86話 『開戦直後、強敵を前に成す術をなくしました』
互いの正義を胸に相対する。罪人として認定されたラナに、弁解の余地はない。しかし、グランバードは話の分からない相手ではないはずだと、ラナはダメもとで説得を試みる。
「グランバード団長。話を聞いてください。俺たちは――」
「黙れ。罪人の言葉に耳を貸すつもりはない。人間に仇と成す魔女と結託している証拠は掴んだ。もう言い逃れはできん」
ラナの淡い希望は無残にも打ち砕かれる。避けようのない戦いに、覚悟を決め、スフィアと相槌を打ち、戦闘態勢に入る。
「何を言っても無駄みたいだから、俺が勝ったら話を聞いてもらいますからね」
「最下位のお前が俺に勝とうというのか? 笑わせてくれる。無駄話はもう必要ないだろう」
例え、罪人だとしても同じ聖十字騎士団の一員であることに変わりはない。グランバードはそういう男だ。十字剣を胸の前に構えて、戦いの合図をした。
しかし、それはラナに対する敬意とは違い、自身が聖十字騎士団の団長であることの誇りを汚さないための行動。今まで共に戦い、命を落としていった仲間たちへの敬意を示す。
グランバードの揺るぎのない表情と、見惚れてしまいそうなほど堂々とした立ち姿に、「この人は本当に誇り高き騎士だ」と、ラナは思い、自然と十字剣を胸の前に構えた。それは同時に戦うことを承諾したということ。お互いに一切の手加減話の殺し合いの始まりだ。
「悪いが、全力で行かせてもらうぞ」
気迫から見える幻か、グランバードの背後に白い炎を身に纏った大きな獣の姿が見えた。
圧倒的な力の差を感じずにはいられなかったラナは、無意識のうちに一歩後退りをする。
対してグランバードは、十字剣の剣先を狙いを定めるようにラナの胸元へと向ける。しかし、こちらに向かって来る様子はない。
――何か来る!?
得体の知れない何かを感じ取ったラナは、咄嗟に十字剣を床と平行に構えて受け身の態勢に入る。
グランバードの目に映るのは、剣先の向こう側に見えるラナとラナの左胸を中心に蜘蛛の巣のように張り巡らされた的。その左胸の心臓付近に赤黒い目のようなものがあり、グランバードはそれに狙いを定め放つ。
「闘牛眼射撃」
まるで矢の如く放たれたそれは、寸分の狂いもなく、ラナの心臓へと飛ぶ。
ガキン! と、音を立てて弾かれたそれはグランバードの頬を掠め、赤い血を流させた。
「なるほど、それが貴様の契約した魔女の力という訳か」
ラナが危険を察知したと同時に、スフィアは間髪入れずに防御魔法を使っていた。
「ありがとう、スフィア様」
「君が死んだら私も終わりだから、気にしなくて良いわ。それよりも、あの攻撃はまともに受けられそうにもないわ」
そういうと、圧倒的破壊力がなければ砕かれるはずのない防御壁が、たったの一撃でひび割れ、崩れ去ってしまった。
「驚いているようだな。俺の闘牛眼射撃は、目に見えない矢で相手の急所を射貫く技だ」
「どういう技か教えるなんて、余裕ってやつですか?」
「余裕? そんな二流、三流のようなことはしないさ。ただ、罪人が相手とは言え、弱者をいたぶるような趣味はないだけだ。それに俺だけお前の技を知っているのはフェアじゃないだろう?」
グランバードは、戦いにおいて決して手を抜かない。どんなに相手が格下だとしても、徹底的に調べ尽くして、隙を見せることもない。ギースに調べさせていたこと以外にも、マルスから戦いを学んだことや、どんな力を使うのかもすべて把握している。
その一方で、ラナはグランバードについては第二寮の寮長であり、聖十字騎士団の団長であること以外に何も知らない。情報という面では、グランバードの言う通りフェアではなかった。
「なるほど、確かにそれだとフェアじゃないですね。それなら、俺が契約しているのが魔女だって分かっているなら、グランバード団長の契約している魔族が何かも教えてくれるってことですよね?」
