64話 『意外な一面を知ることができました』
「それにしても、フルラから俺ともっと話がしたいって言うなんて意外だったなぁ」
「どうして?」
「だってさ、フルラって結構人見知り凄かったって言うか、仲良くないと自分の意見を言えるタイプじゃなかっただろう? それなのに今日会ったばかりの人にはっきり言っちゃうんだから驚いたよ」
ギースの顔は、昨日の時点で怪我人と調合術師という立場で見て知っていたフルラだったが、ギースの意識がない状態でのこと。面と向かって言葉を交わすのが、今日が初めてだという相手に対して、自分の意志をあそこまで明確に伝えたところをラナは今まで一度も見たことがなかった。
「ああ、そのことね。さすがにぼくも人見知りのままだと仕事ができないからね。怪我人や病人、色々な症状がある人がいるから、しっかりと症状を訊いた上で薬を調合しないと調合術師として一人前になれないよ」
「やっぱりフルラはすげぇな。半年しか違わないのにフルラはもうかなり先に行っている感じがする」
ラナは感心すると同時に納得していた。フルラは昔から性格は内向的で引っ込み思案なところはあったが、自分の将来のことや夢に関しては、一切妥協をしない。強い意志を持って努力を惜しまない。だから、自分の目標に向かって頑張っているフルラが逞しく成長していることは、それほど不思議なことではない。
「そんなことないよ。ラナ君も英雄志願者として聖十字騎士団に入団しているじゃないか。ぼくからしたらラナ君の方が凄いよ」
「ま、まあな! 何せ俺は偉大な長剣使いの英雄エルシド・ア・ドールみたいな長剣使いの英雄になるために生まれて来たからな。聖十字騎士団に入団できて当然さ!」
模擬戦の敗退によって、最下位のレッテルを貼られてしまったことが頭から離れない。あんなに小さい頃から、最強の長剣使いの英雄だと勝ち誇ったように叫び通して、我が物顔で「フルラも英雄志願者になるだろ?」なんて台詞を毎日のように言っていた自分が、いざ英雄志願者になったと思えば、外出禁止の掃除係。しかも、事情はどうあれ命令に背いてばかり。
何の問題もなさそうに堅実かつ着実に自分の選んだ道を進んでいるフルラが、羨ましくもあり妬ましくもあり、尊敬に値する親友だと思った。その反面、虚勢を張っている自分とフルラを比べてしまっていることに情けなさを感じずにはいられない。ラナは少しだけネガティブになっていた。
「そういえば、ラナ君ってずっと長剣使いの英雄エルシド様を目指している理由は、カッコいいからに決まっているだろ! って、言っていたけど、いつから英雄になりたいって思うようになったの?」
「話してなかったっけ?」
「うん。いつも英雄ごっこする時に「長剣使いの英雄はカッコいい。カッコいいから俺も英雄になる」って、そればっかりだったよ?」
英雄なると決めた以上、それ以外に語ることはない。どこで聞いたのか、幼いながらにそれが頭にあったラナは、自分が英雄になりたいと思う理由を話したことはなかった。
「フルラに話してなかったとは思わなかったなぁ……。ってか、誰にも話したことなかったかも! あははは!」
「それで、何がきっかけで英雄になろうって思ったの?」
「俺、小さい時から父さんと一緒に野菜とか売りに王都に来たことがあっただろ? その時によく絵本を買ってくれてさ。初めてに買ってもらった絵本が【長剣使いの英雄】っていうエルシドが主人公のやつで、その時の衝撃が凄くてずっとカッコいいなって思ったのが長剣使いの英雄に憧れた理由かな」
「じゃあ、それで英雄になろうって思ったんだね!」
「いや、憧れてはいたんだけど、本気で英雄になりたいって思ったのは、俺が一か月くらい行方不明になっていたところを盗賊から助けてくれた聖十字騎士団の人がきっかけかな」
「あの時、ラナ君を助けたのって聖十字騎士団の人だったんだ!」
「幼かった時だから、記憶は曖昧だけどね。盗賊を次々に倒していったその人が着ていた鎧に聖十字騎士団の紋章が入っていたのだけは覚えている。もしかしたら、結構美化されているかもしれないけど、俺を助けてくれたのは間違いなく聖十字騎士団の人だった。だから俺も、誰かを守れる英雄になりたいって決めたんだ」
