、骨が折れる作戦になりそうではあるが、後手に回っていない今なら勝算は高いはずだ。
俺は昔からやればできる子だから、きっと大丈夫さ! と、自己暗示を繰り返し、限られた時間の中、デオたちが何処から現れても良いようにイメージトレーニングをひたすら繰り返した。
同じ作戦を決行することで、互いの意識、心の同調は先程よりも遥かに良くなっている。
そのおかげで、不安な気持ちを顔に出さないようにしていても、モヤモヤハラハラしている心の空模様はスフィアに筒抜けであった。
「君、必要以上に緊張しているといざという時に体が硬直して動けなくなるわよ」
「き、緊張なんてしてない。俺はやればできる子だから、問題ない」
「そうね。やってもできない子なら、今から追ってくる奴らに体中引き裂かれて、その辺の木に肉片としてこびりついているのがオチよね」
「いやいやいや、何を急に怖いこと言ってんの?!」
「あり得ない話ではないわ。もし、この作戦に失敗したら奇跡が起きない限り、十中八九殺されるもの」
「さっき、この私が負けると思うの? みたいなこと言ってたよね?」
「言葉の駆け引きよ。相手の出方が分からない時は、ああやって言葉のやり取りの中で時間を稼ぎながら、どんな相手なのか。どんな攻撃を仕掛けてくるのか。そういったことを見極めるの。そうじゃないと、戦う前から勝ち負けが決まってしまうわ。全部が全部という訳ではないけどね」
「へえ。スフィア様って、見た目によらず経験豊富?」
「戦闘経験がある訳じゃないわ。単に色々と知識を蓄えていただけ。如何なる状況にも対応できるようにならなければ魔法を使った戦闘は圧倒的に不利」
「え、もしかして、魔法ってカッコつけてるだけで結構弱い?」
「戦い方次第ということよ。知識の数だけ魔法があるの。だから魔法に完璧はないけれど、最弱にも最強にもなれるわ。まあ、正直言って、接近戦で使い物にならない君と契約してしまったからプラスマイナスゼロ。可もなく不可もなくというところね」
「……すみません。使い物にならなくて、すみません」
時折、混ぜてくる心を折るような発言はわざとなのか。それとも、素でそういうことを言っているのだろうか。いずれにしても、ガラスのように脆いラナの心は意図も容易く粉砕。
デオたちと一戦交える前に敗北した気分だった。
「とにかく、私の作戦通りに実行していれば、君にも使い道があるわ」
「仰せのままに……」
自信喪失で上の空になっていると、木々の隙間を縫うように吹く風の音が際立つほど、妙に静まり返っていた。豪快に木々をなぎ倒しながら進行している音がしていたはずなのに。
「もう、ここの位置が特定されているようね」
スフィアは異変に気づき、杖を手に取った。
「いよいよですか」
ラナも剣を手に取り、戦闘態勢に入った。
「恐らく、奴らは私たちに悟られないように気配を消して近づいてきているわ。まあ、あれが上手く機能してくれれば、何処から来るのか簡単にわかるのだけれど」
スフィアが言う「あれ」とは、ここへ到着してすぐに周囲の木々に張り巡らせた微弱な電流を流した蜘蛛の糸のことだ。四方八方に設置したそれに少しでも触れれば、スフィアがすぐに位置を感知できるという待ち伏せには最適な罠。
プンッ。
どこかの糸が切られ、スフィアがビクンッと反応した。
「後方20メートル。数は2。多分、デオと君が見た巨大な暴食熊ね」
「よ、よし。やってやるぞ」
「10メートルを切ったわ」
次々に切られていく糸の数だけ、デオたちが迫ってくる。
そして、その距離が5メートルまで近づいた時、木の陰から後方を確認すると暗がりの中にデオたちのシルエットが不気味に浮かび上がっていた。
「いくわよ」
二人は顔を見合わせて軽く頷くと、デオたちの前に飛び出し、同時に魔法を発動させた。
「「神雷光!!」」
杖の先端から神々しい光が放たれると、辺りは真昼のような明るさに包まれた。
「ぐっ。め、目がぁぁぁぁああ!」
スフィアの作戦通り、刺さるような光を直接見てしまったデオの叫び声が響き渡る。
「よっしゃ!」
「ぁぁぁあああ……ああ……は、ははっ。はははは!」
喜びもつかの間、視力を奪われたはずのデオが高笑いを始めた。
「残念だったなぁ。その攻撃は予測済みだ」
光が消えようとした時、デオの顔をよく見ると両目をがっちりと瞑っていた。
