59話 『マリーとスフィア様が女子会を開いていました -1-』
ギースがグランバードから新たな任務を与えられた数時間後。日付が変わる前。男子禁制の秘密の花園、第一騎士寮にあるマリー・ブランカの部屋にて、スフィアとマリーがささやかな女子会を開いていた。
「ねえねえ! スフィアちゃんって、ラナ君とはどうやって出会ったのです?」
赤毛の野兎のサラサラとした肌触りの毛並みと、野兎の毛皮特有の防寒性の高さ、そして鮮やかな赤色が印象的な寝間着を着たマリーが目をキラキラと輝かせ、興味津々といった様子でスフィアに問い掛けた。
マリーが着用しているものと同じ種類の寝間着の色違い。白毛の野兎の毛皮を加工した純白の寝間着を無理矢理に着せられたスフィアは、小さな花柄を散りばめた白地のティーカップに入れられている少し薄味の紅茶を口に運ぶ。
本来であれば、あまり自分のことについて必要以上に話す予定はなかった。しかし、「私もスフィアちゃんたちに協力したいから、お互いのこと色々お話しするのです!」と、一人で勝手に盛り上がっていたマリーに繰り返し質問をされ続けた結果、根負けしたスフィアは気乗りしないまま話す流れになっていた。
再び、紅茶を口に含みながら考え直す。
――これ以上は、彼女を危険な目に遭わせる可能性もあるし、万が一ということも考えられる……。やっぱり私についてはあまり話さない方が良いわよね。
やはり話すべきではないと思いとどまり、黙秘を貫こうとした。だが、マリーの純粋無垢で真っ直ぐな眼差しは、スフィアが良く知る単純バカな男と被る。この目をされては、簡単に逃れることは出来そうにもない。魔女に対して偏見を持たず、普通に接してくれる数少ない相手でもあると思い直し、マリーを巻き込まない程度に話をすることに決めた。
「……魔導契約書。それを送って来たことが切っ掛けで、ラナを英雄にするために遠路はるばるアルカノ村に向かったの」
「じゃあ、そこでラナ君と会ったのです?」
「そうよ」
「ということは、初めからラナ君と契約することを決めいていたのです?!」
興奮気味に二人の馴れ初め、契約を結び共に歩み始めたときのことを聞きたいと体を疼かせながら、前のめりで質問を繰り返すマリー。高貴な存在である魔女の一族として生まれたスフィアは、気軽にこんな話をする機会がなかったこともあり、少し戸惑っていた。
というのも、スフィアは友達らしい友達ができたことはないし、話し相手といえば十二人いる姉たちとスフィアの住んでいた屋敷に従事していた召使いだけ。高貴な存在故、気軽に話し掛けられることもない。
そんなスフィアにとって、気兼ねなく話し掛けて来るマリーという存在は、生まれて初めて気軽に話すことができそうな同性の相手。何も気にせずに話せる契約者であり、異性であるラナとはまた違う。
スフィアは、どこか心地よさを感じる雰囲気に少しずつマリーに気を許していった。
「いいえ。ラナと契約をする前に何人かの人間と契約を結ぼうとしたわ。魔女宛に送られてきた魔導契約書は複数あったけど、体内にある魔力の枯渇化が進んで、多くの魔女が命を落としていた。それに魔女である私と契約してくれるような相手か、分からないっていうのもあったから、保険っていう訳じゃないけど複数の魔導契約書を持って色々な人間に会っていたのよ。それで最後に会ったのがラナだったの。あの時、契約することができなかったら、私も他の魔女たちと同じように魔力が枯渇して命を落としていたわ」
ラナと会う前、スフィアは五人の契約候補者と会っていた。五人全員が魔女だとは知らずに魔族と契約を結びたいがために、手当たり次第に魔導契約書を送っていた。すべては力を手に入れて、英雄志願者としての地位と名誉を獲得するため。生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていたスフィアたち魔族とは、契約する重みが違っていた。
男たちは全員、魔女だと知った瞬間、殺そうと襲い掛かかってきた。結局、スフィアは誰一人として契約を結ぶことはなかった。
