83話 『己の正義を示す戦いが始まろうとしていた』
「俺が知っているのは、三度目の終焉の日の時に現れたっていう死の四騎士がいたってことくらいだけど、その中に赤騎士って呼ばれている奴がいて、そいつが現れると、まるで人が変わったように暴力的になって、些細なことでも争うようになったらしいよ。ちなみにその赤騎士と戦ったって言うのが、鋼壁のマルスらしいんだけど――」
「もう大丈夫よ」
テンションが上がって、英雄について語り出しそうだったラナの口に、スフィアは魔法杖の先端を押し付けて強制的に話を終わらせた。
もう少し話したかったと、ふくれっ面でスフィアを見るラナだったが、それどころではない。ようやく、合点がついたとスフィアは納得した表情で話す。
「恐らくだけど、魔界と天界、そして人間界が完全な一つの世界に融合したのが一年前だと考えると、その時から終焉の日の封印が弱まっている可能性が高いわ。しかも、三度目の終焉の日に関しては、四人の英雄と四体の神によって封印したはずなのに、その封印が解かれそうになっているということは、神をも凌ぐ力になってきているということにもなるわ」
聖女ディアンナが三つの世界を一つにする大魔法<天地創造>を使用してから、三〇〇年という歳月が流れた今、刻々と迫っている終焉の日復活の片鱗が見え隠れしていた。
復活するたびに力を増していく終焉の日。かつての英雄たちが、人間だけの力では対抗できないと判断したその脅威。逆に言えば、魔族と神族の力を借りている今の人間たちは、終焉の日にとっての脅威になってしまう。
そして、スフィアはある考えに行きついた。
「終焉の日は私たちが力を持つことを恐れているわ。だから、一日でも早く封印を解き、復活しようとしていると思うの」
三人の顔が一瞬にして青ざめる。
「それって、思っていたよりも時間がないってことですよね!? それなら早く聖十字騎士団に報告して対策を練らないと――」
かなり焦った様子でラナは訴えかける。
「ダメよ。恐らく、聖十字騎士団内部に裏切り者がいる可能性が高いわ」
完全に冷静さを取り戻していたスフィアは、いつものように取り乱すラナとは対照的に、現状考えられる最悪のケースを伝えた。
「裏切り者って、一体誰が……」
世界を守るために動いている唯一終焉の日に対抗することができるはずの聖十字騎士団の中に、敵対勢力が存在しているなど、ラナにとっては寝耳に水。そんなことは考えてもみなかった。
「正直に言って、私にも分からないわ。ただ、完全に復活していないのに、私たちに対する影響が大きすぎるのが気になるの。ゴルドさんが言っていた魔女が宣戦布告をしたというのも納得がいかないわ」
同じ考えだったシェイネは深く頷く。
「私もゴルドと契約を結んだときに、それだけが引っ掛かっていたの。お父様が人間との共存を望んでいたことは魔女の一族全員が知っていたし、全員それに賛成していた。だから、人間を刺激しないように私たちは自分たちの領土ら出ようとしなかった。それなのに、聖十字騎士団の誰かに危害を加えるとは考えにくい」
「つまり、スフィア様たちは聖十字騎士団内部に潜んでいる何者かが、裏で糸を引いて魔女と人間を対立させようとしていたと考えているってことですか?」
「そういうことになるわ」
「じゃあ、なんでシェイネさんはマリーさんの村の人たちと五〇〇体もの死者を使って、王都に攻め込もうとしたんですか?」
矛盾の多さにさすがのラナも疑問を抱いていた。
浮かない表情で黙り込んでしまったシェイネは、少しして静かに言う。
「私も初めは、聖十字騎士団に何かあるのではないかと思って、死者たちを囮にしてあぶり出そうと思っていたの。だけど、次第に聖十字騎士団を根絶やしにしたいと考えるようになっていた。お父様を殺されたことは辛かったし、許せなかったけど、こんなに殺意が芽生えるとは思ってもみなかったの」
自分でも抑えられない感情があったことを正直に話してくれたシェイネに対して、誰も責める気持ちになれなかった。
