65話 『好きなことでも全てを知っているわけではなかった』
フルラに案内されるままやってきたのは、綺麗に加工された石を用いた一階建ての建物が立ち並ぶ通り。鍛冶屋と武器屋が予想していたよりも多く、鉄を打ち鳴らす音や武器を買い求める客とそれを接客する売り子の声が飛び交い、とても活気に満ちている。両手剣や片手剣はもちろんのこと、弓矢などの飛び道具といった様々な武器が豊富に揃っている。
「うわぁ……。これ、全部武器屋なのか……」
「そうだよ! 鍛冶屋もあるみたいだけどね。とは言っても、ぼくも基本的に調合術師組合の拠点以外は、薬草を保管している保管庫と調合用に必要な器具を取り揃えているお店にしか行かないんだけど」
「じゃあ、フルラも初めてってことか。マリーさんは来たことあります?」
ラナは後ろにいるはずのマリーに、声を掛けたつもりだったが返事はない。ギースと取り込み中のマリーは二人の後をついて来ていなかったのだ。
「げ、マリーさん置いて来ちゃったかも」
「多分、まっすぐ進んでいたらギースさんたちもここに辿り着くと思うよ。変に動き回ったら見つけられないとだろうし、ここら辺のお店見て回ろうよ」
「そうだな! 武器屋巡りといきますか!」
マリーのことは心配だったが、せっかくフルラが連れて来てくれた初めての場所。ラナは気合を入れて武器屋巡りをすることにした。
「おっ!? そこの兄ちゃん、もしかして新入団員の英雄志願者様かい?」
ラナとフルラが楽しく会話をしながら武器屋を眺めて歩いていると、とある武器屋の店主が話しかけて来た。
「お、俺のことですか?」
「そうだ! 兄ちゃんのことだよ、黒髪の若い英雄志願者様!」
「どうして俺が新入団員の英雄志願者だって分かったんですか? もしかして、この間の模擬戦を観戦していたとか……」
英雄志願者様と呼ばれたことは結構嬉しかったのだが、新入団員だということが、模擬戦を観戦していたからだとしたら、フルラのいる前で話されるのは困る。そう思ったラナは、焦り過ぎて思わず自分から模擬戦の話題を振ってしまう。
「模擬戦? そんなもの見に行っているほど暇そうに見えるのかい? こう見えても鍛冶屋は毎日のように大忙しで武器を作り続けているんだからな」
「あ、すみません! そういうつもりで言ったわけじゃ……」
「冗談だ、冗談! こっちは英雄志願者様が増えてくれたおかげで商売繁盛しているわけよ。ちなみに、十字剣だけ持ってここへ来るのは大体、新入団員の英雄志願者様くらいだ」
「だから俺が新入団員だと」
「そういうこった」
英雄志願者たるもの敵を討ち滅ぼすための武器は、体の一部も同然。世界を真の平和へと導くために、英雄志願者として戦い続けることを誓った証として所持している十字剣は、誰もが装備することができる武器。
新入団員たちは基本的に英雄たる資質を開花していない。あるいは、実力が伴っていない者が多い。そのため、簡単な任務以外任されることがない。英雄志願者たちは、衣食住に困ることはないが、装備品などは自分の働きに応じた報酬をもらった上で、買い揃えているのが実状だ。
そういった事情もあり、初任給を得た新入団員たちの大半が次はもっと上の難易度の任務を任せてもらえるように意気込み、やる気を示すためなのか少しお高めの武器を買いに来ることが多い。大抵は、新入団員が立ち入ることのできないヘスペラウィークスではなく、王都サンクトゥス内にある武器屋で買うのが一般的だが、団長に気に入られるような新入団員は、漏れなくヘスペラウィークスへ行くための紹介状が手渡されて、武器や防具を新調してくるように言われる。武器屋の店主も、そういった類の新入団員が来たのだと思っていた。
「それはそうと、英雄志願者様はどんな武器を探しているんだい?」
「えっと、今日は武器を買いに来たというか、隣にいる調合術師さんの護衛任務でここに来ているんですよ」
「護衛任務!? そいつは悪いことをしちまったな」
「お気になさらないで下さい。少し時間があったので、武器屋が見たかったのもありますし」
「おっ! じゃあ、英雄志願者様が任務を終わった後で、武器を新調しに来るときがあるかもしれないから、参考までにどんな武器がお好みか聞いても良いかい?」
さすがは商売人。ただでは帰してくれないようだ。フルラともまだ色々話をしながら散策したいと思っていたラナは、好みの武器を伝えることにした。
「そうですねぇ。やっぱり、長剣が好きですね」
「その心は?」
