56話 『持つべきものは友達だと、心の底から思いました』
「ふわぁ……。ん……ここは?」
「やっと起きましたか。ギース先輩」
鍛錬場でしばらく話しながら待っていたが、一向に起きる様子がないギースをその場に寝かせておいても、他の団員たちの邪魔になると思ったラナたちは、鍛錬場内にある医務室へと移動させていた。
「あ、そうか。ボク、剣が刺さって……」
ギースは十字剣が刺さった時の痛みを思い返しながら、右肩をさすった。
「痛みはないですか?」
傷の具合を確認しようと、フルラは右肩に巻かれた包帯を外してみる。傷口はラナの時と同様に薬の効果で綺麗に塞がっていた。
「はい。痛みはないですね」
「良かった。もう大丈夫みたいなので、ぼくはこれで失礼しますね」
何も異常がないことを確認したフルラは、当初予定していた時間よりもオーバーしていたので、急いでヴェールを頭に被る。その慌てぶりを見て、何か急ぎの用でもあったのかと心配したラナは、
「ごめん。もしかして、急ぎの用でもあった?」
と、普段から自分を抑えることで無難にやり過ごす癖があるフルラを気遣いながら訊いた。
「気にしないで良いよ。明日の準備をするだけだし、それに久しぶりに話せたからね」
フルラもフルラで気遣いの人だ。ラナが自分のことを責めていると察して答えた。実際に話せたことが嬉しくて時間を忘れていたのはフルラ本人。だからラナを責めるつもりは毛頭ない。
「そっか。長々と付き合わせて悪かったな。助かったよ。また、近いうちにゆっくり話そうぜ」
さすが親友だけあって、互いの考えはある程度分かる。ラナはフルラの気遣いを察して、笑顔で返した。
「うん。明日には調合術師組合に戻らないといけないから、また来た時にでもラナ君のところに行くね」
久しぶりに会った親友との再会を喜び、会話を楽しめたことに満足していたラナは、今日一番の笑顔でフルラを見送る。
『バカ! 何そのまま返そうとしているのよ! せっかく調合術師の知り合いがいたんだから、護衛を任せてほしいって話をしておきなさいよ』
バカ丸出して手を振るラナの頭に慌てて跳び乗り、護衛を任せてもらうようにい促すスフィア。
『あ、すっかり忘れていました』
相変わらず、三歩歩くとその前のことを忘れてしまう鶏のような頭の持ち主であるラナは、フルラと話せたことに満足してヘスペラウィークスに行かないといけないことを綺麗さっぱり忘れ去っていた。
「あー! ごめん、ごめん。ちょっとフルラに頼みたいことがあったんだよ」
急ぎ足で王宮に戻ろうとしていたフルラを申し訳なさそうに引き留める。
「頼みたいこと?」
「そうそう! ちょっとこっち来て」
ギースに話を聞かれないように、医務室の外へとフルラを誘導した。
「珍しいね。ラナ君が改まって頼みたいことだなんて」
「実はさ、一回で良いからフルラが働いているヘスペラウィークスに行ってみたくてさ……。その、なんていうかな……」
普段はフルラに頼みごとをすることがないラナは、照れ臭ささもあり、「俺に護衛をさせてくれないかな?」と、いう一言が中々言い出せずにいた。察しの良いフルラは、ラナの言葉から何を頼みたいのか容易に理解する。
「あ、わかった! 明日ぼくが帰るから護衛に指名してほしいんでしょ?!」
「正解! そういうことでさ、俺を護衛に指名してもらっていいかな?」
「もちろん! ラナ君を指名させてもらうよ!」
「さすがフルラ! 話が早い!」
「一応、先輩に確認しないといけないから、その後に正式な依頼書を発行してもらうね」
「恩に着る!」
「じゃあ、また明日」
持つべきものは友達だと、ラナはうっすら目に涙を浮かべながら、自分の夢に向かって進んでいる親友の後姿を頼もしく思う。
『良かったわね』
『スフィア様、毎回他人事ですけど女王の魔法杖は、スフィア様の探し物で俺は巻き込まれた方ですからね?』
『分かっているわ。一刻も早く、探し出して君の大切な人たちの安全を確保しましょう』
何はともあれ、無事にヘスペラウィークスに行くための手段ができた。本当にフルラには、感謝しても感謝しきれない。そうラナが思っていると、
「何の話? ボクにも聞かせてよ」
と、ギースが医務室からぬっと顔を覗かせて、一体何の話をしていたのかと興味津々で訊いてきた。幽霊が現れたような衝撃を受けたラナは、跳び上がってしまうくらいに驚いた。
