61話 『なぜか、護衛任務のメンバーが増えていました』
初級調合術師フルラの護衛任務が無事に受理されたラナは、フルラと共に王都サンクトゥス西門前に来ていた。
雲一つない晴天の下、お昼前ということもあってか王都サンクトゥスは相変わらず多くの人々で賑わっている。いつもと少し違うところは、女性陣のギャラリーが大好物な英雄志願者を一目見ようと任務の邪魔にならない程度に周囲を取り囲み、黄色い声援を送っていることぐらいだ。
西側は緑を基調としている建物が多いこともあり、西門も鮮やかな緑色に着色されている。普段のラナならここで「すげぇ! めちゃくちゃ緑色なんだなぁ」と、見たままの感想を口に出しているところなのだが、口を紡ぎ、目を細め、自分の左隣に並ぶ二つの顔を沈黙したままじっと眺めていた。
――フルラが護衛任務を頼んだのって俺だけだろ? なんでこの面子で行かないといけないんだよ。
と、不満を言いたくなるほど、ラナにとってかなり想定外なことが幾つかあった。それは、護衛任務に引率者として先輩であるギースを連れて行くようにとグランバードに命じられたこと。そして、護衛補佐としてマリーまで同行することになったことだ。
正直、この状況は想定外だった。単純に護衛任務を行いながら、少しでも多くの女王の魔法杖に関する情報を入手しようと考えていただけに、そのことに関しては、何一つ協力してくれるとは思えないギースの存在はかなり邪魔だった。その一方で、
――なんで、あのお乳……じゃなくて、マリー・ブランカがここに?
ギースにとってもこの状況はあまり良いとは言えなかった。ラナが不審な行動をとらないか、魔女との接触はないのか。あるいは、契約している魔族が本当に魔女なのかどうか。徹底的に調べ上げて、場合によってはラナの暗殺も考えていたからだ。
グランバードからは、ラナに手出しはせずに情報だけ持ち帰るように指示を受けていたのだが、魔女が人間に及ぼす危険性を考えると黙って指示に従うことは出来ない。マリーが同行することは、個人的には嬉しいと思っていたが、任務遂行するためには邪魔でしかない。
――どうして、変態キノコさんも一緒に行くのです?
スフィアとの女子会を楽しみ、初めて交わした約束を果たすために、絶対に力になるのだと早朝から護衛補佐役にしてほしいと、第一騎士寮の寮長ルミナに懇願した。その甲斐あって、護衛任務に同行することができたのに、変態キノコ――ギースも同行するなんて、邪魔以外の何ものでもない。しかも、ただでさえギースに対して良い印象を抱いていなかったマリーは、ギースに対して不快感を抱くようになっていた。単純にマリーのことを見る目と動きに気持ち悪さが出ているというのが原因でもある。
――はぁ。本当に大事な時に限ってこうなるのね……。面倒なことにならなければいいのだけど……。
当初の予定では、ラナがフルラを調合術師組合に送り届ける間に、マリーに別行動させつつ、スフィアも単独でヘスペラウィークス内を散策しながら可能な限り多くの情報を収集するつもりでいた。
しかし、ギースが加わったことで、スフィアの考えていた計画が破綻しまった。ギースの目がある限り、別行動は明らかに不自然だからだ。どうにかして、女王の魔法杖を探すための手段を見つけなければ、ただフルラを護衛して終わってしまう。スフィアは頭を悩ませた。
「あの……。今日は初級調合術師であるぼくのために、三人も護衛について下さりありがとうございます。多分、ぼくなんかを襲う人なんていないと思いますけど、よろしくお願いします」
やたら険しい顔をして黙り込んでいる三人を見かねたフルラは、挨拶も兼ねて場を和ませようと声を掛けた。
「おう! 任せとけ! 俺がいれば問題ないさ!」
フルラの護衛は自分一人で充分だという気持ちを込めて、フルラに言うと視線をギースに向けて「どうして来たんですか?」と目配せした。
「ラナだけだと心配だから、グランバード寮長はボクにも同行させるって言っていただろう?」
朝の集会時にラナが護衛の任務でヘスペラウィークスに行くと、グランバードに報告したのだが、その際にグランバードが直々に「貴様は最下位だというのに、護衛に指名してくる変わり者がいたようだな。貴様だけではまた醜態を晒すかもしれん。そこでだ、昨日の罰としてギースには最下位がしっかりと護衛の任務を完遂できるように同行してもらう」と、ギースが同行する理由まで分かり易く教えてくれていた。
「私がついているのです! あなたが同行しなくても大丈夫なので安心して帰っても良いのです!」
――あぁ……。お乳……マリーちゃんが話しかけてくれたぁ……。
マリーの大きな胸にしか興味がないせいか、一緒に来てほしくないと誰が聞いても分かるように言っているのに、にやにやと胸ばかり見ているギース。それに気づいたマリーは、
「ちょ、ちょっと! どこを見ているのです?!」
と、変態キノコに対して嫌悪感全開で言うと、スフィアが隠れている谷間を覆い隠すようにはち切れそうな軍服のぼたんを無理矢理閉じて、見えないようにした。
――く、苦しい……。
ただでさえ息苦しいのに、軍服のぼたんを閉じたせいで、余計に呼吸がしづらくなってしまった。スフィアは何とか呼吸できるように手足を突っ張って、スペースを確保する。
