77話 『真実が全て、自分の都合の良いものとは限らなかった』
シェイネ・セーラム。彼女は四大聖魔の一角である魔女の一族、セーラム家の第十二皇女であり、スフィアの一つ年上。年齢が近いこともあり、十二人いる姉たちの中で一番仲の良い姉だ。
とても温厚な性格で面倒見がよく幼かったスフィアの相手も自ら率先して行っていた。スフィアの中でシェイネ以上の姉はいないと思っているくらいに、一番大好きな姉でもある。
「どうしたの? せっかく一年ぶりに再会できたのに笑顔も見せてくれないなんて、姉さん悲しいな」
「嬉しいわよ。こんな形じゃなければ……」
笑顔で話すシェイネとは対照的に、スフィアは浮かない顔をしている。一方でラナとマリーは、スフィアの姉の登場に狐に摘ままれたようになっていた。
「あら、あら、こんな形って言うのはどういうこと? 感動の再会に形があるの?」
不気味なほどに崩れない笑顔は、それだけで恐怖心を煽る。
「シェイネお姉様は、そこにいる男と契約を結んでいるのでしょう?」
「さすが私の妹、彼の左胸に私の魔力が見えているのね」
契約者の左胸に注がれた魔力は、言うなれば魂を結んだ証。通常は契約した相手の者しか見ることができないが、膨大な魔力を持つ魔女であるセーラム家には、それが容易に見えてしまう。ラナが男に黒い靄を見たのもそれが影響していた。
「ヘスペラウィークスにある武器屋に、黒色の魔法杖を探させていたのは、女王の魔法杖を見つけるためよね?」
女王の座を獲得するには、女王の魔法杖が必須。それはセーラム家の一員であれば、誰もが知る女王になる条件の一つ。スフィアは黒色の魔法杖というワードが出た時点で、十二人いる姉のうちの誰かの仕業だと見当がついていた。
「本当に昔から頭が良いのね。でも残念、半分だけ正解よ」
「半分? どういうこと?」
「そうね。教えてあげてもいいけど、一つだけ聞かせてくれる?」
「何?」
「スフィアはまだ人間を憎んでいる? お父様の命を奪った人間を……」
ラナにとって衝撃的過ぎる事実。スフィアは最初、人間を蔑み、憎み、嫌っていた。それでも自分の目的を果たすためにラナと契約し、お互いの目的のために歩んでいる。
――そんな……。スフィア様のお父さんが人間に殺された……?
その契約者の父親が人間に殺されたという事実はあまりにも重く、受け入れられないものだった。
「ええ、お父様を殺した人間は憎んでいるわ」
「良かった。それなら私たちの気持ちは同じってことね。だったら、私の計画にも賛同してくれると思う」
「計画って、何をするつもりなの?」
「教える前に……、そうねぇ、人間を憎んでいる証拠を見せてほしいかな」
「証拠?」
「そう、証拠。そこにいる紅い髪の女の子を殺して」
「え?」「んなっ!?」
まさかの展開にラナとマリーは声を出して驚いた。
その間もシェイネは笑顔のまま。
スフィアはラナたちに背を向けたまま微動だにしない。何か迷っているのかとラナとマリーに緊張が走る。
「シェイネお姉様の計画を知るためにも、人間を恨んでいる証拠を見せないといけないから、マリーを殺すのも一つの手かもしれない」
「スフィアちゃん!?」
まさか!? と、驚くマリー。スフィアはマリーの方へ一度振り向くと、にっこりと微笑みかける。
「でも、それは少し前の私だったら――の話よ」
それを聞いたシェイネは初めて顔が引き攣り、目尻をピクリとさせた。
「どういうことなのかな?」
口をヒクヒクさせながら、懸命に笑顔を作りながらシェイネは訊いた。
「シェイネお姉様の言う通り、私はお父様を殺した人間を憎んでいるわ。だけど、私が憎んでいるのはその人間であって、すべての人間ではないわ」
「何を言っているの!? 人間は私たちの敵であり命を繋ぎ止めるために必要な道具でしょう?」