「英雄を目指すなら長剣使いの英雄エルシドを超える長剣使いになる」
「なるほど! 英雄志願者様は余ほど長剣使いの英雄エルシド・ア・ドール様に憧れていらっしゃるみたいだな」
「そりゃあもう、カッコいいですから!」
ラナは昔からそうだ。英雄の話、特に長剣使いの英雄エルシド・ア・ドールの話をする時は、自然と笑顔になり、身振り手振りを加えて、それはもう嬉しそうにしている。フルラはそんなラナを見て懐かしそうに微笑みながら見ていた。
「そんなに憧れているってことは、エルシド様の使っていた長剣が二本あったって言うのは聞いたことあるかい?」
「二本!? エルシドって長剣一本で強敵を切り伏せ、終焉の日との激戦を戦い抜いたから世界最強の長剣使いじゃないんですか?!」
「もちろん、エルシド様は世界最強の長剣使いで間違いない。だけどな、長剣の扱いと剣術が秀でていたからっていうだけじゃないらしい」
「それってどういうことですか?! エルシドが長剣使いの英雄って言われた理由が他にあるんですか?!」
英雄に関して、特に憧れている長剣使いの英雄エルシド・ア・ドールに関して知らないことはないと自負しているくらいに、英雄に関することは絵本や古い文献などを読み漁っていたラナにとって、エルシドが二本の長剣を使っていたことは初耳だった。
絶対的な自信があっただけに、ラナは驚きと好奇心に我を忘れ、武器屋の店主に食いつきそうなくらいに興奮しながら訊いた。
「火の精霊が作り出したとされる“炎の剣ティソーナ”と神の手によって創造された悪しき闇を退ける力を持つ“鋼の剣コラーダ”を使い分けていた。その二振りの剣はエルシド以外には扱えない。神と精霊に愛され、天賦の才にも恵まれたエルシド様は、その唯一無二の存在として世界最強の長剣使いの英雄と呼ばれるようになった。それが俺たち鍛冶屋の間で、長年語り継がれているエルシド様と伝説の長剣二振りに関する話さ」
「炎の剣ティソーナと鋼の剣コラーダ……。エルシドしか扱えない伝説の長剣……」
自分の知らないエルシドの過去があった。長剣使いの英雄と呼ばれるようになった理由があった。その話を聞いたラナの興奮は最高潮に達していた。
「その様子だと知らなかったみたいだな」
「始めて聞きましたよ。その剣って今はないんですか?」
「聞いた話じゃあ、三度目の終焉の日を封印したときにエルシド様と一緒に消えてしまったっていう話もあるし、二振りの剣は今も世界を守る英雄が現れるまで眠っているっていう噂もあるし、伝説の代物だけあって色々な情報が錯綜しているわけさ。まあ、三〇〇年前の話だから、信憑性に欠ける話ばかりだな」
地獄の猟犬を討伐したあと、スフィアがラナに伝えるように言われていた通り、聖十字騎士団以外は四人の英雄であるマルスとミネルヴがこの時代に存在していることを知らないようだ。
彼らの存在を知っているラナは、その真相を知る手段がある。
――本当の話かどうかマルス様かミネルヴ様に会った時にでも訊いてみようかな。
そう内心考えていたラナだが、マルスとミネルヴは一団員が簡単に会えるほどの相手ではない。どういう巡り合わせなのか、何の肩書もないただの英雄に憧れる少年が、かつての英雄に出会い戦い方を教わり、聖十字騎士団に入団したおかげで、二人目の英雄に出会い言葉を交わすことができた。
普通なら、聖十字騎士にならない限り、彼らと会話することすらできない。ラナは如何に自分が普通ではあり得ないことをしているのか、全くと言って良いほど理解していなかった。
「いやぁ、本当に驚きました。まさか長剣使いの英雄が二本の長剣を使い分けていたなんて……。もしかして、他の武器に関しても結構詳しかったりしますか?」
「もちろんさ! これでも、この一等地で三十年近く鍛冶屋として武器を作って、武器屋を営んでいるからな。色々な武器の情報は毎日嫌になるほど入って来るってもんよ」
それを聞いたラナは、まだギースたちが近くに来ていないことを確認して、武器屋の店主にこっそりとある武器について聞くことにした。
「あの……、こういうのはあまり聞くべきではないと思うんですけど、女王の魔法杖っていう漆黒色の杖があるらしくて……、聞いたことありますか?」
前置きらしい前置きは一切なし。突然、魔女の使用する武器についての質問。しかも伝説級の代物である女王の魔法杖について聞いたことがあるのかと訊かれた武器屋の店主は、接客スマイルを忘れてしまい、顔を真っ青にしていた。