「い、いや、ボクは別にお乳なんて見てないですよ!」
「やっぱり見ていたのです!?」
「あ……」
胸に集中するあまりに思わず口を滑らせてしまったギースに対して、赤面しながらお怒りのマリー。普通ならギースも英雄志願者としてチヤホヤされてもおかしくないのだが、その異常なまでにいやらしい目つきと、気色悪い動きのせいでさすがに女性陣からも敬遠されている。そのため、女性に対して飢えに飢えているギースのマリーに対する執着心は、常軌を逸していた。
「ギース先輩、護衛任務なのでやる気がないなら帰ってもらっても良いですよ」
どうにかして帰ってもらえないかと考えていたラナにとって、今の発言は変態キノコからマリーを守るというよりも、本気で帰ってほしいという意思の表れ。それに呼応するようにマリーも大きく頷いて、ギースに帰ってほしいと訴えた。
「そんな悲しいこと言うなって。俺の任務はラナが無事に護衛の任務を完遂できるか見届けるだけだから、ラナが頑張ってくれれば良いってこと」
――やっぱり、何か都合の悪いことでもあるのか? あの猫を預かっているのがお乳……マリー・ブランカだとしたら、この二人も結託しているのか? だとしたら、二人でボクを追い払おうとしているのも頷ける。
隠密部隊長を任されるだけあって、ギースは頭がキレる。
が、ラナの行動すべてを疑いの目で見ている分、すべての行動が怪しく見えてしまっているのもまた事実。憶測の域を脱しない状態で、問いただすわけにもいかないと、ギースは正論でその場をやり過ごす。
――本当に邪魔。どうにかして、ギース先輩から離れないと迂闊に女王の魔法杖の情報を得られないよなぁ……。
ラナはラナで、ギースのことを信用していなかったこともあり、魔女に関する物を探していると知られて告げ口をされることを恐れていた。生まれてから今まで、幾多のトラブルに見舞われ続けているからこそ身についた能力。これはもう、小動物が兼ね備えている危機察知能力というべきだろう。
「あ、あの……。何か色々事情があるみたいですけど、そろそろ行かないと後ろが詰まっていますよ?」
フルラは後ろを指さして申し訳なさそうに言った。検問が厳しいとは言っても、物資の供給や調合薬の調達などで数多くの人たちが出入りしている。後方を見ると、周囲を取り囲んでいたはずの女性陣はいなくなっている。その代わりに、彼女たちと入れ替わるような形で、ヘスペラウィークスに用事がある人々が長蛇の列をなしていた。
「早くしてくれよ」「もう話は終わった?」「さっさと行けよ」
痺れを切らせた人々は、怒りを露にして四人に怒りの矛先を向けている。これ以上、この場で揉めていたら袋叩きにあってしまいそうな雰囲気だ。殺気すら感じる人々を前にして、さすがに恐れをなした三人は、
「「「すみませんでした!!」」」
と慌てて謝り、足早に検問所前に立っている一般兵の下へと駆けて行った。
「まったく、君たちは何をしているんだ。早く許可書か紹介状、もしくは依頼書を提示してくれ」
西門には見張り役の英雄志願者が四人と検問担当の一般兵が二人。楽をしながら適当に仕事をしたいと考えていた彼らにとっては、後続を足止めしていたラナたちは迷惑以外の何ものでもない。
「す、すみません。えっと、第二騎士寮所属ラナ・クロイツ。今日は初級調合術師の護衛任務で調合術師組合の拠点まで同行します」
「第一騎士寮所属マリー・ブランカ。同じく護衛任務で同行いたします」
「第二騎士寮所属ギース・フリラ。新人団員が任務完遂を見届けるため、グランバード団長の命により護衛任務に同行する」
ラナとマリーは、それぞれが発行してもらった依頼書を提出し、ギースはグランバードから受け取った紹介状を手渡した。
「ラナ・クロイツ……。マリー・ブランカ……。ギース・フリラ……。確かにこちらに報告があった英雄志願者様ですね。では、そこの聖水幕を潜ってヘスペラウィークスにお入りください」
四人は一般兵に誘導されるまま、聖水が霧状に降り注ぐ西門入り口へと通された。フルラ、ラナと順番よく聖水幕を潜り抜ける。そして、マリーが潜り抜けようとした時、
「そこの女! 止まりなさい!」
西門を通り抜けたところで待ち受けていた見張りの一人が、マリーに十字剣を向けて制止した。
「え? え? 私なのです?!」
谷間にスフィアを忍ばせていたマリーは、気づかれてしまったのかと慌てて胸を抑えた。しかし、逆にそれは「怪しいところはそこです」と、言っているようなもの。
「やはり怪しいな。その胸元にあるものを調べさせてもらう」
万事休す。せっかくマリーが機転を利かせてギースに胸を見られないようにするふりをして、聖水を浴びないように無理に団服のぼたんを閉じていたのに、ここでスフィアがいることが分かれば、強制的に聖水幕を浴びせられてしまう。
そうなれば、化猫変換を使用しているスフィアは魔女の姿に戻ってしまい、女王の魔法杖を探すどころの話ではなくなる。
顔を見合わせて焦るマリーとラナの手には、じんわりと妙な汗が滲む。見張りの一般兵は、マリーの胸元に手を伸ばす。ラナとマリー、そしてスフィアは心臓のバクバクとした大きな鼓動を感じていた。