その質問は、スフィアの提案だった。相手がどんな技を使って来るのか、攻撃されるまで分からないということは、どちらにしても分が悪いと考えたからだ。スフィアの知っている魔族であれば、その知識をフル活用して作戦を考えれば勝機があるはず。
だが、グランバードはスフィアの考えなどお見通しだった。
「良いだろう。少しでも勝率を上げたいようだが、俺の契約した魔族を知ったところで勝ち目がないと知るだけだ。それでも聞きたいか?」
その言葉を素直に聞き入れておけば良かったとラナは後悔することになる。
「俺も正々堂々と戦いたいから、教えてください」
「そうか。ならば教えてやろう。三頭獣<ケルベロス>。本来は犬の顔が三つあるものをそう呼ぶようだが、俺のケルベロスは更に異形。牛・馬・鳥の三種の頭を持っている。希少種の中でもさらに希少な魔獣。それが俺の契約した魔獣だ」
ラナは想像が追いつかずにポカンとしていたが、ケルベロスを知るスフィアは、自身の知識にない三種の頭を持つケルベロスの存在を受け入れられずにいた。
「別の種類の頭を持ったケルベロスなんて聞いたことがないわ」
親友の仇かもしれない魔女との会話は気が進まない。だが、グランバードは憎しみや復讐心を凌駕するほどの聖十字騎士団としての誇りがある。言葉を交わすことを一瞬だけ躊躇いながらも、スフィアの問い掛けにグランバードは返答する。
「信じられないかもしれないが、本当のことだ。ただ、あまりに凶暴過ぎて、騎士寮の地下深くに特別製の檻と鎖を用意して管理している」
契約した者同士、心を一つに合わせなければ、最大限の力を発揮することはできない。それはグランバードも知っているはずなのに、ここからかなり離れている騎士寮の地下で管理しているということは、同時にグランバードは人の身でありながら、単体でもあれだけの威力を発動することができると言っているようなものだった。
さらに最悪なことに、ラナの時間の錯覚は、攻撃が目に見えていないと発動できないということも、先の攻撃で分かってしまった。ラナ単体で戦うことは不可能。剣技はもちろん、経験という面においても、新入団員であるラナと団長であるグランバードでは地力の差が格段に違う。
味方であれば、頼もしく絶対的な安心感を与えてくれていただろうが、今は敵対する絶望的なまでの相手。本気で殺しに掛かっても勝つことができないかもしれない。
そんな不安がラナとスフィアを覆っていく。
『スフィア様、あれより強い防御魔法ってもうないんですか?』
『君も、もうわかっているでしょう? あれが今の私たちにできる最強の防御魔法よ』
粉々に打ち砕かれてしまう防御では、いつまでも防戦一方になるばかりになる。かと言って、攻撃に転じる余裕があるかといえば、それもない。
それもこれも、グランバードと会話をして、リンクで密談をしている間もずっとグランバードは剣先をこちらに向けたまま、一切の隙を見せようとしないからだ。
スフィアは、あの一撃で確実にラナの心臓を捉えていたことから、精密かつ圧倒的攻撃力を持つグランバードに対して、どう反撃して良いのか攻めあぐんでいた。
「ラナさん、スフィアさん、ここは俺に任せてくれませんか?」
そう言ってきたのは、無駄に口を開こうとしなかったゴルドだった。
「そうね。ここは私とゴルドに任せてもらえないかな?」
シェイネも後に続いた。
「ほう、懐かしい顔だな」
グランバードは、久しく見なかったかつての部下の顔に軽く反応を示した。
「お久しぶりです、グランバード団長」
ゴルドの顔には、かつての上長へ向けるような敬意を込めた表情はなく、積年の恨みを抱いていた相手を射殺してしまうような視線を送っていた。
グランバードの指示に背いたゴルドと当時の魔女殲滅作戦によって父親を失ったシェイネ。そして、魔女狩人組合を設立したグランバード。彼らの因縁とも言えるラナたちには知る由もない繋がりが、そこにはあった。





