73話 『招かれざる客を迎え入れる準備が整いました』
「お待たせしました」
武器屋にマリーたちを引き連れて戻って来たラナは、店主に声を掛けた。
「おお! 英雄志願者様、戻って来てくれたのですね! てっきり戻ってこないのかと思っていました」
ラナが戻ってくるのを首を長くして待っていた店主は、神様を崇めるようにラナを拝んだ。
「困っている人を見捨てるようなことは絶対に出来ませんからね。早速ですが、死者について詳しく教えて頂けないですか?」
ラナはスフィアが考えている作戦を成功させるために必要な情報を入手しようとしていた。
黒色の魔法杖を求めて死者が現れる。そして、要求に応じることができなければ肉体を奪われる。これらの情報は漠然としていて信憑性もない、不確定要素が多く含まれた情報だったからだ。
ラナの問いかけに店主は答える。
「ここで最初に話した通りですが……、そうだ! 確か最初の被害者は二人目の被害者のところに現れてから、二度と姿を現していません」
「つまり、次の被害者が現れない限り同じ死者が現れるということですか?」
「今のところは」
「二人目の被害者の名前とか性別、特徴は分かりませんか?」
「名前はゴルド・フレンダで、最近ここらで武器屋を始めた新米鍛冶屋の男だ。正直言って、顧客らしい顧客もいないだろうし、正直なところ最初に挨拶回りをして来たときくらいにしか顔を合わせたことがないですね」
「三人目の被害者が出ていないってことは、そのゴルド・フレンダさんというが死者として今も現れている。そういうことで良いんですね?」
「そうです。今のところ九人くらいが会っているようですが、全員が彼だったと証言しています」
「次に現れそうな店は見当がついていますか?」
「多分、ここかと……」
「どうしてここだと?」
「死者のくせに几帳面なのか、最初に被害者が出た武器屋から順序良く来ているみたいで」
「なるほど、そうすると現れる日時とかも見当がついているとか?」
「ええ、恐らく今日の黄昏時には現れるかと……」
「たそがれどき?」
黄昏時とは何なのか分からなかったラナは首を傾げた。
『黄昏時って言うのは、日が沈んだときに薄っすらと夕焼けの赤色がほんのり残っている時間帯のことよ』
「あ、あは~ん。黄昏時ですね!」
ラナは右手を後頭部に添えて、あたかも最初から知っていたように振舞った。
「あの……黄昏時ということは、もう一時間くらいしか時間がないと思うのです」
二人の邪魔をしないように、ラナの後ろで待機していたマリーは、想定していた時間よりも早かったことに焦りを覚え思わず会話に割って入る。
「実を言うと英雄志願者様に声を掛けたのは、今日ここへ来るかもしれないと分かっていたからです」
「どうして正直に言ってくれなかったんですか?! 死者に命を狙われえていると言えば、聖十字騎士団が必ず動いてくれる」
「俺たちの稼ぎでは、聖十字騎士団様に依頼できないんですよ。さすがに今日になって怖くなりまして……」
「稼ぎがなくて依頼ができない? マリーさん、聖十字騎士団は依頼を受けるときに依頼の難易度に応じた報酬をもらってますっけ?」
「それはないのです。聖十字騎士団はドラグナム国王直属の騎士団だから、どんな依頼も無償で請け負っているのです」
「え!? む、無償で引き受けて頂けるんですか?!」
店主が驚くのも無理はない。一般的な家庭の月収が十五万クロナ。今まで聖十字騎士団に依頼していた人たちが支払っていた費用は、およそ十万~三十万クロナ。
しかしそれは本来支払わなくても良い費用。聖十字騎士団の英雄志願者という立場を利用して、弱い立場の住人たちから多額の費用を徴収していた存在がいる。
――フェイカーか……。
店主の反応を見てすぐにフェイカーの仕業だと気づいた。
「困っている人を助けるのが英雄志願者です。もし、何かあれば気にせずに依頼してください。仮に高額な費用を要求されても絶対に支払わないで下さいね」
「はい! ありがとうございます。英雄志願者様!」
