85話 『それぞれの正義~グランバード・シュタインの場合~』
グランバード・シュタイン。聖十字騎士団の団員であれば、知らぬ者はいないほどの実力を持つ団長の一人。ラナが所属している第二騎士寮の寮長も務めている。【聖十字騎士団の眼】と呼ばれる男。
グランバードは元々、一般兵として聖十字騎士団に入団していた。
入団した動機は単純に稼ぎが良いからと、仲のいい友人に誘われたからであった。
一般兵は基本的に王都内にある重要拠点の見張りや、住民たちから依頼があった雑務を中心的に行う。今から十年ほど前、入団一年目のグランバードも同じように、雑務をこなす日々を送っていた。
「聞いたか?」
上機嫌な友人ジャンがグランバードに話し掛ける。
「何が?」
見張り塔の掃除をしていたグランバードは、黙々と仕事をしながら耳だけを友人に貸して訊き返した。
「ようやく三つの世界が完全に一つになり始めたみたいで、王都の周辺に魔獣が頻繁に現れて、悪さをしているみたいだぜ」
「悪さねぇ。ま、俺たち一般兵には関係ないだろ」
「まぁな。でも、英雄志願者になったら小隊長の称号が貰える上に給料も上がるんだろ? それに衣食住保証されて食いっぱぐれなし。一か八か魔族と契約結ぶのもアリだと思うんだけどな」
当時も魔族と契約を結ぶ英雄志願者は多数いたが、今よりも魔力の枯渇化が進んでいなかったことで、好き好んで自分たちより劣る人間と契約を結ぼうという物好きな魔族は少なかった。逆に魔族と契約を結ぶことは、英雄志願者として認めてもらうための必須条件であり、一獲千金を狙うようなもの。
万が一、契約者選びを前違えれば、そのまま命を奪われてしまう、危険と隣り合わせの大博打。
かなりお金に困っていない限り、魔族と契約を結ぼうという考えを持つ人間は、本気で世界を救おうと考えている者以外にいなかった。
そんな話をしてから数年が経った頃、グランバードがいつも通りに雑務をしていると、ジャンがあることを言い始めた。
「俺さ、好きな女ができた」
「は? 好きな女って、お前が?」
グランバードは突然の告白に驚いたが、ジャンの真剣な顔に笑い声を飲み込んだ。
「それでさ、魔族と契約を結ぼうかなって思っているんだ」
「は? どうしてそうなるんだよ。お前、好きな女がいるのに死ぬ気なのか?」
「分かってねぇな。好きな女がいるから、立派な英雄志願者になって告白しようと思っているんだよ」
真っ直ぐな瞳に、グランバードはそれ以上反対することはなかった。今まで適当に仕事をして、ある程度満足のいく収入を得て、好き放題に生きて来た男が好きな女のために命を懸けてまで、胸を張れるような男になろうと言っているのだ。二十年来の付き合いのジャンが初めて示した決心に、それ以上何か言うのは野暮だ。
「そうか、お前がそこまで真剣に考えているなら、俺も協力してやるよ」
「さっすが俺の親友だぜ! じゃあ、早速明日の仕事終わりに東門で待ち合わせな」
「気が早いやつだな。わかったよ、明日東門で」
グランバードは、この日の会話を生涯後悔することになる。
あの時、止めていれば良かったと――。
翌日、仕事を終わらせた二人は東門で合流した。ジャンは取り敢えず誰でもいいから、魔族がいたら契約を持ちかけてみようと考えていた。
「それで、ここに魔族がいるのか?」
「うんにゃ、全然見当もつかん」
「はぁ。お前って昔からそういうところあるよな。珍しく本気になっていると思ったのに」
「満月の夜は少しだけど魔力が増えるみたいでさ、今日は月光浴をしに魔族が表に出て来るって話だし、適当捜していたら魔獣の一匹や二匹くらい遭遇するでしょ」
