82話 『名探偵スフィア様が確信に迫り始めました』
「訊きたいことって、私と話をしている時間があるの?」
最初よりも小さくなっている紫色の箱をスフィアに見せるように、ふわふわと宙に浮かせながらシェイネは言った。
手足を折り曲げて、窮屈そうにしている吸血妖精の姿を見る限り、話している時間はあまり残されていない。しかし、それでも訊かなければならないことがある。
「今訊かないと、後悔することになりそうだから敢えて訊くわ。シェイネお姉様がここへ来たとき、既に棺に入っていたということは、罪木の森へ来たときには、この村があったということよね?」
「ええ、それがどうかしたの?」
――やっぱり、黒い霧はシェイネお姉様が犯人じゃない。だとすると、マリーの家族を襲ったのは別の何か……。
スフィアは残された時間でシェイネの潔白を証明し、この状況を作り出した本当の原因を見つけ出そうとしていた。
「マリー、あなたは一年前に黒い霧が村を漂っていたと言ったわよね? その時のことを詳しく教えてくれる?」
「あの時は、外から悲鳴が聞こえて私たち家族が表に出たら、村中が黒い霧で覆われていて何も見ることができなかったのです」
「つまり、襲った相手も誰が悲鳴を上げたのかも見ていない。そして、その後マリー以外の村の人が消えていた、ということになるわよね?」
「それで間違いないのです」
マリーの答えの中で分かったことが三つ。一年前、マリーの村が何者かに襲われた時、黒い霧しか見ていないということ。悲鳴は聞こえたが、誰も死んだところを見ていないということ。そして、気がついたときにはマリーが一人だけ残されていたということ。
――つまり、殺されていたと思っていた村の人たちが、何らかの事情で棺の中に入れられていたことに気づかなかったマリーが、村を出た後に罪木の森へと村ごと移動させられたことになる。
この時点でシェイネが村人に対して直接手を下していないということが分かった。しかし、ここで謎が生まれる。黒い霧は誰の仕業なのか。元々、スフィアは黒い霧の話をマリーから聞かされた時に、闇魔法を得意とするシェイネの仕業ではないかと思っていた。
だが、話を聞く限りシェイネではないことは明らかだ。スフィアは、核心に迫るために次なる質問をする。
「シェイネお姉様は、お父様が殺された日に家を飛び出して王都へ向かったのよね?」
「そうよ。お父様が聖十字騎士団に殺されたと聞いてすぐに王都へ向かったわ」
「どうして、お父様が殺された場所ではなく王都へ向かったの?」
「もちろん、先にその場所へ向かったけど、生きている人間は誰もいなかった。だから、逃げ帰ったと思って王都へ向かったの」
「じゃあ、ゴルドさんと契約したのはいつ?」
「その日、王都に到着する直前に出くわした時」
「私が見る限り、ゴルドさんが持っている十字剣は、聖十字騎士団のものよね? 聖十字騎士団に復讐するために出て行ったのに、どうしてゴルドさんと契約したの?」
「ゴルドも聖十字騎士団に復讐したいと思っていたからよ。彼は、私たち魔女殲滅の任務から逃げ帰って、聖十字騎士団を追放されたみたいなの」
「ゴルドさん、それは本当ですか?」
「ああ、それで間違いない」
「ゴルドさん、あなたたちに私たちを殲滅するように命令したのは誰ですか?」
「グランバードという男だ」
「理由は聞いていますか?」
「魔女が聖十字騎士団の一人を殺して宣戦布告をして来た。だから、ドラグナム国王直々に命令があり、それを実行することになったと聞いている」
シェイネはゴルドの契約者だから、当然そのことを知っていたのだろう。表情一つ変えずにスフィアの顔をじっと見ている。むしろ、その表情からは「これ以上詮索するな」と言っているようにスフィアは思えた。
「もしかして……」
「何を言っても無駄だからね。私は絶対に計画を中止になんてしない」
「その計画だけど、どれだけの人間を操って王都へ攻め込もうと考えているの?」
まだ計画について何も話していないのに、ズバリ的中されて驚くシェイネだったが、ラナもマリーも気づいている。ここで戦闘になる前に、予行演習をすると言って<操人形劇>を使用した時点で、大体の予想はできていたからだ。
