69話 『目に見えていることが全てではなかった』
護衛任務を完遂するため、フルラの所属する調合術師組合へと向かった一行は、武器屋のある通りから北の方角にある各組合の拠点が点在している地区へと足を踏み入れる。
そこには、それぞれの組合の特色を生かした造りの大きな建造物があった。
「ここが調合術師組合の拠点です」
少し歩みを進めたところで、フルラが立ち止まると真っ白い塀で周囲を囲まれたひと際目立つ、これまた真っ白な高い塔を指さして言った。
「すげぇ。なんか他の建物より高くないか?」
「調合術師は、英雄志願者の次に所属する人数も多いし、重宝されているからね。その分、権力の象徴として建物も大きいし高いみたいだよ」
「へぇ。フルラもすげぇところに入ったなぁ」
「ラナ君には負けるけどね」
フルラは照れくさそうに笑いながら、両開き門扉をドンッ! ドンッ! と二回叩く。
「初級調合術師フルラ、ただいま戻りました。開錠をお願いします」
帰還したことを告げると、少し白みがかった木製の大きな両開き門扉がゆっくりと開かれていく。
「「お勤めご苦労様です」」
フルラと同じような調合術師の服を着た門番が二人現れると、労いの言葉を掛ける。彼らの背後には塀越しに見えていた真っ白い一本の塔と、それに続く道があった。
「そちらの方々は? 護衛……にしては、多いようですが……」
門番の一人が、不思議層にラナたちのことを見て言った。
「えっと、こちらにいる英雄志願者様たちはぼくの隣にいるのが、ラナ・クロイツさんで護衛として同行して頂いきました。女性の方は、マリー・ブランカさんで護衛補佐役。もう一人は、お二人が新入団員ということで監視役として付き添ってくださったギースさんです。ぼくも最初は驚いたんですけど、結構多いですよね」
「ええ、何事かと思いましたよ。では、特に問題はなさそうですね」
「とても良い人たちなので大丈夫ですよ。あの、ぼくは上級調合術師様に帰還したことを報告してくるので、護衛の方々を待合室に案内しても良いですか?」
「構いませんよ。確か第三待合室が開いていたと思いますので、そちらをご利用ください」
「ありがとうございます! じゃあ、皆さん行きましょうか」
フルラに連れられて、塔を中心に円形に建てられた建物の一室へと向かおうとした時、ギースが口を開く。
「これで、任務は完遂したね。ボクはグランバード団長に報告しに行くから、これで失礼するよ」
「そうですね。一刻も早く、武器屋にも行かないといけないし、ギース先輩よろしくお願いします! くれぐれも無駄なことは言わないように気をつけて下さいね」
「当たり前だ。ボクは真の英雄志願者だからな!」
良くも悪くもギースはマリーにアピールすることしか頭にないように見える。ラナは少し飽きれつつも、問題なく報告し終えたら戻ってくるだろう。そう思いながらギースを見送る。
「うおぁ……また悪寒か?」
ギースが調合術師組合の敷地から出て行く瞬間、後ろの方から冷たい何かが身体をすり抜けていくのを感じた。何事かと後ろを振り返ると、ラナの前を歩いていたフルラが膝から崩れるように倒れ込もうとしていた。
「フルラ!」
倒れる直前で、フルラを抱きかかえたラナは何が起きたのかと名前を叫んだ。
「……あれ、おかしいな。何か力が抜けちゃった……」
フルラはそのまま眠るように意識を失った。
「おい、フルラ! しっかりしろ、フルラ!」
ラナの呼びかけに反応はなく、ぐったりとしている。
「どうした!?」
異変に気づいた門番の一人が慌てて駆け寄ってきた。
「わ、わかりません。急に倒れて」
「急に!? ちょっと診させてください!」
門番は脈を測り、瞳孔や顔色など色々とフルラの状態を確認する。その間もフルラの顔色は悪くなる一方だった。