二人は東門を出た先にある茂みへと歩を進めた。満月の夜ということもあって、周りには普段見慣れない草木が生えている。見るからに魔族と遭遇しそうな雰囲気の中で、ほふく前進をしながら、いつ現れるかも分からない魔族を探して彷徨っていると、月明かりに輝く白銀の髪を靡かせる、それは美しい女が現れた。
「あれって人……じゃないよな?」
「あれだけ目立つ髪色の女なんて見たことないし、こんな夜に一人で出歩くなんて危険すぎるだろう」
白銀の髪の女が魔族だと確信したジャンは、颯爽と立ち上がり女の下へと向かって行った。相手が魔族と言っても、見た目は人間と大して変わらない。その時は妙な安心感を抱いていたこともあり、グランバードは獰猛な魔獣が現れても対処できるように、周囲を警戒していた。
「えっと、そこのお姉さん、もしかして魔族だったりします?」
グランバードが見張りをしている最中、女性をナンパする要領で話し掛けるジャンに、笑いだしそうになりながら無事に契約できることを願っていた。
しかし、その願いが叶うことはなかった。
ジャンの問い掛けに、何一つ返事をしない女に妙な違和感があったグランバードが、二人の様子を覗おうとしたとき、眩い光とともに「ぎゃああああ!」と、例えようのないジャンの叫び声が耳に届く。
「ジャン!」
慌てて立ち上がったグランバードの目に映ったのは、業火に焼かれたように全身黒焦げに焼かれ、両の目がえぐられた変わり果てた姿のジャンだった。辺りに白銀の髪の女はおらず、人の肉が焦げた悪臭だけが漂う。
その後、グランバードはジャンの仇を討つための力を得るために、必死に鍛錬を積み、人の形をしていない魔獣と結魂契約を結び、さらなる力を身に付けた。そして、グランバードが団長の座に就く頃、白銀の髪が特徴的な魔族の存在を知る。
「白銀の魔女……」
それが、グランバードが魔女の存在を知る切っ掛けとなり、白銀の魔女への復讐を心に誓わせた。
個人的な復讐だったため、初めの頃は自分の任務の最中に白銀の魔女についての情報を集めて、ジャンの仇を捜していた。しかし、ジャンが殺された日と同じような満月の奇麗な晩に、遠征中だった第二騎士寮の団員が白銀の魔女に襲われ、全身黒こげの死体となってグランバードの下へ送り届けられる事件発生。
その事件が原因となり、グランバードの復讐は個人的な問題ではなく、聖十字騎士団全体の問題と認識され、対魔女殲滅部隊を結成することとなる。
魔女狩人組合。グランバードが指揮を執る魔女の殲滅を目的とした組合は、人々の命を脅かす存在を殲滅してくれると、その功績と魔女の悪行が瞬く間に知れ渡り、調合術師組合に次ぐ影響力を持つ組合へと成長を遂げる。
友人が魔女の手によって命を奪われ、大切な部下までもが魔女に殺されてしまったグランバードは、これ以上仲間を殺させまいと、実力のない者には厳しく接し、危険な任務をさせないようにとドラグナム国王へ直談判し、力に見合った依頼を受けられる仕組みを作り上げた。それが難易度別の依頼書を各寮に名指しで貼り出すというものだ。
当初は、人員不足ということもあり、力のある者に依頼が集中していたが、結果として、より安全に自分の力に見合った仕事をすることができると話題になり、微力ながらも多くの英雄志願者を集めることに成功。戦力不足に歯止めをかけた。
こうして、規律を重んじる完璧主義者となったグランバードは、誰よりも仲間を想い、誰よりも魔女を憎む男になった。
そして今、魔女がいるという報告を受けたグランバードは、ギースとともに決して許すことができない魔女の一族、そして守るべき部下だったはずのラナ諸共、罪人として罰することを決意する。
大切な友と仲間を殺された恨みを晴らし、誰一人として仲間を殺させないと誓ったあの日の正義を胸に、グランバードは戦鬼と化す――。