「……ここにいる人間たち以外に、この罪木の森に眠っていた死者たちを五〇〇体くらいで攻め込むつもり」
「五〇〇体ね……。それだと聖十字騎士団の戦力の一〇分の一にも満たないわよ。本当にそれで戦うつもりなの?」
「それを訊くということは、私に協力してくれる気になったの?」
スフィアが作戦の真意に気づいていると確信したシェイネは訊き返した。
「いいえ、私は協力しないわ。シェイネお姉様がしようとしていることは間違っている」
「どうして分かってくれないの!?」
「だって、それこそ魔女が人間の脅威で抹殺すべき相手だと認めていることと同じだもの。それに恐らく、人間と魔女が殺し合うように裏で糸を引いている存在がいると思うの」
「スフィアちゃん。一体どういうことなの?」
「俺たちにも分かるように説明してくれないか?」
ラナとマリーは、自分たちが考えている以上のことが起ころうとしているのだと察し、スフィアに説明を求めた。
「分かったわ。教えてあげる。でも、その前に吸血妖精を開放してもらうのが先よ」
「どうして、わざわざ人質を解放しなければならないの?」
互いに対等な条件下で話をする。魔女と人間ではなく、憎しみも復讐心も関係なく、この世界に生きる者として知っておかなければならないことを理解するために。そうしなければ、無駄な戦いを生むだけだとシェイネも気づいているはずだと感じたスフィアは、
「シェイネお姉様も分かっているでしょう? この世界を生きる者たちが対立していては、世界が滅ぶ前に全滅してしまうことも、その原因が終焉の日の影響かも知れないということも」
と、核心を突くように言った。
すると、シェイネは言い返すことをせずに紫の箱を解除して吸血妖精を開放した。同時に<操人形劇>も解除し、村の人たちを棺の中へと帰した。
「まったく、いい迷惑だよねぇ。こんな窮屈なところに閉じ込めるなんてさ」
色々と言いたいことがあったようだが、マリー同様に疲弊しきっていた吸血妖精はそう言い残すと、妖精の国がある別空間へと帰っていった。
「良かったのです」
無事に全員が解放されたところを見て安心したマリーは、足をハの字にして座り込んだ。
「これで話せる環境は整ったでしょう? スフィアが考えていることを私にも聞かせてくれる?」
「ありがとう、シェイネお姉様。私はお父様の死とマリーの村を覆い尽くした黒い霧が、意図的に仕組まれたことだと考えているの」
「それってどういうことなのです?」
「私の知る限り、マリーもシェイネお姉様も憎しみに囚われるようなタイプではないわ。それにラナにも同じことが言えるのだけど、いくら親友が倒れたからといって、命を奪われたわけではないのに、ギースに対しての殺気が異常過ぎたわ」
スフィアはずっと気になっていた。この場にいる三人は、元々は優しい心の持ち主。しかし、一つのきっかけで殺意を剥き出しにし、憎悪の念に心を満たされていた。そして、矛盾も感じていた。
人間を憎み殺そうとしていたはずのシェイネが、どんな理由があったにしろ、仇である聖十字騎士団が滞在している王都を目前にしてゴルドと契約を結び、一年もの間、行動に移さず罪木の森で留まっていた。憎むべき人間を駒として、側に置きながら。
村の人たちを襲った黒い霧がシェイネの仕業かも知れないと考えたマリーは、仇を討とうと英雄たる資質を発動させてまで、戦うことを選んだのに、全力で戦っているように見えなかったこと。何よりも、村人が生きていると知っただけで、操られている村人がシェイネの手から解放されていないのに、安堵して戦うことを止めてしまった。心の底から敵意を持っていたのなら、すべてを終わらせるまで、互いのどちらかの命が尽きるまで戦うはずなのに、それをしなかった。
つまり、心に芽生え始めていた憎悪を意図的に爆発させた要因があったはずだと考えたのだ。
「ラナ、君は英雄に関することは詳しいわよね?」
「一応、詳しいけど」
「過去に英雄が戦った終焉の日の中に、負の感情を操る者はいたかしら?」
ラナは持てる限りの英雄に関する知識をフル活用して、過去に現れた終焉の日について話し始める。