魔女が人間に忌み嫌われていることをスフィアが知ったのは、丁度その頃だ。そして、最後の一人であるラナと出会い、契約を結び今に至る。
「魔力が枯渇してって……、もしかしてスフィアちゃんのご家族も……あ、ごめんなさい。それは聞くべきではないのです」
「構わないわ。魔女の一族は、他の魔族よりも多くの魔力を有しているから、普通よりも魔力が枯渇する速度は遅いから、被害はそれほど多くはなかったわ。特に私たちの家族、セーラム家の魔力は通常の五倍近い魔力があるから、無駄に魔力を消費しなければすぐ死ぬようなことはなかった。だから、私の家族は生きていると思う」
「思うって……」
「ええ、安否は確認できていないわ」
「そんな……」
「気にしなくて良いわ。生きていても死んでいても、いい結果には繋がらないから」
女王の座を奪い合う過酷な状況に置かれているスフィアにとって、十二人の姉たちが生きていることは家族としてはとても喜ばしいことだが、その分だけ争わなければならない相手が増えてしまうということでもある。無事に生き延びていてほしいという願いと、争うくらいなら魔力の枯渇化で命を落としていてほしいと願う気持ちがスフィアの心を締め付けていた。
「スフィアちゃん……」
悲し気な表情を浮かべながら、作り笑いをするスフィアを見たマリーは調子にのって踏み込んではいけないことを話させてしまったと、心底後悔し、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「何て顔をしているのよ。あなたが気に病むことは何一つないわ。魔力の枯渇化は人間の身勝手が招いたことかもしれないけれど、それはあなたがしたことではないのだから」
「でも……」
違う世界に生まれ育った相手。こんな世界にした元凶である人間と同種の相手に同情される。本当なら、腸が煮えくり返ってしまうところなのだろうが、自分のことのように心を痛めるマリーを見ていると、人間も捨てたものじゃないとスフィアは思うことができた。それもこれも、ラナという存在に出会ったことが大きく影響しているかも知れない。
「ねえ、マリー。私はね、今も人間が嫌いだし憎らしいと思っているの。本当は人間と契約するくらいなら死んだ方がマシだとも思っていたこともあったわ」
「どうしてなのです? 私はスフィアちゃんが魔女の姿になって横で眠っていたとき、すごく驚いたけど可愛くて綺麗だなって思ったのです」
嘘偽りのない本心。マリーは素直な気持ちを伝えた。
「それはあなたが魔女を毛嫌いするような人間と話したことがないからよ。もし、私と会う前に魔女に対して良い印象を抱かないような話を聞いていたら、あなただって私たち魔女のことを嫌っていたはず」
ラナやマリーに心を開き始めていたが、今まで散々、出会った人々に殺されかけ、追い回され、酷い仕打ちを受けて来たスフィアは未だに多くの人間に対して、敵対意識を持っていた。だからこそ、マリーの言葉に嘘はないと思いながらも、「もしマリーが他の人間と同じように魔女を忌み嫌っていたら?」と考えてしまい、卑屈になっていた。
すると、マリーは目に涙をいっぱい溜めてスフィアを抱きしめた。
「ま、マリー!?」
「そんなことない……。私はちゃんと自分の目で見て判断するのです。スフィアちゃんも私たち人間を信じてほしいのです。私やラナ君みたいに、ちゃんとスフィアちゃんのことを分かってあげられる人間もいるのです。だから、そんな悲しいこと言わないで……」
力いっぱい抱きしめてくれたマリーに少し救われたような気がしたスフィアは、「ありがとう」と、そっと腕を回して抱きしめ返した。
「ごめんなさい。私はラナを信じているし、マリーのことも信じられると思ったわ。だけどね、私にはどうしても人間を許せないことが一つだけあるの……。まだラナにも話したことないけど、聞いてくれる?」
悲しみからなのか、それとも憎しみからなのか。体を震わせながらそう言ったスフィアをもう一度力強く抱きしめたマリーは、
「私で良ければ、聞かせてほしいのです」
と、優しく答えた。