「ぎ、ギース先輩、起きて来たんですか!?」
「なんかコソコソ調合術師の子と話していたから気になって」
「あ、あの調合術師は昔からの親友で、明日ヘスペラウィークスに戻るみたいで。だから、俺が護衛として送り届けるって話をしていたんですよ」
「へぇ。それって君がやらなきゃいけないことって言うのと何か関係しているの?」
相当勘が鋭いのか、ギースは的確なところを突いてくる。マリーのように理解ある人であれば、包み隠さず話しても良いところだが、ギースには色々と不安要素が多すぎる。何よりも不真面目な癖に、変なところには異常なこだわりがある。
ここで女王の魔法杖を探しているのだと知られれば、自分は危険なことには首を突っ込みたくないと恐れ慄いて身を引くか、保身のためにグランバード寮長に告げ口をするかもしれない。ギースには失礼かもしれないが、ラナはそれほどギースのことを信用していなかった。
そうなると、ラナは当たり障りのない返しをするほかない。
「これはただ親友が働いているところは、どんな場所なのかなって、気になっただけです」
「なるほどねぇ。まあ、ラナの勝手だから別に良いんだけどさ」
あれ? 声が出そうになってしまうほど、思いのほかあっさりと引き下がるギース。単なる気まぐれだったのかと思っていると、なぜか決め顔をして、
「一つ忘れていることない?」
と、ラナに詰め寄った。
「忘れていること?」
何の話をしているのかさっぱり分からなかったラナは、眉間にしわを寄せながら首を傾げた。
「あのマリーって女の子! 紹介してもらっていないんだけど!」
発狂にも似た声で、ご乱心のご様子のギース。
「あ、ああ、マリーさんですか。えっと、ギース先輩を介抱してもらっていたんですけど、第一騎士寮には門限があるみたいで、先に寮に戻っちゃいました」
鬼気迫るものを感じたラナは、一時間ほど前に第一騎士寮へと帰ってしまったマリーについて答えた。しかし、それを聞いたギースの表情は一変する。
「はぁぁああぁあ!? 約束したよね?! 話が終わったら紹介してくれるって言っていたよね?!」
どれだけマリーを紹介してほしかったのだろうか。完全にプッツンしてしまったギースは、ラナの胸倉を両手でしっかりと掴み、鼻息を荒くして前後に振り始めた。ラナは頭を激しく揺らされながら、
「だ、だって話の途中でギース先輩が大怪我しちゃったじゃないですか」
と、悪いのは自分ではないと反論するも、
「関係なぁぁああい! ボクはあの子と仲良くなりたかったんだぁぁああ!」
と、火に油を注いでしまったようで、ますます鼻息は荒く振りは大きくなり、さらに激しく頭を揺らされて気持ち悪くなってきた。あまりの必死さにラナは、これ以上引けないほど引いてしまった。
「わかりました! わかりました! わかりましたから! 明日ここにいる魔族をマリーさんのところに迎えに行かないといけないので、その時にでも紹介してあげますよ!」
それを聞いたギースは、我に返ったらしく動きをピタリと止めてラナの顔をじっと見つめてこう言った。
「絶対?」
その「絶対?」には、どこか脅迫染みたものがあった。恐らく、ここで紹介できないと言ってしまえば、全力の殺意を込めてラナに襲い掛かって来るだろう。ギースは、それほどの狂気を放っていた。
「絶対です」
「本当に、本当?」
「本当に、本当です!」
「それなら良いや」
荒ぶるギースを何とかなだめたラナは、もう一度だけ姿を消してもらい第一騎士寮の近くまでスフィアを送り届けた。それから日が暮れる前に第二騎士寮まで辿り着いた二人は、一安心して中に入る。
しかし残念なことに、ヘスペラウィークスに行くことができると安心していたラナは、最後の最後で詰めが甘かった。
「おい。第二騎士寮の団員が怪我をしたと報告を受けたのだが、貴様ら何をしていた?」
第二騎士寮に戻ると、グランバードが仁王立ちで腕を組み、殺気を漂わせながら待ち構えていた。
「あ、いや、これは、その……」
怪我をしたギースは特に何かを制限されているようなことは聞いていないから、問題はないだろうが、掃除はしっかりと終わらせていたとはいえ、ラナは外出禁止の身。グランバードの命令を無視して行動したことは言い訳のしようがない。
やはり、何かしようとすると邪魔が入ってしまうのは、逃れようのない運命らしい。





