80話 『光と闇の狭間に彼女は見てしまった』
漆黒の流星群が次々に魔神の盾に襲い掛かる。
強大な魔力を持つ魔女同士の攻防は大気を揺らし、ビリビリと肌に伝わる。一見して互角のように見えるが、圧倒的にスフィアたちが不利だった。闇属性に特化した魔法を得意とするシェイネに対して、光と雷の複合型の属性を解くとするスフィアでは根本的な力の差があった。さらに今スフィアが使用している防御魔法<魔神城壁>は闇属性魔法。
類まれな才能を持って生まれたスフィアは、十三皇女の中で唯一、複合型の属性を持って生まれた魔法の天才。自分の属性以外も器用に発動させることができる。
しかし、発動させられるだけでは闇属性に特化したシェイネの魔法に勝てるはずがない。
マリーを中心に発動させた鋼鉄のような硬度の防壁は、闇の魔力が集約された漆黒の槍の乱撃によって、ひとつ、ふたつと亀裂が奔る。姉と妹の絆に入る亀裂のように。
「お願いだから、攻撃をやめて!」
このままでは防壁が砕かれ、マリーが串刺しにされてしまう。力量の差を推し量れないほど無謀なことをしないスフィアは、何とかしてシェイネを説得しようとした。
「無理なお願いね。その女を見てみなさい。目も開けないで殺される瞬間を待っているでしょう?」
死を意識したとき必ず本心が出る。シェイネはマリーがスフィアのことよりも自分を優先して逃げ出すことを期待していた。逃げ出さずに殺されれば、それはそれで願ったり叶ったり。
説得をすることは無理だと判断したスフィアは、次の手を打つ。一度発動した防御魔法は解除するか打ち破られるまでは、その状態を維持し続ける。
「君はもう杖を放して良いから、剣を掲げてちょうだい」
「なるほど、任せてくれ!」
相手が闇属性なら、相反する光属性を使うことで相殺することができるはず。そう考えたスフィアは、ラナ単体で光属性の魔法を発動させることにした。
「<神雷光>」
魔女狩人から逃げるために使用していた魔法。光属性の魔法は本来悪しき闇を打ち滅ぼすための魔法。強烈な光で闇を打ち消そうという作戦だ。
十字剣の刀身から放たれた白き光は、辺り一面を照らす――はずだった。
鼻垂れた光は、一瞬にして闇へと吸い込まれてしまう。
「どういうことだ!?」
<魔神城壁>越しに見えたのは、ラナと同じく十字剣を掲げるゴルドの姿だった。
「相殺……されたみたい」
スフィアは一部始終を見ていた。ゴルドはラナが<神雷光>を放つ瞬間、何かの魔法を発動させるのを。そして、誰の目にも光が届くことなく消えてしまったことを。
「あなたたちが私に抗うことは絶対にできないわ」
ラナの力量を見たシェイネは、勝利を確信して余裕の笑みを浮かべて言った。
「どういうこと?」
お互いの得意属性を契約者であるラナとゴルドが放った結果を見れば、力は互角のはず。それを考えても「絶対にできない」という根拠がスフィアには分からなかった。
「半端な結魂契約で結ばれた状態で、完全開放された魔力を制御できる私に太刀打ちできないと言っているの」
「半端……? 私はちゃんと契約を結んだし、私たちの魂はちゃんと一つに――」
――違う。ギースもマリーも近くにいなくてもリンクが使えていた。それも、声が聞こえるだけじゃなくて、視力も共有できていたわ。もしそうなら、私とラナの魂は完全に一つになっていない? でも、どうしてそんなことが。
「<神雷光>!」
スフィアとシェイネが話していると、ゴルドの注意が散漫になっていることに気づいたラナは、再び魔法を発動させた。一瞬の差は光属性の前には命取り。強烈な眩い光が放たれ、<暗黒流星>を消滅させた。同時に闇魔法である<魔神城壁>も消滅してしまった。
しかし、シェイネに操られている人々は光を浴びたはずなのに倒れる様子がない。シェイネやゴルドも視界を奪われていないようだ。どうやら、寸でのところで自陣の駒とシェイネ自身に光が及ばないように相殺いたらしい。