スフィアも最初はシェイネと同じことを思っていた。人間の身勝手な行動と傲慢さ、そして偏見と差別によって魔女は酷い仕打ちを受けてきた。何もしていないのに、人間の事情に巻き込まれた上に、何の前触れもなく攻め込まれ、大切な父親の命を奪った。
人間を許せない気持ちも憎しみも、同じ家族だからこそ痛いほどよく知っている。しかし、スフィアとシェイネには決定的な違いがあった。
「私はラナと契約したときに、すべての人間が悪いとは言えなくなったわ。彼は私を魔女としてではなく、一人の女の子として大切に接してくれた。必死に守ってくれた。そして、シェイネお姉様が殺せと言ったマリーは、契約者ではないのに魔女の私を受け入れてくれた。信頼できる友達になってくれた。私は人間とか魔女とか関係なく、信頼し合える仲間ができたの。シェイネお姉様は、その人と契約を結んで何も変わらなかったの?」
シェイネは「ふっ」と、鼻で笑い飛ばした。
「契約を交わしたから何かが変わる? お父様が殺された事実は何も変わらない。私たち魔女にとって人間は憎むべき存在なの」
「じゃあ、どうしてその人を選んで契約したの?」
「人間は自分よりも劣る存在には手を差し伸べない。彼は初めて出会った時に人間として否定され、生きる価値のない存在として除け者にされていたの。だから、そういう腐りきった種族は滅ぶべきだと助言してあげたのよ。そしたらこの男は、泣きながら私と契約をしたいと言って来た。単純に利害が一致しただけなの」
シェイネがゴルド・フレンダと契約を結んだのは、父親を殺された日だった。
聖十字騎士団の一般兵として働いていたゴルドは、その日、魔女の討伐部隊を補佐する役目を担っていたが、圧倒的な力の差を前にして一人だけ逃げ帰ってしまう。仲間を見捨て、のこのこと逃げ帰って来たことは許されるはずがなかった。
多くの英雄志願者たちの血が流れた満月の夜、ゴルドは聖十字騎士団の一般兵としての立場を失い、王都サンクトゥスから永久追放されてしまい、路頭に迷うことになった。
シェイネと出会ったのはゴルドが行く当てもなく王都近辺を彷徨っていた時だった。誰よりも父親が大好きだったシェイネは、聖十字騎士団に復讐をするために父親の訃報を聞き、話し合いもしないまま家を飛び出し、王都へ向かっていた。
◇◇◇
一年前。王都サンクトゥス東門付近。
ゴルドは途方に暮れながら、単身不満を漏らしながら彷徨っていた。
「俺は行きたいと思っただけだ。何も悪いことはしていない。聖十字騎士団が無謀で無意味な戦いを挑んだのが悪いんだ」
焦点が合わない状態で、ブツブツ呟きながら歩いていると、何やら圧迫感を感じたゴルドは不意に魔女の住処がある方角を見た。すると、視界の大部分を占める黒い塊がこちらに向かって来るのが見えた。
「な、何だ、あれは!?」
圧倒されたゴルドは、その場から動くことができず黒い塊に取り込まれてしまう。
――人間。許さない。殺す。人間。許さない。殺す。人間。許さない。殺す。
憎悪に満ちた言葉がゴルドの脳内に止めどなく繰り返される。
「なんだよ、これ!? 誰か、誰か助けてくれ!」
東門に到達する直前、復讐心に取り憑かれていたシェイネが、ゴルドに気づく。
「人間? 私の中に入ってきているのは人間?」
疑似的に一つになっていたシェイネとゴルドは互いの中にある復讐心が共鳴して、互いの心を知ることができた。
「これは都合がいい。人間が憎いのなら私と契約を結びなさい。あなたに酷い仕打ちをした聖十字騎士団とやらに復讐するための力を与えましょう」
「ええ、喜んで契約します」
復讐という共通の目的を果たすために、シェイネとゴルドは結魂契約を結ぶ。人間は憎むべき存在。無下に扱う輩は正しくない罰せられるべき存在。契約を結んだことで二人の憎悪は何倍にも膨れ上がり、後戻りができないほどの狂気に満ち満ちていた。
そして、二人はある計画を企てる。憎き聖十字騎士団を根絶やしにするための壮大な復讐計画を――。