嬉しそうに当時のことを思い出して熱く語った。フルラはその様子を見て、ようやく納得のいく理由を聞けたと笑顔を見せる。
「ラナ君なら絶対に英雄になれるよ。ぼくは信じているよ」
「き、急に改まって言われると照れるって!」
小恥ずかしいことを言われたラナは、「信じている」という言葉が妙に嬉しく感じた。模擬戦のときに下衆な男に手も足も出せずに敗北し、挽回するために気を取り直してグランバードにアピールしようとしたら空回りしてしまうし、踏んだり蹴ったりの状況が続いていたおかげで、聖十字騎士団に入団する前のやる気と自信を失いかけていたからだ。
アルカノ村の皆を救うことを考えて、ずっと行動してきたラナにとって、こうやって信じてくれている存在がいる。心を軽くするにはそれだけで充分だった。
「そういえば、俺もフルラが調合術師を目指していたなんて思わなかったけど、いつ目指し始めたんだ?」
「ぼくは英雄を志すラナ君が、いつもトラブルに巻き込まれたりして怪我をすることが多くて、危なっかしかったから、もし何かあった時に英雄になるラナ君のサポートがしたいと思って、調合術師になろうって決めたんだよ」
「俺のために……? フルラの人生だぞ!? もしかしたら、あと一年足らずで世界が滅ぶかもしれないのに、それで良いのか?!」
「良いも何も、ラナ君が世界を救って英雄になってくれるんだよね? ぼくはそれを信じているから調合術師としてサポートしたいって本気で思った。これがぼくの意志だから、良いに決まっているよ」
「フルラ……」
「ラナ君……」
互いの志すものに対する想い。そして親友同士の熱い友情を確かめ合った二人は、見つめ合う。
「なんか、あの二人だけ凄くキラキラしているのです……」
夢を追いかけるラナとそれをサポートしたいフルラ。二人の輝かしい友情を目にしたマリーは両手を胸の前に組んで、ときめいていた。
「ふふ……。マリーちゃん、ボクたちも見つめ合えばキラキラと輝きを――」
「輝けるわけがないのです!」
「ごはっ!」
気色悪いことを言われたマリーは全力でギースを引っ叩いた。
「ひ、酷い……。でも、そんなマリーちゃんも良いかも」
「いい加減にするのです!」
「ごふっ! ごはっ! はうん!」
変な性癖が覚醒してしまったギースに対して右、左、右とビンタを叩き込む。しかし、お気に入りのマリーにビンタされることはもはや快感。ギースがマゾヒストであるという不必要な情報を入手した。
「何をしているんだよ……」
「あはは。かなり元気が良いみたいだね」
顔が腫れ上がるほど往復ビンタを叩き込み続けるマリーと、それを嬉しそうに体をくねらせながら喜んで受け続けているギースを呆れ顔で見つめるラナとフルラ。
「そうだ。ラナ君、武器屋に行ってみない?」
「武器屋!? ここって武器屋があるのか?!」
「もちろんだよ。全ての物資が集められているからね。鍛冶屋もヘスペラウィークスに集中しているし、王都で売っている武器もここから出荷しているんだよ」
「すっげぇな! 王都に来たときゆっくり武器屋巡り出来なかったから、かなり見たかったんだよ! さすがフルラは俺のことよく分かっているねぇ」
「じゃあ、行くってことで決定だね!」
「っしゃあ! 武器屋! 武器屋!」
フルラの提案は女王の魔法杖を探しているラナにとっては好都合。魔法杖も武器であることに変わりはない。単純に武器を見たいという気持ちもあるが、珍しく目的は忘れずにいたラナはフルラと共に武器屋に向かって駆けていく。
「もう! 本当に次変なこと言ったら許さないのです!」
「あれ? もう終わっちゃうの?」
「だから、変なこと言わないでほしいのですぅぅ!」
マリーはラナたちが先に行ってしまったことに気づかないまま、聞くに堪えない言動をする変態キノコに今までで一番の力を込めてビンタを叩き込んだ。
「き、気持ちいいぃぃ!」
ギースは周囲の通行人がドン引きするほどの声を上げて昇天した。