「あ、あの、フルラはどうしちゃったんですか!?」
「極度の疲労状態にあります。ここへ来る間に何かあったのですか?」
「いえ、特にこれと言って何も……」
「わかりました。ここに寝かせておくわけにもいかないので、第三待合室に運びます」
ラナは門番と一緒にフルラを担ぎ上げると、マリーを連れて第三待合室へ行き、人ひとりが寝そべることができる大きさの机に寝かせた。
何もすることができない二人は、門番が引き連れて来た医者と調合術師が治療をしているのを見ている事しかできなかった。
◇◇◇
「ラナ・クロイツは無事に調合術師を送り届けました」
フルラが倒れて治療を受け終わり安静に眠っている頃、ギースは早々に第二騎士寮の寮長室で待つグランバードの下に報告をしに来ていた。
「そうか。それにしては随分と遅かったようだが、何かあったのか?」
椅子に深く腰掛けるグランバードは訊いた。
「ええ、かなり面白そうな話を聞くことができました」
「面白そうな話? あの白銀の猫のことが分かったのか?」
「いえ、グランバード寮長が警戒していた白銀の猫は姿を現していません。今はまだ……」
ギースはスフィアが潜んでいることに気づいていた。どこに潜んでいるのかも、見当はついているが、不用意に手を伸ばしてしまえば確実に半殺しになっていたことは言うまでもない。
「では、何だ? もったいぶらずに言ってみろ」
「ヘスペラウィークスで死人が黒色の魔法杖を探して彷徨っているようです」
「死者が魔法杖を!? それは……本当なのか?」
「はい、武器屋の店主が話していたので間違いないでしょう。それに犠牲者も出ているようで、被害を増やさないための対策として、ダミーの黒色の魔法杖を作っているらしいです」
ギースは武器屋の店主の話を聞いてはいない。しかし、ギースには間接的に話を聞く手段を持っていた。それはギースが契約している幽魔の持つ得意能力でもある憑依。それを使ってフルラに憑依し意識を残しつつ会話をすることが可能。
本来であれば、ラナやマリーに憑依する予定だったのだが、魔族との契約で強固に結ばれた魂に憑依することができなかった。それは一度、ラナの体に憑依させようとした時にギースも初めて知ったことだった。
「なるほど……。アルフレッドが仕入れてくれた情報通り、魔女がヘスペラウィークスに潜伏していると考えると、その死者は魔女絡みの可能性が高い。そうなると黒色の魔法杖とは何か……。その話を聞いていたときに、ラナは一緒にいたのか?」
「はい。ボクはラナが店主と話しているのを盗み聞きしていたので」
「その時、ラナの反応はどうだった?」
「死者に関してはかなり驚いているようでしたが、黒色の魔法杖という単語にはそれほど驚いている様子はなかったです」
「死者については知らなかったが、魔女に関することには嫌な顔一つせずに受け入れたということか。ラナ・クロイツ、奴は魔女と何か関係している可能性が高くなった訳か」
グランバードはより確信に近づいたと、薄っすらと笑みを浮かべた。
「もう一つお話が」
「なんだ?」
「死者の件について、ラナ・クロイツたちとボクとで秘密裏に解決しようと言うことで話を進めています」
「ほう。それでどうするつもりだ?」
「このままヘスペラウィークスに戻り、ラナ・クロイツたちと合流します。そして、ラナ・クロイツが白か黒か判断できる情報を集めながら、死者の件についても解決してみようかと」
「わかった。くれぐれも無茶だけはするなよ」
「はい。つきましては、お願いがあります――」
ギースはグランバードにある要望を伝えると、ラナたちが待つ調合術師組合へと戻っていった。死者の謎、白銀の猫が魔女なのかどうか、そしてラナが魔女と結託しているのかどうか。ラナとスフィアの運命の歯車はまた一つ、不吉な音を立てながら回り始める。