かなり切羽詰まっていた店主は、ラナの手を握りしめ何度も何度も頭を下げては盛大に感謝の意を表した。
「感謝は後にしてください。店主さんは肉体を奪われないように、例のものを準備してください」
「英雄志願者様たちは?」
「俺たちは死者を確認したら後を追います。恐らく、何者かの指示で動いているはずなので、そいつを叩きます。なので、時間が来るまでの間、待機できる場所を確保したいのですが」
「奥の方に部屋があります。ぜひそちらをお使いください」
「ありがとうございます」
ラナたちは奥の部屋へと通された。
部屋の中には小さなランプと簡易的な木のベッドが一つ、そして無造作に置かれた鍛冶道具や武器や防具の素材が散乱している。人が三人いても問題ない程度のスペースは確保されている。
店主は黒色の魔法杖を準備するために、店の裏手にある物置小屋へと駆けて行った。ラナたちがいてくれる安心感からか、最初に見せていた不安そうな顔は消えていた。
「ギース先輩、そろそろ出てきても良いですよ」
「ふぅ。やっと話せる」
「それで何か見えましたか?」
「いや、この武器屋を含めて通りにも、各店の店主にもそれらしいものは見えなかった」
ラナは第六感を持っているギースに、死者の痕跡を探させていたのだ。陰で操っている存在の可能性を考えのことでもあり、誰かが既に死者と何らかのつながりを持っていて、暗躍している可能性もあったからだ。
「今のところは問題なさそうですね。あとは死者が本当に現れるのかどうか」
「ラナ、一つだけ教えてくれ。さっき店主に話していた例のものって何だ?」
ギースはラナに鎌をかけることにした。もし、ここで黒色の魔法杖について、あからさまに隠すようなことがあれば、魔女と関係している可能性は高くなると思ったからだ。
――さあ、答えろ。ボクには死者のことなんてどうでもいい。君が魔女と結託しているのかどうかさえ分かれば良いんだ。
「黒色の魔法杖ですよ。死者はそれを探しているみたいなんです」
ラナは何の躊躇いもなく真実を告げた。
――本当のことを言った!?
まさかの正直にラナが教えるとは思ってもみなかったギースは、かなり驚いていた。
「どうして黙っていたんだ?」
「店主さんが怯えていたんです。どんな理由があっても、聖十字騎士団に黒色の魔法杖を作っていると知られれば、魔女に加担していると思われて罰せられるのが怖いって。だからグランバード団長に報告しに行くギース先輩には伏せておいたんです。店主さんとも約束していたから」
「理由は分かった。そうなると、死者には魔女が絡んでいるんじゃないのか?」
「それも考慮した上でマリーさんとギース先輩に協力を求めたんですよ。恐らく、魔女が相手なら接近戦主体の自分では絶対に勝ち目がない」
「なるほど、全部想定した上での行動だったって訳か。確かにそれだけ頭が回るなら良い作戦を考えていそうだな」
「そういう訳なので、死者が現れたら頼みますね」
「分かった」
――黙っていた理由も大体分かったが、魔女に対して敵意を持っているように見えないな。嫌に冷静というか……。
ギースがラナのことを不審に思っていると、紅色の小さな物体が現れた。
「そろそろ黄昏時よ」
「アルちゃん、ありがとなのです!」
マリーは吸血妖精に頼んで黄昏時になったら伝えるようにとお願いをしていた。
「そろそろですね。皆さん作戦通りにお願いします」
それを合図にギースは再び姿を消し、マリーは吸血妖精に外で待機するように命じてラナと一緒に少しだけ開けた扉の隙間から店内の様子を覗った。
店内にはスフィアが持っている魔法杖よりも、少しだけ長い黒色の魔法杖を握りしめている店主の姿があった。奥の部屋でラナたちが待機しているとはいえ、死者が来るかもしれないという尋常ではない緊張感は拭い去れない。
武器屋にいる全員が固唾を飲んで店の入り口を見ているときだった。ギイイイと、音を立ててゆっくりと入り口の扉が開かれ、一人の男が顔を覗かせていた。