「だから、無駄だと――」
シェイネは言葉を止めた。先ほどまで目を閉じ、その身をもって魔女と人間は戦うべきではないと、示そうとしていたマリーが目を大きく見開いていた。
「あら、あら。今まで屍のようだったのに、そんな怖い顔をしているってことは、ようやく私と殺し合う気になってくれたの?」
マリーの顔は、驚きと殺意に満ち満ちていた。
「マ、マリー?」
その顔を見たスフィアは背筋が凍った。その殺意は本物。威嚇というにはあまりにも凄すぎた。
「……して、……どうして、皆がここにいるのです? 皆は私を残して死んだはずなのに、どうして私の大切な家族がここにいるのです!?」
ラナが二度目に<神雷光>を放った時、闇魔法が消滅し光が相殺される直前にマリーは、黒く靄が掛かっていたはずの顔がはっきりと見えていることに気づいた。
その目に映ったのは一年前のあの日、黒い霧とともに消え去り、死んでしまったと思っていた村人たちと大切な家族の顔だった。もう二度と会えないと思っていたのに、こんなところで再開するとは思ってもみなかった。それよりも、あの時の黒い霧がシェイネがやったことなのだとマリーは思い、怒りに奮い立つ。
その様子を長年待ち続けた思い人が現れたような表情をして、嬉しそうにしているシェイネは、
「さあ、私がここへ来たときにはもうここにいたけど、それがどうかしたの?」
と、嘲笑うように言った。
「答えるのです。あの黒い霧はあなたがやったのです?」
「そうだとしたら、どうするつもりなの?」
「……さない、絶対に許さないのです!」
激昂したマリーは、十字剣を力強く握りしめた。それも血が滲むほどに。
「血!? スフィア様、ここから離れて!」
マリーの手から滴る血を見て、模擬戦のときのことを思い出したラナは慌ててマリーの手を引き、後方へ退避した。
「待って、マリー! 黒い霧がシェイネお姉様だとは限らないわ!」
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
スフィアの声は届いていない。怒りと憎しみに囚われてしまったマリーは、息を荒々しくしている。シェイネが黒い霧に関係していなかったとしても、大切な人たちを操り人間を殺そうとしていたことは絶対に許せることではない。
「いいわ。その憎しみに歪んだ顔、私はその顔を待っていたの。私が知っている人間は魔女を見れば必ず、そんな顔を向けるの。その顔を闇に沈めることができるなんて、最高の時間になりそうね」
少しだけ揺らいでいた感情は、マリーのおかげで完全に消え失せた。シェイネは人間を殺すことに躊躇しない。苦汁を舐めながら人間であるゴルドと結魂契約を結んで一年。当初の計画とは少し変わってしまったが、人間を殺すためだけに過ごしてきて、ようやく人間を殺すことができる。
至福の時を迎えられると、この上ない高揚感に火照る自らの体を抱きかかえ身震いした。
「殺す気でどうぞ、私も手加減は出来そうにないのです」
模擬戦の時は、自分に対して危険を及ぼす相手だと判断した場合に、必要以上の殺意を覚えてしまい、自分の意思に反して過剰な攻撃をしてしまう。いわば、制御不能に陥ったことで手加減をすることができなかったが、今回は違う。
自ら発した殺意。敵だと認識した相手。制御不能ではなく、自分の意思で手加減をしないという意味の「手加減できそうにない」と、いう言葉だった。
滴っていた血が、宙を舞い始める。
「スフィアちゃん、ごめんなのです」
スフィアの大切な家族である前に、自分の家族をこんな目に遭わせた相手。それを殺す気で戦うことに申し訳なく思ったマリーは、小さな声で囁くように謝った。
マリーの目は流れる血のように真っ赤に染まっている。憎むべき相手に対して、情けは無用。最初から英雄たる資質<紅き眼の妖精>を発動させる。





