66話 『自分の正義に嘘はつけませんでした』
「魔法杖っていうことは、魔女の武器について知りたいということかい?」
武器屋の店主は、店の中にラナだけを引き込むと周囲に聞かれていないか、注意深く辺りを見渡しながら小声で訊き返した。
「えーっと、そうなっちゃいますね……」
予想はしていたが、魔女という単語はどこへ行ってもすんなりと受け入れてもらえないようだ。テンションが上がってしまって、止めどなく湧き出る水のようにベラベラと口から溢れ出た言葉は取り消すわけにもいかない。ラナは少しだけ失敗したと思いつつ、武器屋の店主の顔色を窺う。
「それは、聖十字騎士団が魔女に関係する物を全て破壊していることと、何か関係があるのかい?」
「うーん。何と言いますか、個人的に魔女に興味があるって言えば良いですかね」
「じゃあ、個人的な好奇心で魔法杖について聞いたってことだな?」
「そうですけど……」
武器屋の店主が見せる表情は、どこか普通とは違うように見える。王都に着いた時に女王の魔法杖について聞き込みをしていたときは、全員が魔女という単語を口にした瞬間、顔をしかめて話を聞くどころか迷惑がっていた。
それなのに、武器屋の店主は魔法杖に反応して色々聞き出そうとしている。明らかに、今まであった人たちとは違う反応をしている。何か知っているのではないかと、直感的に思ったラナは目を細めて「怪しいなぁ」と言いたげな視線を送る。
「な、なんだ、その目は?!」
「え!? もしかして疑っている目をしていました!? 何か知っていたりするのかなぁって、疑っていそうな目をしているように見えました?!」
嘘が下手過ぎる。ラナとしては平静を装い、注意深く観察をしながら何を隠しているのか探るつもりだった。それなのに表情には出ているし、口からは本音は出る始末。考えていたことが全部筒抜けだ。
「ぐ……。一つだけ、確認してもいいか?」
完全に何かを疑われていることは伝わったようで、武器屋の店主はラナの肩をグッと掴み訊いた。
「確認? 良いですけど、何の確認ですか?」
「君は魔法杖については何も知らないし、興味本位で聞いただけ。それで間違いないな?」
「ええ、間違いないですよ」
「本当だな?」
「本当です。嘘を吐く理由がないので」
「ふぅ。良かったぁ……」
なぜか深いため息を漏らしながら、ホッとしている武器屋の店主。絶対に何かを隠していると確信したラナは、店主の耳元でそっと囁く。
「何が良かったんですか? まさか、何か後ろめたいことでもあるとか……」
もう、色々と考えていることが筒抜けだったラナは、潔く聞きたいことを聞くようになっていた。それも無意識に。
「…………誰にも言わないと約束できるか?」
もう隠し通せないと思った武器屋の店主は、少し考えた後ですべてを話す覚悟を決めた。
しかし、ラナは武器屋の店主が、どんな気持ちで話そうとしているのか知る由もない。
「魔法杖について知っていることを全部教えてくれるなら、黙ってあげても良いですよ」
ラナは、これまた無意識に人の弱みにつけ込んで情報を聞き出そうとしている。これはもう悪役のセリフだ。店主の心中は穏やかではない。
「ったく、面倒な英雄志願者様に声掛けちまったな」
辛うじてラナには聞こえない程度の声量で小言を漏らす。
「それで、何を隠しているんですか?」
「隠しているわけじゃないが、ここ一か月の間に死者が武器を買いに現れるっていう噂が広がっている。その件について色々と事情があるっていうだけだ」
「死者が武器を買いに現れる!? そんなことがあるわけ――」
俄かには信じがたい話が飛び出したものだと、驚き半分笑い半分で聞いていたが、店主の顔は真剣そのもの。ラナは、死者が武器を買いに来るということを信じざるを得ない。固唾を飲み店主の話を聞いた。
「俺も最初は信用していなかったさ。だけど、現れたんだよ。俺の店じゃないが三軒隣の武器屋に死んだはずの人間が現れたみたいでな。そこの店主の話だと、「黒色の魔法杖を」って、一言だけ言うらしい」
「黒色の魔法杖……」
死者が買い物をするなんていう理解に苦しむことを言われたが、黒色の魔法杖は、恐らくラナたちが探し求めている女王の魔法杖に違いない。ようやく手掛かりらしい手掛かりが掴めそうな流れになってきたと、妙な汗を手に握るラナは、さらなる情報を得るために質問を投げかける。
「その、死者が買いに来る黒色の魔法杖っていうのは何のことか分かっているんですか?」
「残念だが、その魔法杖は誰も特定することができていない。だから怖いんだよ」
「そうですよね。得体の知れない武器を死者が買いに来るなんて普通じゃあ、有り得ない話ですもんね」
「違うんだ。死者が来たときに、黒色の魔法杖がないと分かった途端、その代わりに肉体を奪われてしまうらしいんだ」
