57話 『まさか、君が庇ってくれるなんて思ってもみませんでした』
「何をしていたのかと訊いているのだが?」
誰が怪我をしたのかという情報は既にグランバードは知っている。鋭い眼光はしっかりとラナへと向けられ、下手なことを言えば確実に罰を与えられることは、その雰囲気から容易に想像できた。ラナの返答次第では、外出禁止レベルの罰では済まされそうにない。
――どうする。どうする。どうする。
目尻を痙攣させ、額には血管を浮き出させながら怒るグランバードを目の前にして、中々上手い言い訳が見つからない。目の前のグランバードの顔が頭の中を埋め尽くしていく。
「グランバード寮長。この度は、ご心配お掛け致しました」
何も言えずに、たじろいでしまっていたラナを見かねたギースが代わって口を開く。
「怪我は?」
「はい。お陰様でこの通り、完治致しました」
ギースは怪我をした右肩をぐるぐると回して、問題ないことをアピールして見せた。
「それで、貴様らは何をしていた? 特にラナ・クロイツ。最下位の貴様は寮から出ることを禁止していたはずだが」
「それについては、私に責任があります」
――え!?
ラナは驚いた。波風立てず穏便に英雄志願者として、聖十字騎士団に居続けることを念頭に掲げていたはずのギースがラナを庇うような発言をしたのだから、その驚きようといったらなかった。特に上手い言い訳も見つからなかったラナは、今後の自分がどうなってしまうのかという局面で、すべてをギースに委ねることにした。
「ほう。貴様に責任があるというのはどういうことだ?」
「はい。ボクはラナ・クロイツと一緒に掃除を終えて、鍛錬を行うために初級鍛錬場へ一人で向かいました。ですが、鍛錬中に他の団員が弾かれた十字剣に気づかずに怪我を負ってしまいました。その際に、同じ第二騎士寮にいる団員に報告しなければならないということで、ラナ・クロイツの名を出しました」
「それで?」
「ラナ・クロイツは仲間を大事にしている性格のようで、ボクが怪我をしていると知って血相欠いて初級鍛錬場に駆けつけてくれました。彼は先輩想いの良い後輩です。あの時、外出を禁止されていると知っていれば、彼の名を出すこともなかったですし、心配を掛けることもありませんでした」
「だからラナ・クロイツは悪くないと?」
「はい。彼の行いは、人々の命を守る聖十字騎士団の一員としても、一人の人間としても正しい行いをしただけです。なので、彼には一切非はありません。すべてはボクの責任です」
ラナは再び驚いた。半ば無理矢理に協力させていた上に、ギースに対して先輩を敬うような態度は全くしていなかったラナを完全に擁護する発言が飛び出すとは思ってもみなかったからだ。
グランバードは、その話を聞いて驚きと動揺が見え隠れするラナの方を一度睨みつけて、是非を問おうとしたがギースの真剣な表情を見て、それをすることはしなかった。
「なるほど。確かに貴様の言うことが本当だとしたら、この件は目を瞑ってやってもいいが、どんな理由があったにしろ、外出禁止という命令を破ったことに変わりはない。それは分かっているな?」
「は、はい! 申し訳ございませんでした!」
せっかくギースが助け舟を出してくれたのだから、必要以上に何かを言って墓穴を掘るわけにはいかないとラナは全力で頭を下げて謝った。謝り慣れてしまっていたラナの綺麗に直角に折れ曲がった謝罪の姿勢は、芸術の域に達している。
それを見たグランバードは「ふぅ」と鼻から息を吹き出した。
「今回の件に関しては、聖十字騎士団として正しい行いだったということで、無罪放免にしてやる」
「あ、ありがとうございます!」
ラナは謝罪の姿勢のまま、心からの感謝を込めた。
「だが、命令に背き突発的にとった行動は褒められたものではない。そのことをしっかりと頭に入れて反省しておけ」
「はい!」
