67話 『変態以外の協力者を確保しました』
武器屋を出たラナは、外で心配そうに待っていたフルラの下へ。
「ラナ君、さっき魔法杖がどうとか聞こえたけど、何の話をしていたの?」
「聞いていたのか!?」
「ううん。全部は聞き取れなかったけど、凄く深刻そうな顔で話していたからね」
「よし。じゃあ、魔法杖については誰にも話さないようにしてくれないか?」
「うん。それは良いけど、何かあったの?」
王都の中央広場より人通りは少ないが、あまり大きな声で話せるような内容ではない。
「マリーさんたちと合流しよう。多分、俺一人で何とかできるようなことじゃなさそうだからな」
「そうみたいだね」
フルラの知っているラナはいつも自信に満ち溢れ、何でも自分一人でやってのけてしまう強さがあった。だが、今のラナには昔とは違う何かがある。それは今までにはなかった確かな覚悟。凛々しい顔から伝わってくるのを感じたフルラは、ラナと一緒に来た道を戻る。
「ラナ君、あそこ!」
「いた! マリーさん! ギース先輩!」
「ラナ君!? どこに行っていたのですぅ!」
ギースと二人きりで行動していたマリーは、ラナを探す一方で何度も何度もギースの変態的な発言を聞かされ続けていた。相当精神的に堪えたのだろう。顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながら、ラナに抱きついた。
「お、おお、あ……」
マリーに抱きつかれて、一瞬だけ我を忘れてしまっていたラナは、ジトッとした視線を感じて我に返る。
「ラナだけ良い思いしやがってぇぇええ!」
「近寄らないで……」
「ぐ……」
我を忘れ続け、マリーのことで頭がいっぱいになっていたギースがラナとマリーを引き離そうと駆け寄ろうとした。しかし、マリーは今までに見せたことがないような冷徹なまでの殺気とともに低いトーンで制止すると、ギースは体をビクッとさせて金縛りにあったように動けなくなってしまった。それくらいマリーの顔と言葉には本気の殺意が滲み出ている。
『今のうちに、私が話そうとしていたことの続きを話してもいいかしら?』
ここぞとばかりにスフィアが話しかける。
そして、ラナはあることに気がついた。
『なるほどね、だからマリーさんが抱きついてきたわけか』
『あら、今気づいたの? マリーがわざわざ君に好意を持って抱きつくわけがないでしょう。すべては君と私が話すための状況を作り出すための作戦よ』
『やっぱりね』
と、言ってはみたがマリーから伝わってくる心臓の鼓動は通常よりも大きく早い。息遣いも荒いし、単なる作戦でここまで緊張することがあるだろうか。
――これってもしかして……。
自分が女の子に対する反応と似ていると思ったラナは、マリーが自分に対してドキドキしているのだと、ちょっとだけ良い気分になっていた。すると、
『絶対に有り得ないから余計なことは考えないで話を聞きなさい』
と、ラナの心の声を聞き取ったスフィアがため息を漏らしながら呆れた様子で言った。
『そうでした。今は全部筒抜けでしたね。でも、ちょっとだけスフィア様の話は待ってもらえますか? ややこしい問題が発生しちゃって』
『ややこしい問題?』
『さっき、武器屋で聞いた話ですけど、死者が黒色の魔法杖を探しに来るみたいで、もしかしたら女王の魔法杖に関係する情報が手に入るかも知れない』
『死者と黒色の魔法杖……。確かに女王の魔法杖に関係する情報は手に入りそうね』
『あと問題なのが、黒色の魔法杖がないと死者に肉体を奪われるみたいで』
『肉体を奪われる? それって、霊体が肉体を奪うということなのかしら?』
『いや、それは詳しくは聞いていないけど、俺はてっきり肉体を奪われるのは命を奪われることだと』
『結果としては命を奪われることに間違いはないわね。君のことだから、その人たちを助けたいとか言い出すのでしょう?』
『さすがスフィア様! 話が早い!』
『あとは君一人では、対処できそうにないから私に相談をして、どうにかして協力者を募りたいところだけど、聖十字騎士団に協力は要請できないし、それを待っている時間はない。マリーは協力してくれそうだけど、ギースが黙って協力してくれるはずがないから困っている。君が考えていることをまとめると、ざっとこんな感じかしら?』