「目を瞑ってる!? 何で目くらましだって分かったんだ!?」
「あれだけ盛大に花火を打ち上げたら、お前らがどんな戦略を考えているのか少し考えれば分かる事さ」
魔女狩人というだけあって、魔女が使う魔法を熟知しているようだ。
「さすが魔女狩人といったところかしら、でも私たちもバカじゃないわ。あなたの契約した暴食熊に気づかないように私たちの動揺を誘っているようだけど、見え見えの作戦過ぎて欠伸が出るわ」
「確かにあいつしかいないみたいだけど、もう一匹は何処に?」
「上よ」
スフィアが真上を指さすと、木の上に待機していた巨大な熊が「グオオオ!」と、雄叫びを上げながら二人を目掛けて飛び掛かってきた。
「うわっ!!」
間一髪、回避したラナは盛大に尻餅をついた。その一方で、先に気づいていたスフィアは顔色一つ変えず、数歩動いただけで難なく回避していた。
「なるほど。こりゃあ、お互い奇襲は失敗したみたいだな」
「そうね。あなたの奇襲だけは失敗したようね」
そう言うと、スフィアは杖を構えた。それを合図に二人は声を揃えて再び魔法を発動させる。
「「神雷光……」」
「バカめ! どんな魔法が来るのか分かっていて、まともに受ける奴がいるかよ!」
また強烈な光が来ると思ったデオは、二人との距離を保ったまま目をグッと瞑った。
それを見た巨大な暴食熊もデオと同じような行動をとった。
敵を目の前にして目を瞑るのは自殺行為のようにも思えるが、万が一、目くらまし以外に何か仕掛けてこようとしても、持ち前の鋭い嗅覚で察知し、反撃に転じることが可能だ。
「残念だけど、目を瞑ったところで無意味よ」
「何……だと?!」
「「神雷光により、放たれし神の加護たる光たち。再び我が下へ集え……」」
暗闇の中で、ポツポツと蛍のような光が無数に浮かび上がる。
「「<神雷光反転>!!」」
魔法が発動すると、デオたちの目から光が溢れ出した。
「ぐあああっ! め、目があああ!」
「グオオオオオ!」
溢れ出た光は、夜空を流れる星々の如く、杖に吸い込まれていった。
「く、くそったれが……。何をしやがった……」
「何をしたのか、教えてあげましょうか? あなたは私たちが打ち上げた花火を見たと言っていたわよね」
「ぐっ。それがどうした」
「あの時、放った光は<神雷光>の光。あの魔法は二段構えの魔法なの。体内に侵入した光は私の杖に戻ってくるまで継続的に体内に残り続ける。つまり、あの光を見た時点で<神雷光反転>の発動条件を満たしていたの。理解してもらえたかしら?」
「畜生が! 魔女の分際で舐めた真似しやがって、ぶち殺してやる!」
視力を奪われ悶絶しながらも、研ぎ澄まされた嗅覚を活かし、何の迷いもなく攻撃を仕掛けてきた。
「遅いわ」
しかし、いくら嗅覚が鋭いとはいえ、目が見えない状態では動きが鈍くなってしまう。その隙を生じさせるためのスフィアの作戦は見事に成功したという訳だ。
スフィアはその隙を見逃さず、杖を地面に突き立てた。デオたちの足元には金色に輝く魔法陣が浮き出し、その魔法陣をなぞるようにバチバチと雷が奔る。
二人は声を揃え、攻撃魔法を発動させる。
「「<神雷大樹>!」」
魔法陣から放たれた雷は、雷鳴と共に天高く昇り、枝を空一面に伸ばした大樹のような形をしながらデオたちの体を貫いた。
「ぐあああ!」
「グガアアアアア!」
全身を雷で貫かれ黒焦げになったデオたちは、膝から崩れ落ち、痺れた体をピクピクとさせていた。
「スフィア様、これってやり過ぎじゃないですか?」
ラナは思った以上の威力に焦っていた。
「大丈夫よ。見た目は派手だけど、少しだけ威力は抑えてあるから、気を失って丸一日くらい体が痺れて動けなくなるだけ」
「ぐ、情けのつもりか……」
「あら、まだ意識があったの。悪いけど情けを掛けた覚えはないわ。ただ、簡単に命を奪うような人間たちと同じにされたくないだけよ」
「くそ……たれ」
デオはそう言い残し、意識を失った。
こうして、二人は初めて力を合わせ戦い、魔獣使いの魔女狩人デオ・ヴォルグに勝利する事が出来た。
しかし、体力、魔力ともに限界まで使い果たしていた二人はスイッチが切れしまったようにその場に倒れ込み、スヤスヤと寝息を立てながら、まるで遊び疲れた子供のようにぐっすりと眠りについた。
気絶しているとはいえ、敵が側にいるというのに。