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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第6章 『秘密の花園と初級調合術師』
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58話 『秘密の話をしていました』

 第二騎士寮にあるグランバードの部屋とは別に寮長室が設けられている。そこは普段、グランバードと副寮長のアルフレッドが話し合いの場として使用している。今日はそこへギースが呼び出され、一対一の大事な話が行われていた。


「怪我の具合は、本当に問題ないのか?」


 焦げ茶色の木製の椅子に腰かけているグランバードは、両手の指を軽く絡ませ、椅子と同じ材質の机に肘をついた姿勢で心配そうに訊いた。


「はい。調合術師(ミクスメイカー)の調合した薬のおかげで痛みも残っていません」


 机を挟むような形でグランバードの前に綺麗な直立姿勢で立つギースは、怪我の影響がまったくないことを伝えた。


「そうか。相変わらず、万能薬(エリクシル)の効果は良いらしいな。だが、あまり重傷を負わないようにしろ」


「何かあったのですか?」


 グランバードのいつになく深刻な表情を見たギースは、自分の身を案じて言っているのではなく、何かしらの問題が浮上しているのだと察した。


「ここ最近、万能薬草(コンフリーフ)が不足し始めている。それも急激に」


 この世界が魔界と融合し始めた時から、王都サンクトゥス周辺に魔界特有の薬草が少しずつ育つようになった。それが万能薬草(コンフリーフ)


 この薬草のおかげで、調合できる薬の種類が大幅に増え、二〇〇年もの歳月と調合術師(ミクスメイカー)(たゆ)まぬ努力の結果、全ての怪我や病気に絶対的な効果を発揮する万能薬(エリクシル)の調合に成功した。それは同時に、人々の病気に対する恐怖をなくし、平均寿命を飛躍的に伸ばす結果となった。


 しかし、終焉の日(ラグナロク)の復活が残り一年を切った頃から万能薬草(コンフリーフ)の育ちが悪くなり、万能薬(エリクシル)を作るために必要な量を採取することが困難になり始めていた。


「それは、かなり不味い状況なのでは?」


「ああ、本来であれば終焉の日(ラグナロク)との戦いに備えて、多くの万能薬(エリクシル)を残して置きたいところだが、病気や怪我がなくなるわけではないからな。万能薬草(コンフリーフ)の減少に伴い、調合貯めをしていた万能薬(エリクシル)の数が少なくなってきているらしい。終焉の日(ラグナロク)との戦いを考えても我々、聖十字騎士団は可能な限り負傷しないように心掛けなければならない。多少の傷であれば、回復速度は遅いが他の薬で対応できるからな」


「承知致しました。より一層身を引き締めて任務に臨みます」


 ギースは、軽く頭を下げた。


「それで、例の件はどうなっている?」


 グランバードは、さらに深刻になった顔と、より重たい口調でギースに訊いた。


「はい。順調に進めています。今日はそのお話をするおつもりでボクを呼び出したのではないですか?」


「そうだ。早速だが、今ある情報すべてを教えてもらおうか」


「ご報告致します。彼はアルカノ村出身で、母親は物心ついたころに原因不明の不治の病に侵され亡くなっており、その後は父親と二人暮らしだったようです。ちなみに現在父親の行方が分からなくなっています」


 ギースはグランバードの指示で集めていたラナに関する情報を報告し始めた。一旦、この時点で何か質問がないかとグランバードの顔を覗う。


「続けろ」


「はい。その後、十五歳になった彼は英雄志願者として聖十字騎士団に入団するため、王都サンクトゥスへ。北門の見張り役の隊員の話によれば、ここ二週間で命の宿る山脈(ウィータモンス)からやって来たのは、黒いローブを身に纏った小柄な人物と生成り色の防寒具を着ていた人物からなる二人組だけだったようです。恐らく、彼の可能性が高いと思われます」


「なるほど、ここへは同伴者と一緒に来ていたということか」


「そのようです。それからは、グランバード様もご存じのように、白銀の猫と行動を共にしております。黒いローブの人物はそれ以降、目撃情報がありません」


「つまり、黒いローブの人物が魔女であり、白銀の猫に化けている可能性が高いということか」


「魔女ですか。やはり、グランバード寮長はラナが契約している白銀の猫が魔女だとお考えなのですか?」


 グランバードは、聖域内に侵入した白銀の猫を目撃してからは「あの猫は絶対に魔女と関係している」と、疑い続け色々とギースに調べさせていた。そして模擬戦以降、白銀の猫以外にもう一つの不安要素があると感じ始めていた。


