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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第7章 『罪木の森と漆黒の魔法杖』
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63話 『空気を読めない男はモテなかった』

 北門を抜け、城下町にあるメインストリートのような多くの店が立ち並ぶ大通りをしばらく歩いていくと、様々な組合(ギルド)の拠点があるヘスペラウィークスの中心地“デルムン”に辿り着いた。


 デルムンには多くの物資を保管するための保管庫が建設されていて、基本的には見渡す限り保管庫だらけだ。道沿いにも木箱が山積みされ、それが道を綺麗に区切ることで、各土地の境目としての役割も担っている。


「すげぇ! フルラってこんな凄いところで働いていたのかぁ!」


 ラナは無事に北門を通過できたことで、緊張感の欠片もない。


「もう、ラナ君は本当に新しいものを見ると興奮して小さな子供みたいにはしゃぐね」


「別にいいだろう? すげぇものはすげぇんだからさ!」


「それもそうだね。ぼくもここに初めて来たときは、驚いたよ。ここには何でも揃っているし、物資の量もアルカノ村とは大違いだったからね」


 アルカノ村を出て、それほど経っていないのにフルラと話していると妙に懐かしく感じて、少しホームシックになるラナ。辺りを見回して何か思い立つ。


「フルラってさ、調合術師組合(ミクスメイカーギルド)に戻るのって急ぎ?」


「今日はお休み貰っているから、特に急いでいるわけじゃないけど……。どこか行きたいところでもあるの?」


「行きたいところはないけど、っていうかどこに何があるか分からないからさ。フルラが良ければちょっと案内して欲しいなぁって思っているけど……ダメ?」


 もう少しだけ、親友のフルラと一緒にいたいと思ったラナは、相当のことがなければ嫌とは言えない性格のフルラにお願いをした。


「良いよ! ラナ君には色々と教えてもらってばかりだったからね。ぼくで良ければ案内するよ」


 当然のことながら、フルラは二つ返事で了承してくれた。


「ちょっと待った」


 二人の後ろをついて歩くギースは不機嫌そうだ。


「どうかしました?」


「どうかしました? じゃないよ。ボクは君が無事に護衛任務を完遂できるのかどうか見届けるために同行しているんだよ。遊ぶつもりなら、護衛としての任務を終えてからにしてもらえないかな?」


 任務中に遊ぶことはいけないこと。正論だ。しかし、このシチュエーションでは空気が読めていない発言。せっかく気分がのって来たのに、水を差すようなことを言わないでほしい。そんな気持ちを込めた視線をギースに向けたラナは、


「ギース先輩。少しくらい息抜きしましょう! せっかく何も気にしないで寮の外に出られたのに、さっさと任務を終わらせて帰ったらもったいないですよ」


「もったいないとかじゃなくて、これは任務。わかる?」


「わかっていますよ。ギース先輩は言いたい放題ですけど、本当はマリーさんに良いところ見せたいだけじゃないですか?」


 正論を言うたびに、ギースの隣を歩くマリーのことをチラチラと見ていたことに気づいたラナは、下心全開のギースにこれでもかと言わんばかりに訊いた。


「は、はあ? ボ、ボクがお乳……マリー・ブランカさんに良いところを見せようだなんて、言い掛かりも良いところだ! それより、ラナは約束守ってくれていないよね?」


 ギースは慌てて、ラナとフルラの間に割って入って来ると、歯切れの悪い口回しで迫って来た。


「約束? 何のことでしたっけ?」


「ボクにマリー・ブランカさんを紹介してくれるって言ったじゃないか! 約束を守れない男にとやかく言われたくないな!」


「あ、いや、確かに約束はしましたけど……」


 約束のことなどすっかり忘れていたラナは、今までのギースの言動を考えると、マリーのことを紹介して仲良くなれそうにないと言葉を詰まらせる。


「ほ~ら! やっぱりラナは約束を破る男だ! 先輩に対してそういうのは良くないと思うな! そうですよね? マリーちゃん」


 どさくさに紛れて、マリーに「ちゃん」付けをするギース。


 マリーがどういう反応をしているのか気になったラナが後ろを振り向くと、かなり嫌だったのか、自分の体を抱きしめて身震いしていた。


 ――そうなるよなぁ。俺がマリーさんでも絶対悪寒がして震えが止まらなくなりそう。

 想像しただけで悪寒がしたラナは、絶対にギースをマリーに近づけさせてはいけないと固く決意した。


「そ、そうだ! フルラさんを送り届けないといけない時間までは、別行動をとるのはどうなのです?」


「何? もしかして、ラナたちとは別行動して、ボクとマリーちゃんは、で、で、デートでもしようって話かな?」


 せっかくマリーがただの監視役であるギースと距離を置くために、提案したのに都合の良い解釈をしたギースは上機嫌になってしまい、紹介してもらえなかったことで溜まりに溜まっていた欲望が爆発して、マリーに一直線に向かって行く。