「すみません。余計なことを訊いてしまって……」
「気にしないで、私がしようとしていたことが間違っていたことに変わりないから」
「やっぱり、赤騎士の影響を受けているみたいね。だとしたら、憎悪に蝕まれている人が増えていてもおかしくないわ。私たちでどうにかして、聖十字騎士団にいる敵を見つけ出しましょう」
「スフィア、あなた私に協力してくれるの?」
「勘違いしないで、私は間違ったことを正したいだけ。復讐することに手を貸すわけじゃないわ」
同じ親の許に生まれ、共に育ち、父親を失った悲しみを共有するスフィアの言葉は、誰よりも重くシェイネの心に響いた。
「私もスフィアちゃんに協力するのです。その代わり、村の皆は解放してほしいのです」
例え、敵をあぶり出すためだと言われても、マリーは自分の大切な人たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。弱った体で切に願った。
「もちろん開放する。元々、死者を五〇〇体同時に操るために必要だっただけだったし、スフィアが協力しくれれば問題はないからね」
それを聞いたマリーは、張り詰めていた糸が切れたように意識を失ってしまった。血を流し過ぎていたのだ。一度は本気で殺そうと思った相手を目の前にして、気を許すことはできない。精神的にも疲れ切っていたのだろう。
スフィアは、マリーの体を抱き寄せると頭を膝に乗せて、ぐっすりと眠るマリーの寝顔を見ながら優しく頭を撫でた。
「私はこのままラナと一緒にマリーを連れて王都に戻るわ。シェイネお姉様は、村の人たちを解放して、私が戻ってくるまで準備を整えていてほしい」
「ええ、ちゃんと解放して準備を整えて待っているから、安心していって来て」
スフィアはようやく、自分の知っているシェイネと話す事が出来たと微笑んだ。シェイネも久しぶりの妹との会話に心が安らぎ、自然と笑みを浮かべていた。
「貴様ら、そこで何をしている?」
ひと段落したと思っていたところに、聞き覚えのある男の声が響き渡る。四人は何が起こったのか一瞬、理解ができなかった。
「誰か来たのかな? ……じゃない! スフィア様、早く隠れて!」
今はまだこの場にいる人間以外に、スフィアが魔女だということを知られるわけにはいかないと、慌ててスフィアに隠れるように言った。
「もう手遅れみたいね」
スフィアは、ここへ下りて来る時に通って来た階段の方を見ている。ラナも同じく階段の方を見てみると、そこにはマリーに嫌われて追い返されてしまったはずのギースと、この場にいるはずのないグランバードの姿があった。
「ぐ、グランバード団長!? どうしてここに!?」
「どうしてだと? 最下位、いや、白銀の魔女と契約した罪人ラナ・クロイツ。ここまで言えば俺が来た理由が分かるんじゃないか?」
グランバードの後ろで、ニヤニヤとしているギースの姿を見てすぐに分かった。ここへグランバードを呼び、スフィアが魔女であると密告したのは間違いなくギース。結局のところ、ラナが直感的に信じられないと感じたことも、スフィアが警戒していたことも的中してしまったわけだ。
「何となくだけど、分かりました。ギース先輩が告げ口したんですね」
これでフルラの一件も、すべてギースの仕業だということが分かった。ラナはスフィアが魔女だと知られた以上に、ギースに対する怒りで煮えたぎる。
「へえ、頭が悪そうだから、気づかないと思っていたのに、あ、でも魔女と契約している時点で相当残念な頭だったか」
圧倒的不利な状況に追い込まれているラナを見下し、本来の任務であるラナと魔女が結託しているのかどうかなど関係なしに、マリーに嫌われた腹いせをするギース。
真実を追い求め世界を救おうとするラナたちと、人間の脅威になるものをすべて排除し世界を救おうとするグランバードたち聖十字騎士団との戦いが無情にも今始まろうとしていた。





