68話 『様々な思惑が交錯する中、協力者が揃った』
「はぁ!? 死人が武器屋に買い物に来る!? 何をバカなことを言っているんだ?!」
ようやく話が通じたと思った矢先、信じられないといった様子のギースは、所かまわず声を荒げてバカにしたような口調でラナの額を何度も小突いた。
「やめてくださいよ!」
小突かれる度に怒りメーターが上昇して限界まで達したラナは、小突いて来るギースの手を力いっぱいに払った。
「やめるのはお前の方だ、ラナ! 護衛任務すら完璧に遂行できないのに、実際に起こっているかも分からない武器屋の店主から聞いた噂話を真に受けて、助けないといけないから協力してくれ? 護衛対象の調合術師まで巻き込んですることなのか?」
変態キノコのくせに、任務の話になるとやたらと痛いところを突いて正論を並べて来る。正論過ぎて反論はできない。反論できないから、それ以上無理強いすることはできない。
「わかりました。もう、ギース先輩には頼みません。俺たちだけで何とかします」
「好き勝手に行動させると思うか? 俺はお前が任務を完遂するまでの監視役だぞ」
「死に怯えて不安がっている人がいるのに、助けるなって言うんですか? それでも英雄志願者だと名乗れるんですか?」
何だかんだ正論を並べたところで、自分は危険な目に遭いたくないようにしか見えない。
元々、さぼり癖があるギースは不真面目な男だと知っているからこそ、余計にそう見えて仕方がない。この男はやっぱりフェイカーだ。ラナは軽蔑の目で見る。
「何か勘違いをしているようだから、はっきりと言わせてもらうけど、ラナは大切な親友を危険な目に遭わせることが正しいことだって思うのか?」
「危険な目に遭わせない。もしものときは俺が守る」
「俺が守る? ラナ、君は最下位のレッテルを貼られているんだよ? ボクと同じで第二騎士寮のお荷物的存在。ボクより評価が低いのに誰をどうやって守ろうって?」
「模擬戦は思うように実力が出せなかっただけです」
「思うように実力が出せなかっただけ。じゃあ、もしものときに思うように実力が出せなくて、誰も助けることができなかったら? ラナはまたそうやって言い訳をする気?」
やはりギースの言う事は正しい。正し過ぎて、自分が悪に思える。結局のところ、自分一人ではどうしようもできないと思っていながら、自分がいるから大丈夫だという確証のない自信。
もし、模擬戦の時のように手も足も出せずに一方的にされるがままだとしたら、ギースの懸念している通りになるだろう。ラナはこれ以上ギースに対して何も言うことができなかった。
――ちくしょう。フェイカーと同じにされたくないって思っているのに、今の俺はそれ以下じゃないか。
単なる正義感。ただそれだけで、大切な人を危険な目に遭わせようとしていた自分が許せなかった。
「誰かを救うためには、救えるだけの力が必要だよ。シンプルな戦闘力かもしれないし、財力がものを言うかもしれない。そのときの状況に応じた力が必要になる」
歯が欠けてしまうのではないかというくらいに力強く食いしばるラナを諭すようにギースは言った。
「じゃあ、力がない俺は何もするなっていう事ですか?」
「それは違う。ラナには調合術師の彼を無事に送り届けるという任務があるだろう。ボクには、君が任務を完遂したことを見届けて報告しなければならないという任務がある。その後にラナが何をしたとしても、それはラナの自由さ」
「つまり、ギース先輩は自分の任務さえ終わらせることができれば、何をしようと構わない。そう言いたいわけですか?」
「そういうことだね。ついでに言わせてもらえば、任務が終わったらボクはフリーになる。つまり何をしてもお咎めなしで行動できるってこと」
「それって……」
「任務さえ完遂してくれれば、ボクも協力してあげる。ただし、ボクがグランバード団長に任務完遂の報告をした後で」
結局のところギースは任務さえ完遂してくれれば、協力してくれると言いたかっただけのようだ。
確かに任務を任された以上、英雄志願者として聖十字騎士団の一員として任務を完遂しなくてはならないことは重々承知の上で、ラナは協力してもらえないかと相談していた。それにもかかわらず、ギースはあたかもラナが間違いであり、自分が正しいということを誰かに示したいように――。
――そうか。まだ続いているのか。どこまで行っても、お乳好きの変態キノコめ!
