5話 『初めての共同作業をしました』
「私と契約した気分はどうかしら?」
「まあまあかな……」
――そんなわけあるか! 気分は最悪に決まってるだろ!
熊が現れたと思えば、魔女にバカにされ、突然現れた本物の熊に追いかけられたかと思えば、魂を結ぶ契約をしなければならない状況に追い込まれ、挙句の果てには憧れの英雄の一人が三つの世界を一つにしたとか言い出すし、この僅かな時間に色々な事が連続で起きたのだから気分が良いはずがない。
その事は、あえて言わずに堪えた。言い出したらキリがないと思ったからだ。しかし、スフィアは全てを見透かしたように、
「……色々言いたいことがあるみたいだけど、今はその最悪な気分に付き合っている暇はないわ」
と返してきた。
「んなっ!? お前、もしかして俺の心を読んだのか!?」
「結魂契約は、互いのすべてを共有するための最上級契約魔法。君の心を読むことくらい出来て当たり前よ。まあ、まだ契約したばかりだから集中してやっと気持ちを読み取れる程度やっとというところね」
「それってプライバシーもクソもないじゃねぇか」
「今はそんな事よりも魔女狩人が来る前に態勢を立て直しましょう。この数を相手にするのはさすがに分が悪いわ」
よくよく周りを見てみると、2~30匹くらいしかいなかったはずの熊たちの数が100体、いや、それ以上に増えていた。
「確かに……。これはさっさと逃げた方が良さそうだな」
契約すれば状況が良くなるはずだったのに、契約に気を取られて周囲の警戒を怠った結果がこれだ。ますます状況が悪化して、袋のネズミどころの話ではない。
完全に後手に回ってしまったことで、余裕がなくなっているラナに対してスフィアは涼しい顔をして冷静に考えていた。如何に効率的な方法でこの状況を打開するかどうかを。
「多分、このまま逃げても無駄かも知れないわ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「君の中にも私の魔法の知識が共有されていると思うから、意識を集中させて私と同じことを考えて」
「同じこと?」
「奴らの注意を逸らすことだけを考えるの。そうすれば、長たらしい詠唱を破棄して魔法を発動できるわ」
「俺も魔法が使えるってことなのか!?」
「そうよ。正確には君に分け与えた私の魔力と魔法に関する知識を使って、様々な魔法を発動し、具現化する。ちなみに、同じ魔法を発動させることでより強力な魔法を放つ事が出来るわ」
――ダメだ。全然何を言っているのか分からない。
と、契約する前のラナだったら言っていただろう。
だが今回は違う。契約したことで、魔法以外にも魔女や魔界についての知識も多少なりとも自分のものとしていた。
「理解したぜ」
と、スフィアの目をじっと見つめながら熊たちの注意を逸らすための魔法を契約で得た魔法の知識を探りながら思い浮かべた。
脳内を巡っていた全く知らないはずの文字の羅列が面白いくらいに読み解かれ、最善と思われる魔法を導き出した。
「これかな?」
「どの魔法を使うのか伝わったみたいね」
「おう!」
「じゃあ、魔法を発動するわ。タイミングはしっかり合わせなさいよ?」
「ああ、任せろ」
魔法という得体の知れない力を使うことに不思議と違和感はなく、まるで呼吸をするように日常的に行う動作の如く口を開く。
二人は大きく息を吸い込み、互いの意志を共有した同じ魔法を発動させる。
「神雷の光!」
「炎神の爆撃!」
スフィアは杖の先端から光の玉を放ち、ラナの魔法はスフィアの杖を伝い、その光の玉を包み込むと上空高く舞い上がった。
ヒュルルルルルルルル…………ドンッッッ!!
二人は同じ魔法を放つ予定だったのだが、光属性魔法と炎属性魔法、放たれた異なる属性の魔法は融合魔法となって大きな音と共に破裂した。キラキラと火花を散らし、それはもう奇麗な光の花を咲かせた。
まるで新たに結ばれた二人を祝福するように。
「どうして花火を打ち上げているのよ!? 普通に考えて逃げるなら目眩ましのはずでしょう? というか、何で私と同じ考えじゃないのよ!?」
「知るか! あんたの普通とか分からないから! それにどの魔法を使うか教えた方が早いだろ!」
「口で言ったら意味がないのよ。魔法の強さは絆の強さ。互いの心と心の結びつきが強くないとダメ。初めてだから、どのくらい結びつきが強いか試してみたのだけど、全然ダメね」
「それって、今試す必要あったのか?」
「うるさいわね。それよりも、あれだけ大きな音を出したらここに私たちが居るって教えているようなものじゃないの。少しは考えてから魔法を選びなさいよ。これだから非力で無能な人間は――」
確かに安易に魔法を発動させたことは悪いとは思う。というより、心の結びつきがどうとか、そういった説明を先にしてくれたらこんな失敗はしなかったのではないだろうか。と、全部が全部自分に非ある訳ではないと言いたいところだ。
ともあれ、初めての共同作業は失敗。
本当にこの場から無事に逃げる事が出来るのかと暗雲立ち込め始めた現状に不安しかない。そんなことを考えながらガミガミと説教するスフィアをスルーしていたのだが、
ゴゴゴゴゴ!
