72話 『英雄になるためには、統率力が必要でした』
まだ日の沈まぬヘスペラウィークスの通りを複雑な関係の三人と一匹が、心揃わずとも足並みを揃えながら武器屋へと向かって進む。
スフィアと会話をできるようにと考えたマリーはラナの側を歩き、ギースはマリーの横をにたにたとしながら歩く。その一方でラナはギースに対する怒りで煮えたぎっていた。同じ方向へ進んでいるはずなのに、心は一方通行で平行線を辿ったまま。
マリーの肩に乗り三人の姿を見ていたスフィアは、統率が取れていないままでは相手が何者であれ、互いが邪魔になり弱点になってしまうと考えた。
ここはラナに頑張ってもらわなければ困ると、リンクで話し掛ける。
『いい加減にギースを敵対視し過ぎないようにしてくれるかしら?』
それを聞いたラナは苦し紛れに答える。
『俺がギース先輩を敵対視しているわけがないじゃないですか』
『君の怒りは私にも伝わっている……と言いたいところだけで、誰が見てもそれくらいは気づくと思うわ』
ラナは拳を力強く握りしめながら、横目でニヤケ顔のギースを睨みつけていた。
『やっぱりフルラが急に倒れたことを考えると、ギース先輩以外に考えられないじゃないですか!』
怒りをどこにもぶつけられなかったラナは、強い口調で言った。それに対してスフィアは、冷静に淡々と答える。
『さっきも第三待合室で言ったけど、死者の件が解決するまで我慢しなさい。今のままだと、何もかも上手くいかなくなるわよ』
『でも――』
『でもじゃないわ。君には救わなければならない大切な人たちがいるでしょう? ここで何もかも無駄にするつもりなの?』
握っていた拳が緩む。ラナは自分でも気づかぬうちに、怒りに支配されていたことに気づいた。ただ怒りを覚えることなら今までにも何度もあった。
しかし、今回は何かが違う。親友であるフルラが大変な目に遭っているからかもしれないが、大切な人という点では村にいる人たちも家族同然。それなのに、ギースに対する敵意は魔女狩人に対するそれとは比ではない。
これはもう、“殺意”だ。
ラナは今までに覚えたことのない殺意に絶句した。自分自身が怖くなったのだ。それに気づいたラナの中で、ギースに対する殺意という名の怒りが鳴りを潜める。
怒りでもなく恐れでもなく、放心状態になってしまったラナの顔を見て、返事がないと分かったスフィアは話を続ける。
『君が今やるべきことは、死者の件を解決する。それと同時に黒色の魔法杖が女王の魔法杖なのか私と一緒に確かめる。ひとまず、この二つが優先よ。そのためには、君がマリーとギースを統率しなければならないわ』
少しの沈黙の後、ラナは弱々しく答える。
『……俺にはできません。自分の感情もコントロールできないのに、他の人を統率できるわけがない』
『君がなりたい英雄も一人の人間よ。あの頃は魔界と一つになっていなかったから、多くの犠牲者が出ていてもおかしくない。彼らも仲間の死を悲しみ、敵に対して怒りを覚える。それでも、君が憧れてなろうとしている英雄は、この世界を守るため大切な人を守るために色んなことを思いながら戦ってきたはずよ。それなのに君はたった一度、感情に振り回されただけで逃げ出すの?』
『俺は……』
世界を救った英雄は自分と同じ人間。憧れで雲の上にいるような存在だったけど、鋼壁のマルスを見て知っているラナは身近な存在だとも感じていた。
困っていたら手を差し伸べる。当たり前のことのようで、それを貫くことは難しい。ましてや、自分の感情を押し殺して大切な人だけではなく、赤の他人のためにも命を懸ける。つまり、ラナが英雄になるということは、怒りの矛先を向けていたギースのためにも命を懸けるということだ。
ギースはグランバードの指示を受けているはず。少なくとも、命令に従っているだけ。そこに善悪はなく、与えられたことを一生懸命にこなしているだけ。
本当に、ただそれだけ。
『俺は逃げ出さない。自分自身からも他の人からも、絶対に逃げ出さない。スフィア様、俺は何を良いですか?』
『それでこそ私の契約者よ。今から私が言うことを二人に伝えて――』
死人のようだったラナの目に、覚悟という名の生気が戻ったことを確認するとスフィアは指示を伝え、ラナは言われたままの内容をマリーとギースに伝える。
「マリーさん、ギースさん歩きながらで良いので少し聞いてくれますか?」
「なんだ? ボクとマリーちゃんの幸せなひと時を邪魔する気か!?」
ギースはラナの方を向くタイミングで偶然を装ってマリーの顔に自分の顔を寄せた。
「ら、ラナ君! 早く聞かせてほしいのです!」