「怪我をした貴様は後で寮長室に来い」
「はい。後ほど寮長室にお伺い致します」
一年前からずっとお荷物的存在だったギースの名前を本当に覚えていない様子のグランバードは、一度もギースの名を呼ぶことなく寮長室へと戻っていった。
「良かったぁ」
ギースの機転の利いた対応で事なきを得たラナは、グランバードの異常な圧力から解放された反動で膝をガクガクさせて座り込んだ。
「はぁ。第一騎士寮に忍び込んだときは危うく死罪になりそうだったし、マリーちゃんは紹介してもらえないし、怪我はするし、グランバード寮長には呼び出し食らったから説教されるだろうしさ。ラナと関わったから碌なことがないよ」
ほとほと疲れ果てたといった表情で、小言を並べるギース。
さぼり癖があって、面倒事には首を突っ込みたくないはずのギースを散々振り回したのだから、小言の一つや二つ言いたくなるのも無理はない。その上、ラナを庇うようなことまでさせてしまった。
ラナの頭には「感謝」の二文字だけしか浮かばない。
「ギース先輩。俺のこと庇ってくれて、ありがとうございました!」
ラナは床に頭を押し当てながら礼を言った。
「別にいいよ。動転した状態でラナに何か言い訳されても、面倒くさそうなことになりそうだったから、それならボクが上手いこと話を進めた方が良いと思っただけだし」
「でも、俺はそれで助けられました! 本当にありがとうございました!」
ラナは床に頭を押し当てたまま、心からの感謝を込めて再び礼を言った。
「別にいいって言っているだろ。とりあえず、もう一件落着ってことで解散ね。ボクは破れた団服を着替えてからグランバード寮長のところに行くから。ラナも早く部屋に帰って休みな」
そう言われて顔を上げたラナには、ギースのことが何となくカッコよく見えた。
――ギース先輩って意外と正義感が強くて、後輩想いの人なのかもしれないな。これからは、もう少し先輩を敬って接しよう。
なんやかんやで、ラナのピンチを救ってくれたギースに対しての感謝の念は増すばかりだ。もし、ギースが庇ってくれず、グランバードの命令を守れなかったことを必要以上に言及されていたら、どんなに厳しい罰を与えられていただろうか。
外出禁止以上となれば、部屋から一歩も出ることが許されずに監禁されてしまうか、最悪の場合は聖十字騎士団を追放されていても不思議ではない。そう考えるとラナは恐ろしくなって身震いが止まらなかった。
こんな感覚は、アルカノ村にいた時には絶対に経験することがないものだ。
英雄に憧れては、聖十字騎士団に入団して活躍する自分を想像する希望に満ち溢れた日々。あの頃は、聖十字騎士団の現状も三つの世界が一つになったことも、何も知らずに過ごしていたから、ラナの英雄に対する憧れは一番輝かしくて夢と希望に満ち溢れていたのかもしれない。
夢への第一歩である聖十字騎士団に入団することができた今、英雄に対する憧れよりも先に考えてしまうのは、グランバードを怒らせてはいけない。アルカノ村の皆を助けるために一日も早く、女王の魔法杖を探し出さないといけない。この二つだけがラナの頭の中を埋め尽くす。
――それにしても、英雄になりたいって頑張っているだけなのに、こんなスリル満点な目に遭わないといけないのかなぁ。やっぱり英雄になる男には試練が付き物ってことなのか?
英雄になりたい。ただ、それだけのためだけにアルカノ村を出発して、英雄志願者としてここにいる。しかし、何かを成し遂げるためには様々な障害や困難が多く存在している。普通の人たちよりも何倍も多くの壁にぶち当たって来たラナだったが、英雄になるという夢を叶えるためには、さらに困難で多くの壁が待ち受けているのではないかと、何やら不穏な空気を肌で感じ始めていた。
それは直感にも似たもの。しかし、それは間違いではない。ラナの知らないところで秘密裏にあることが進行していたのだ。