と、少し遠くの方から地鳴りのような音が聞こえ始めた。
「あのスフィア・セーラムさん」
「何よ? 私は怒っているのだけど!」
「説教しているとこ悪いけど……、なんかやばくない?」
「やばいわよ。これは今後に影響する重大な問題ね。このままだと君のバカな失敗のせいで私の命まで危ないわ」
「いや、俺の失敗の事じゃなくて、このゴゴゴゴっていう地鳴りみたいな音」
「音?」
説教に夢中だったスフィアは、ラナに言われてようやく音に気付いた。
「何よこの音。どんどん近づいているような気がするのだけど」
「やっぱり?」
みしみしと木々をなぎ倒している音まで聞こえてくると、音が一層大きくなって物凄い勢いで迫ってきているのが分かった。
「これってもしかして……」
「もしかするかも……」
二人は恐る恐る山頂の方を見上げた。
「「雪崩!?」」
先ほどまで全く息の合わなかった二人が声を揃えて驚いた。
降り積もった雪が、大きな音と共に破裂した花火の影響で雪崩を引き起こしていたのだ。
「君が爆撃魔法なんか使うからこんなことになったのよ!」
「ごめんってば! というか、今は怒っている場合じゃないっしょ!!」
目前に迫り来る雪崩は待ってはくれない。
少しずつ魂が同調し始めた二人が雪崩を回避するために思いついた方法は一つ。
「「空を飛んで逃げる!! 浮遊魔法ウェントス!!」」
完璧に息の合った浮遊魔法は、あっという間に二人の体を急上昇させ、雪崩に飲まれる寸前のところで間一髪回避する事が出来た。一方、周囲を取り囲んでいた熊たちは雪崩に飲まれ勢いよく流されてしまった。
「ふう。まさに間一髪だったな」
上空から見下ろす景色は、多くの木々がなぎ倒されて真っ白いキャンバスのような雪景色が広がっていた。
「助かったのは良いけれど、恐らく魔女狩人には居場所を知られた可能性が高いわ」
「まあ、これだけ地形が変わったらな。どうする? このまま王都まで飛んで行くか?」
「それは逆に目立つ。少し場所を移動して山道を行きましょう」
「せっかく空飛べるのにまた山道歩くのかよ……」
不本意ながらも手に入れた魔法という便利な力を使いたかったラナは、心底歩くのが面倒くさいと思った。
「あら、でっかい花火を打ち上げて大失敗した脳内お祭り男さんが何を言っているのかしら?」
超絶お怒りモード全開のスフィアは、杖を力強く握りしめ、今にも殴り掛かりそうにしている。
「ごめん! ごめん! ちゃんとあんたの言う事聞くから!」
怒りを鎮めようと世にも珍しい空中土下座をして、何度も何度も頭を下げた。
「そう。私の言う事を聞くのね」
「ああ! なんでも言う事聞くから許してくれ!」
それを聞いたスフィアはニヤリと笑って杖を背に納めた。
「それじゃあ、私の事はスフィア様と呼びなさい」
「は?! なんで様付けしないといけないんだよ!?」
「当たり前でしょう。私は君たち人間よりも力がある高貴な存在なのよ。それに君は私の言うことは何でも聞いてくれるのでしょう?」
背に納めた杖に手を掛けながら、目が全然笑っていない不吉な笑顔で微笑みかけている。
「そ、それは……」
笑っていない目からは殺意しか感じない。これはもうスフィアの言うことには逆らわずに従う以外の選択肢は無さそうだ。
「わかった! わかりました! スフィア様の言う事には必ず従います!」
「分かれば良いのよ」
杖に掛けた手を放すと、満足したように言った。
――なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだよ……。
無事に結魂契約を終え、何とか熊の包囲から逃れることが出来たまでは良かったが、早速スフィアの尻に敷かれてしまった。ただ、巻き込まれただけなのに酷い仕打ちだ。
そんな二人の主従関係が成立した頃、スフィアを追う魔女狩人の影が近くまで迫っていた。