「またまたぁ~。そんな理不尽なこと――」
さすがにそれは信じられないという気持ちと、そんなおっかない話があってたまるかという気持ちで言葉を返したが、やはりこれも本当の事だと店主の真剣な顔が訴えている。
「ほ、本当だ! 最初に死者が現れた武器屋の店主は黒色の魔法杖のことを知らなかったせいで、肉体を奪われちまった。その後、死者として二人目の武器屋に現れて、そこの店主も肉体を奪われちまった。だから、俺たち鍛冶屋は見たことも聞いたこともない黒色の魔法杖ってやつを自分たちで複数作って、いつ死者が来ても良いように準備しているって訳さ」
最初の犠牲者が二人目の犠牲者の下へ現れたことによって、死者が現れるという噂が広まる。三人目の武器屋の店主はかなり高齢で、死者の訪問に腰を抜かしてしまったのだが、そのとき手に持っていた愛用の黒いステッキを黒色の魔法杖の代わりに、渡してしまったというのだ。結果的に三人目の被害者が出ることはなかった。それをきっかけに、死者が来ても偽物の黒い魔法杖を渡せば助かるという噂も広まり、鍛冶屋たちは複数の黒色の魔法杖もどきを作り、所持することで身を守るようになっていた。
「その話が本当なら、聖十字騎士団に報告したほうが良かったんじゃないですか?」
「バカ言うな! 聖十字騎士団なんかに言ったら俺たち鍛冶屋が魔女のために魔法杖を作っていると思われちまうだろうが!」
――なるほど、だから魔法杖のことを聞いたときに、青ざめた顔をしていたのか。
店主が怯えている理由がよく分かった。頼みの綱である聖十字騎士団に助けを求めることもできない。つまり、自分の身は自分で守らなければならないということ。
「確かに聖十字騎士団って、魔女関係のことになると見境ないですよねぇ……」
王都にいる人々が魔女に対して良い反応をしてくれないのもそうだが、魔女狩人組合という魔女狩りに特化した組織が独立して存在している時点で、どれほど魔女という一族を敵対視しているのかは一目瞭然。もし、魔女に加担していると知られれば問答無用で死罪が確定してしまうだろう。
――これは、聖十字騎士団に協力を頼むのは難しいよなぁ。特にグランバード団長に報告したら確実に「どんな理由があろうと魔女の武器を作ったことに変わりはない」とか言って、絶対に聞く耳持たないよなぁ……。どうしよう……。
ラナは、何か救う手はないかと考えていた。しかし、死者が黒色の魔法杖を求めているというだけで、これといった詳しい情報はなにもない。
「あの、他に何か知っていることは?」
どうにかして鍛冶屋と武器屋を営む人たちを助けてあげたい。その一心で、もっと情報が欲しいと訊いてみるが、
「知っていることも隠していたこともこれで全部だ。そういう訳だから、絶対に誰にも言わないでくれよ」
と、それ以上の情報を得ることはできず、このことが知られることを心底不安に思っていることが分かっただけだった。
「約束は守ります。でも、そんな話を聞いたからには俺も何か協力させてもらいますよ。俺の知りたい情報も手に入るかも知れないですから」
少しでも不安を和らげることができればと、協力したい気持ちを伝えた。
すると、武器屋の店主は下唇を軽く噛み、「うん、うん」と頷きながら静かに口を開く。
「気持ちは嬉しいが、本当に魔女が関わっていることかもしれねぇし、確実に命にかかわる問題だ。兄ちゃんはまだ若い、悪いことは言わねぇ。余計なことには首を突っ込まない方が良い」
「でも……」
「いや、俺が声を掛けなければ、英雄志願者様に聞かせることのなかった話だ。忘れてくれ」
この一言が、ラナの中にある正義という名の闘志に火をつける。
「英雄志願者って何ですか?」
「え?」
「もしかしたら死ぬかもしれないんですよ?! 怖いんですよね?! おじさんみたいに怯えている人がいるのに、見て見ぬふりをしろと言うんですか?」
「あ、ああ、だから関わらない方が――」
「目の前に困っている人がいるのに、助けない英雄志願者は俺の大嫌いなフェイカーくらいですよ。俺はフェイカーと同じになりたくない」
「兄ちゃん、まさか本気で言っているのか!?」
死の危険性があると知って尚、協力してくれようとするラナに対して武器屋の店主は信じられないと言った表情で驚く。
「本気ですよ。俺は必ず世界を救って英雄になると決めているんです。だから、俺が必ずおじさんたちを助けてみせます! ちょっと待っていてください!」
自分の手で救いたい。嘘偽りのないその気持ちは、しっかりとラナの表情に現れていた。そして、真剣で真っ直ぐな目が言葉に説得力を持たせる。久しく見ない真の英雄志願者の目に釘づけになった武器屋の店主は、どこか頼もしく信頼できそうなラナに僅かな希望を抱く。