「それもあるが、ラナ・クロイツに対しても少しだけ気になることがある」


「気になることですか?」


「ああ、ラナ・クロイツは既に英雄たる資質を目覚めさせている。それも地獄の猟犬(ヘルハウンド)と対等以上に戦えるほどの力だ」


地獄の猟犬(ヘルハウンド)!? あのラナが任務難易度AA以上の魔獣と対等以上に戦えるというのですか?!」


「信じ難いだろうが、これはマルス様から聞いた確かな情報だ。俺も最初は信じられなかったが、戦闘の形跡からして間違いないだろう」


「本当に間違いないのですか? 模擬戦であれだけ醜態を晒したラナが、それほどの力を持っているとは思えません」


 ギースには、とても信じられるようなことではなかった。恐らく、模擬戦を観戦していた誰もが信じられないことだろう。ラナが英雄たる資質に目覚めている上に任務難易度AA以上と対等以上に戦える。つまり、団長クラスの強さ、聖十字騎士(クレストナイト)の力に匹敵するほどの力に迫る実力があるということになる。


 あんな無様で、戦闘において素人同然の戦いぶりだったラナにそんな力があるとは、到底考えられないことだった。しかし、グランバードの表情は真剣そのものだ。


「俺の目が信じられないか?」


「い、いえ。そのようなことは……」


「ラナ・クロイツが英雄たる資質の力を意図的に隠していると仮定した場合、考えられる最悪なシナリオは、ラナ・クロイツが魔女と結託し、人々の命を脅かすような、何か良からぬことを企んでいるということだ」


 グランバードは、王都サンクトゥス周辺で魔女に関する情報が増え始めていることに、妙な不安感を抱いていた。何か今までにない恐ろしいことが起きようとしているのではないかと。


「魔女と結託!? もしそれが本当なら今すぐにでも彼を抹殺すべきです。少なくとも追放した方が良いのではないですか?!」


 まだ仮定の段階での話だったが、魔女は人々の命を脅かし災いをもたらす存在だと信じて疑わないギースは過剰に驚き、恐れ(おのの)いた。そして一刻も早く危険因子を取り除かなければならないと、顔面蒼白になりながらグランバードに訴えかけた。


「それはダメだ。仮に本当に魔女と結託していたとしたら、他にも仲間がいる可能性がある。今は泳がせて計画を暴き出し、全ての魔女を根絶やしにする。ラナ・クロイツを手元に置いておけば、いざという時に迅速な対処が可能だが、身を隠されてしまっては元も子もないからな。その点を考慮しても簡単に追放することはできまい」


 第二騎士寮の寮長であり団長を務める身というだけあって、グランバードは冷静そのもの。どれほどの勢力なのか定かではない敵を前にして、その判断は正しかった。


「なるほど。ボクの考えが浅はかでした」


 冷静沈着で堂々たる姿に、安心し冷静さを取り戻したギースは頬を流れる一筋の汗を(ぬぐ)い、取り乱し軽率な判断をしてしまったことと不適切な提案をしてしまったことに対して反省の意を表して、頭を深々と下げた。


「頭を上げろ。もう一つ、初級調合術師(ミクスメイカー)のフルラという男だが計画通りにラナ・クロイツと接触させることはできたのか?」


「はい。グランバード寮長のご指示通りに調合術師組合(ミクスメイカーギルド)に掛け合って参りました。先日、王宮専属調合術師(ミクスメイカー)の助手という立場で王宮へ招き入れ、本日の一件に乗じてラナとフルラを接触させることに成功しました」


「何か不穏な動きはなかったか?」


「不穏かどうかは分かりませんが、明日ヘスペラウィークスにフルラが戻ると知るや否や、ラナは護衛に指名してほしいと懇願し、約束を取り付けていました」


「ほう。ラナ・クロイツ自ら懇願してヘスペラウィークスに行くことを望んだか……」


 グランバードは、ラナが入団式を終えた日の晩餐会でアルフレッドからある情報を聞いていた。それは、ヘスペラウィークスに魔女が潜伏している可能性があるというものだった。


 魔法を使用する白銀の猫とその契約者であるラナが現れて間もなく、ヘスペラウィークスに魔女がいるという情報が入った。この時点で、ラナと同郷であるフルラが調合術師組合(ミクスメイカーギルド)にいることを知っていたグランバードは、ギースに対してラナに関する更に詳しい調査の依頼と、フルラに引き合わせるための裏工作を指示していた。


 その結果、ラナが自らの意志でヘスペラウィークスに行くことを望んでいることが判明した。グランバードの中で、点と点が繋がり、一つの線となって疑惑が確信へと変わっていった。


「第二騎士寮の隠密部隊長ギース・フリラよ。貴様に特別任務を与える。明日の護衛任務に監視役として同行し、ラナ・クロイツと魔女が結託している証拠を掴め」


「その任務、心して承らせて頂きます」


 アルカノ村にいる人質を完全に開放するため、そして終焉の日(ラグナロク)から世界を救うために必要な女王の魔法杖(クイーン・マギカロッド)を探し出し、手に入れなければならないと必死になっているラナにとって、秘密裏に進められていたグランバードとギースの計画は、途轍もなく大きな障害であり、今後のラナとスフィアの在り方を大きく左右するものだった。

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