『そこまでお見通し!?』
『私も知りたいわけじゃないけど、君の考えが流れ込んでくるのよ。何がきっかけになっているか分からないけど、リンクの熟練度が上がっているみたいね。今ならもう少し離れていても会話も可能になっているかも知れないわ』
『えっと、それはそれで嬉しいような嫌なような気もするけど、俺はどうしたら良いと思います?』
『そうね。まずは、あそこで固まって動けないギースをどうにか上手く説得して協力させるしかなさそうね。その間に私はマリーに話をしておくわ』
『結構、骨折れそうですね』
一通り話を終え、すべきことは大体決まった。あとはギースとフルラ、そしてマリーに上手く状況を説明して、協力してもらうことができれば御の字だ。
「マリーさん。ありがとうございます。もう離れて大丈夫ですよ」
「え? あ、はいなのです!」
マリーは真っ赤に火照った顔をしながら少しだけ離れると、もう話は終わったのかと胸の谷間から、ちょっとだけ顔を出したスフィアに目を向ける。ラナは「スフィア様から話があるので、もう少しここにいてください」と、マリーの耳元で優しく囁き、ギースを説得しに向かった。
「フルラ、ギース先輩、少し話があるので聞いてくれますか?」
マリーに嫌われたと思ったギースは、呆然と立ち尽くして心ここにあらずといった感じで、抜け殻状態になっている。その横でフルラは気の引き締まった顔で、真剣にラナの話に耳を傾けている。
「さっきフルラと行った武器屋で、不穏な動きがあるという話を聞いた。しかも、人の命にかかわること。多分、王都に戻っている時間がないくらいに危険な状態だと思う。だから、今から話すことを聞いて協力してくれるのかどうか決めてほしい」
「聞くまでもないよ! ぼくは協力する!」
ラナが危険なことに首を突っ込もうとしていることは最初から気づいていたフルラは、絶対に無理をさせてなるものかと、調合術師としてではなく、親友としてラナに協力することを決意していた。
「ありがとうフルラ。でも、本当に良いのか? 多分、フルラが思っている以上に危険な目に遭うかもしれないぞ?」
「大丈夫だよ! もし危なくなってもラナ君が守ってくれるでしょ? ぼくもラナ君が危なくなったら助けるから!」
――ったく、いつからそんなに頼もしくなったんだよ。本当に少し前のフルラとは大違いだな。
「あとは、ギース先輩。今から話す事を聞いて協力するか決めてくださいね」
「ん? んあ?」
マリーの反応が本当にショックだったらしい。自業自得なので、ラナが優しい言葉を掛けて慰めることもなければ、元気づけることもない。だが、この様子では話が真面にできない。
「ギース先輩。失礼します!」
パァァァン! と、ラナはギースの顔を両の手で打ち鳴らした。
「ぐふっ!」
「目は覚めましたか? ギース先輩」
戸惑いながら、ラナに焦点を合わせて頷くギース。
言葉の意味を理解できていることを確認したラナは、魔法杖に関することは一言も口にせずに、武器屋の人たちの命が危険に曝されていることを伝えた。しかし、寝起きの相手に話をしているようなものだから、「ああ、うん。わかった」と、本当に理解しているのかと不安になる返事が返ってくるだけだった。
丁度その頃、ラナの頭の中にスフィアの声が微かに聞こえたような気がした。
『まったく、マリーはラナに近づきすぎなのよ。普通にちょっと近づけばいいだけなのに、わざわざ抱きつく必要があるのかしら? しかも、二回も……。ラナもラナで反応がムカつくのよね』
条件反射的にスフィアの方を見てみたが、谷間に挟まっているスフィアの姿は見えず、マリーが一人でずっと自分の胸を見つめながら、真剣に頷いているだけだった。
――さっきのは空耳だよな……。でも、マリーさんのあれは結構不味そうだな……。
道行く人たちもそれを見て怪しそうに思っているが、見て見ぬふりをして通り過ぎていく。
――マリーさん、ごめん。
変態男と二人きりにさせられた直後に、自分の胸を真剣に見続けているという不審な行動をする女にされてしまったマリーに申し訳ないと思いながら、ラナはギースが理解するまで根気よく説明を続けた。