もう耐えられないと、マリーはラナを盾にして早く話すようにと急かした。
「今から話す事は真剣に聞いてください」
「あ、うん……」
「ラナ君のお話なら、真剣に聞くのです」
今から告白でもするのかと思ってしまうほどの真剣な表情に、二人は不覚にもドキッとしてしまい、恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじとしている。
「俺たちは今から死者という見たことのない敵の対処に向かっています。正直、死者が生きた人間のように出歩くことはあり得ないし、肉体を奪うなんてことは信じられないことです。確証が得られない限り、こちらから目立った行動をするわけにもいきません。だから、皆さんの特技、能力をすべて把握した上で作戦を考えます」
「三人いれば問題ないだろう? 知ってどうする?」
すべての能力を教える訳にはいかないと、ギースは遠回しに拒んだ。
「問題ありです。今言ったように作戦を考えるため。そして、怪我一つなく無事に解決まで導くために、俺たちは互いのことを知る必要があります。だけど、すべてとは言いません。特技と能力、それだけ聞かせてくれれば良いんです」
――最下位で魔女と結託しているという疑惑を向けられているのに、何を偉そうに仕切り始めているんだ。
ギースは不満をブチまけたかったが、立場上ラナにスパイだと悟られるわけにはいかない。
「わかった。じゃあ、最初はラナから話してくれ。それが筋ってもんだろう?」
ラナが地獄の猟犬を討伐したと、未だに信じられないギースは真相を知るチャンスだと考えを改めた。
「そうですね。俺の特技は特技と言えるほどではないですけど、最善の作戦を考え出すことができます」
「模擬戦の時は、あれだけ一方的にやられていたのに?」
「あの時は作戦を考えるだけの情報がなかったのと、自分の能力、英雄たる資質を上手く使いこなせなかっただけです」
「ラナが英雄たる資質の力を!?」
「時間の錯覚。それが俺の英雄たる資質の力です。自分の身に命にかかわる危険が及んだ時しか発動できないのが難点ですけどね……」
この時ラナは、スフィアに言われた通りに発言して、ようやく自分の英雄たる資質の力を発動する条件を完璧に理解した。
『って、模擬戦で発動しなかったのってそういうこと!?』
『まだ理解していなかったの? 地獄の猟犬と戦った時に話したと思うけど、戦闘になる前に気づけて良かったじゃないの』
ラナは衝撃を受けて口をあんぐりと開けている。
ギースも同じく衝撃を受けて口をあんぐりと開けていた。
――まさか、本当に英雄たる資質を開花させていたのか……。いや待てよ。もし、今の発動条件が本当の話ならボクがグランバード団長から聞いたことは違うのか。力を隠していたのではなく、発動条件を満たしていなかったから使えなかった。だとしたら、この白銀の猫は何だ? 本当に魔法が使えるだけの特殊な魔獣というだけなのか?
迷走した。グランバードが警戒しているラナと魔女の関係性を――。
――今考えても答えは出ないよな。
「ラナの特技と能力は分かった。次はボクの特技と能力を話すよ」
ギースは言える範囲で話し始める。
「俺の特技は第六感で人に見えないものが見える。つまり、幽霊が見えるってことだ。能力はラナも知っている通り姿を消すことができる」
「第六感……。それって幽霊限定ですか?」
「うん、幽霊とかボクが契約している幽魔みたいな幽体だけ。今話したこと以外はこれといって何もないよ。だから過去一年間、ボクは掃除係ってわけさ」
――なるほどね。スフィア様が言っていた憑依については教えてくれない訳か。
ラナの中でギースが幽魔を使ってフルラに憑依させていたのだと考えが固まった。そして、ギースがラナたちについて何か探りを入れていることも理解した。
「大体把握できました。マリーさんは模擬戦の時に使用した自己再生と紅き眼の妖精、あとは応急処置ができる以外に何かあれば、教えてくれますか?」
「えっと、それ以外は突出して凄いものはないのです。強いて言うならルミナ団長と手合わせして、少しは粘れるくらいの剣術があるくらいなのです」
この時点で剣術・覚醒の予兆・英雄たる資質・特技、すべてにおいてラナとギースよりも優れていることが分かった。
マリーのポテンシャルの高さにラナとギースが半端ない劣等感を抱いたことは言うまでもない。
「ありがとうございました。俺たち三人の力を最大限に生かした作戦を伝えますので、武器屋に着き次第、実行に移してもらいます」