「絶対に嫌なのです! あなたとデートするくらいなら死んだ方がマシなのです!」


 変態顔で向かって来るギースに本気で拒絶反応を見せるマリー。嫌がり過ぎて半泣きしている。


 ――ったく、やっぱり任務とか関係なくマリーさんに夢中じゃねぇかよ!


 ギースの変態的に気色の悪い動きに迫られるマリーを見ていられない。ラナはギースの後ろから襟足を掴もうと手を伸ばす。


 ――ん? 冷たい?


 ギースの背中に手を伸ばした瞬間、冬の凍てつく寒さとは違う、何か別の冷たさを感じた。しかし、今はそれどころではない。


「嫌がっているじゃないですか! ちょっと落ち着いてください!」


 力いっぱいギースの襟足を掴むと、謎の冷たさはラナの腕をすり抜けるように消え去った。特に気に留めることでもない、本当に一瞬の出来事。


「あ、ごめん。つい興奮しちゃって」


「本当ですよ。マリーさん泣いちゃったじゃないですか」


 あれだけ取り乱していたギースがラナの制止を素直に聞き入れたことに驚いていると、目の前にいるギースを避けてラナへとまっしぐらに抱きつくマリー。


「ま、ま、マリーさん!?」


「怖かったのです……」


 ふんわりと柔らかい胸と女の子らしいむっちりとした腕に抱きしめられたラナの顔は、あっという間に真っ赤に染めあがり、オーバーヒート寸前。それを恨めしそうに見ているギースの冷たい視線がビシバシと伝わってくる。


「え、えーっと、マリーさん。もう大丈夫ですから、少し放してくれませんか?」


「ダメなのです! あと少しだけ!」


 ――ちょっと待ってぇぇ……。どうするの? どうしたら良いの、この状況? ここは男として泣いている女の子を抱きしめるべき? いや、でもそんなことしたら変態キノコが絶対に嫉妬して何するか分からないし……。どうしたら良いのぉぉ!?


 ご乱心のギースを止めに入ったはずのラナが逆にご乱心状態に。思考停止寸前のラナの脳内に声が響く。


『まったく君は本当に女の子に対して免疫がないわね。私の裸を見た時よりも動揺しているみたいだけど、それについてはどう説明してくれるのかしら?』


 なぜか怒った口調で話し掛けるスフィア。ご乱心していたラナは、その声を聞いた途端に我に返る。


『べ、別に動揺なんてしてないですから……。って、もしかして俺の心の声聞こえていたりして?』


『丸聞こえよ』


『んなぁぁああ!』


『ひとまず、冗談はこれくらいにして本題に入るわ』


『本題?』


『さっき、君とギースが話していたときにマリーと少しだけ話していたのだけど、北門を抜けた時にギースの背中に変な歪みが見えたのよ』


『歪みって、マリーさんの手が歪んで見えたみたいに?』


『そうよ。どういう訳か分からないけど、恐らく彼も――』


 と、スフィアが言い掛けた時、苦笑いをしながら様子を見ていたフルラが唐突に口を開く。


「あのギースさん、ぼくもラナ君と色々とお話がしたいので、少し寄り道しながら調合術師組合(ミクスメイカーギルド)に戻らせてください」


 頭を下げてまで頼み込むフルラを見たギースは、どうしてもマリーにカッコいいところを見せたいのか。


「君がそう言うのであれば、仕方ないね。ここはボクが責任を持とうじゃないか」


 と、性懲りもなくマリーをチラチラと見ながら言った。


「ありがとうございます!」


 フルラは嬉しそうに礼を言うと、ラナに向かって「良かったね」と微笑みかけた。


「そういう訳だから、ラナはフルラさんと一緒にお話を楽しんで! ボクとマリーちゃんも後ろからついて行くからさ!」


「ラナ君と一緒が良いのですぅ!」


 結局、スフィアが何を言おうとしたのか分からないまま、抱きついていたマリーを無理矢理引き剥がされてしまった。何が言いたかったのか、ラナは悶々としながらフルラの隣に戻ると、楽しそうに笑うフルラに連れられて、ヘスペラウィークスの中心地“デルムン”を散策することになった。

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