ラナは多少怒りを覚えたが、そこに気づけば、後は簡単なこと。ギースにはマリーに良いところを見せるために頑張ってもらう。協力してもらうことで、マリーにアピールするチャンスが増える。
好感度はむしろマイナス値に達しているギースがどこまで好感度を上げられるのか。あまり期待はできないが、その手助けをしてやると持ち掛ければ、ギースは何も躊躇うこともなく、正論を並べることもなく引き受けるだろう。
「ごにょごにょごにょ……」
ラナはギースの耳元でとあることを囁いた。
「そ、それは本当か?」
「少なくとも今よりは、という感じですけどやってみる価値はあるんじゃないですか?」
「よし、やる。でもちゃんと任務は完遂するって約束は忘れないでくれよ」
「もちろん、わかっていますよ。ギース先輩こそ、ちゃんと約束は守ってください」
「男と男の約束だ。真の英雄志願者として絶対に約束は守る」
ギースは単純だ。変態なところを抜きにするとラナと同類と言って良いくらいの単純さ。面倒くさがりのギースが真の英雄志願者だと自ら口にする理由は簡単だ。
【マリーは本気で理由になることを心に誓って、英雄志願者として聖十字騎士団に入団している。だから、どんな状況でも困っている人を助けると、行動で示せば多少なりともギースに対する見方も変わるだろう】
と、ラナがギースに伝えたことで、妙なやる気を出させたのだ。
そして、スフィアとマリーの会話も終わりを迎える。ラナがギースを説得するくらいの時間を費やして、協力を求めていたわけではない。マリーは最初から協力するつもりで来ている。スフィアから話を聞いてすぐに、協力することを承諾している。
スフィアはマリーに対しては包み隠さず、黒色の魔法杖のことも、それを探している死者がいることも、そしてその杖がスフィアたちの探しているものかもしれないということも、全部ありのままに伝えた。
ラナの知らないところで、少しずつ絆を深め始めていた二人。
同じ境遇で、失うことの辛さを知っている二人。
やり方は違うが、この世界をどうにかしたいと真剣に考えている二人。
ラナとフルラほどの付き合いもなければ、命を懸けられるほど信頼し合っているわけではない。しかし、二人の気持ちは一つ。
――ラナを支えたい。
もちろん、困っている人たちを救いたいという気持ちはある。が、それだけでは気持ちに差が生じてしまう。
マリーは人間が大好きで、魔女のスフィアも大好きになって、皆を助けたいと思っている。
スフィアは人間が嫌いで憎んでいて、人間に忌み嫌われているから助ける意味も理由もない。
だからこそ、同じ志を持つラナのために、魂を結び合わせたパートナーのラナのために、二人はラナのために協力することを助けたいという気持ちを尊重することに決めた。
そして二人は、互いの意志を確認し合った後で色々な作戦を考えていた。
「ラナ君、もう話は終わったのです?」
「ああ、終わったよ。ギース先輩もフルラも協力してくれるってさ」
「良かったのです! じゃあ、さっそく武器屋さんのところへ――」
「その前に、フルラを調合術師組合に連れて行くよ。今の任務は護衛だからね。任務完了の報告をギースさんにしてもらった後に武器屋へ行こう」
新たな目的を果たすため、ラナたちは急ぎ足でフルラを調合術師組合へと送り届ける。いつ武器屋に現れるか分からない死者の存在と、黒色の魔法杖を探しているだろう黒幕の存在を感じながら――。





