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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第6章 『秘密の花園と初級調合術師』
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55話 『初級調合術師が現れました』

「もう、しばらくすれば傷は完全に治癒します」


 全身を覆うほどの真っ白い大きな布一枚で首から下を覆い隠し、頭には目元の部分が細かな網状になっているヴェールを身につけた調合術師(ミクスメイカー)が、鍛錬場に駆け付け、ギースに薬を与え終えた。


『ラナ、これは願ってもないチャンスよ』


『うん』


 まさかこんなに都合よく調合術師(ミクスメイカー)と接触をできるとは、思ってもみなかった。千載一遇のチャンスとはこのこと。


「あの……」


 表情が一切分からない調合術師(ミクスメイカー)にラナは勇気を振り絞って話しかける。


「何か?」


「えっと、その、ご趣味は?」


「はい?」


 ――何を言っているんだ。俺は!


 この機会を逃してはいけないと、必要以上に緊張してしまったラナは初対面の女性を目の前にして、話題に困ってしまった男のような発言をしてしまった。実際のところ、顔が見えないから男性か女性かの区別はできない。その上、声は高くも低くもない。どんな話をして興味を引いて仲良くなれば良いのか。共通の話題が見つからないまま、沈黙が流れる。


「特に用がないのであれば、王宮に戻りたいのですが……」


「す、すみません。ギース先輩が目覚めるまでちょっと心配で」


「そういうことでしたら、ここにいる初級調合術師(ミクスメイカー)を残していきますので、何かあれば対応してもらってください」


 ずっと傍らで助手をしていたもう一人の調合術師(ミクスメイカー)を手で指し示すと、初級調合術師(ミクスメイカー)は軽く会釈をした。


「じゃあ、そういうことだから、先に王宮へ戻っているよ」


「はい。お任せください」


 初級調合術師(ミクスメイカー)が残ってくれたことで、何とか首の皮一枚繋ぎ止めることができた。次はもうない。あまりにもガチガチに緊張しているラナを見かねたスフィアが、助け舟を出して話題を提供する。そして、ラナは再び話し掛ける。


「先ほどの方が初級調合術師(ミクスメイカー)って言っていたのだけど、調合術師(ミクスメイカー)には聖十字騎士団の一般兵、英雄志願者、聖十字騎士(クレストナイト)みたいな地位とかあるのかしら?」


 緊張のあまりにスフィアが言ってくれたことを一言一句ありのままを口にした。


「ぷっ。あるのかしらって、ラナ君っていつからオネエ口調になったの?」


「いや、これは、その……って、え? 今、俺の名前を……」


 顔は見えないが、初対面のはずなのにラナの名前を口にした調合術師(ミクスメイカー)


 フェイカーが多いと嘆いていたはずなのに、これだけ大勢いる団員たちの中からピンポイントで、しかも入団したばかりの新米英雄志願者であるラナの名前を知っている。それに最初から君付けをされるような親しい間柄のように。


 ――あ……。もしかして、こいつ……。


 ラナは半年前にアルカノ村を出発して、王都へ向かった親友のことを思い出した。


「フルラ……なのか」


「久しぶりだね、ラナ君」


 ヴェールを脱ぐと、そこには懐かしい顔があった。その顔を見た途端、幼少期の懐かしい頃の思い出が浮かんできた。



 ◇◇◇



 幼い頃は、いつものように親友のフルラと一緒に英雄ごっこしながら遊んでいた。


「でいやっ! でいやっ! っとおぅ!」


 当時から英雄に強い憧れを抱いていたラナは、木の棒を長剣に見立てて元気よく振り回しては、憧れの長剣使いの英雄エルシドに成り切っていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 ラナの振るう木の棒を必死に受けるのは、幼馴染の親友フルラ。彼は内向的な性格で、見た目もナヨナヨしていて、肌が色白というよりも不健康そうな青白い色をしている。


 活発なラナとは正反対のフルラだが、毎日のように遊び語り合う仲だった。


「なあ、フルラも英雄になりたいって思うだろ?」


「ぼ、ぼくには無理ですよ。ラナ君みたいに強くないし、世界を救うだなんて――」


 引っ込み思案で、自分に対して全くと言って良いほど自信がなかったフルラは、自信なさげに目を伏せたじろぐ。


「隙あり!!」


「うぎゃっ!!」


 ラナはそんなフルラに容赦しない。

 長剣に見立てた木の棒で脳天に一撃入れると、フルラは余りの痛さに半泣き顔でしゃがみ込んだ。


「はっはっはっ! 我は最強の長剣使い! 英雄ラナクロイツに勝てる者なし!」


 得意げに天高く木の棒を突き上げ、左手を腰に添え勝利のポーズで高笑いするのは、英雄ごっこをする時のお決まりのセリフになっていた。


 いつもこんな感じで英雄ごっこをしながら、互いの夢を語り合っていた――というよりも、英雄に強い憧れを抱いていたラナの遊びにフルラが一方的に付き合わされているのが、二人の日常。


「不意打ちはズルいよぉ」


「油断した方が悪いんだよ! それじゃあ、英雄になれないぞ!」


「ぼくは英雄になれなくていいよ。ラナ君みたいに強くないし、痛いのは嫌だし」 


「最初から諦めていたら、叶うものも叶わなくなっちゃうぞ!」


「そうかもしれないけど、ラナ君みたいに世界を救いたい訳じゃないし、もし聖十字騎士団に入団するとしても、ぼくには一般兵か雑用くらいが丁度いいんですよ」


 いつも身の丈に合ったものだけを選択し、慎重に判断して行動する堅実派。

 この世界を難なく生き、その生涯を終えるというのなら、フルラのように現実的で冷静な判断ができる方が賢明だろう。小さい頃から本当に石橋を叩いて渡るようなタイプの子供だった。


 しかし、対照的な性格のラナはそんなフルラに対して、もっと高い目標を持って、貪欲に上を目指して欲しいと思っていたこともあり、いつも男の在り方を話してフルラの意識改革に努めていた。


「フルラは保守的すぎるんだって! 男ならもっとこう、どーんと、大きな夢を持たなくちゃ!」


「どーんと……ですか」


「そうそう! どーんと!」


「前から気になっていたんですけど、なんで英雄になりたいんです?」


「そんなのカッコいいからに決まっているだろ!」


 ラナは丁度この頃に、盗賊の荷車に謝って乗り込んでしまい、一か月近く行方不明になったことがある。その時に、聖十字騎士団の紋章が刻まれた鉄の鎧を着た男の人に助けられたことがあった。


「それだけ……?」


「おう! それだけだ!」


 それまでは、絵本に出て来る英雄を想像しては、ただ憧れて夢を膨らませるだけの日々だった。助けられたことが切っ掛けで、誰かを救うことは本当にカッコよくて凄いことだと実感した。そのおかげで、より一層世界を救う英雄に強い憧れを抱くようになり、自分も必ず英雄になると志を持つようになっていった。


「それだけで世界を救って英雄になろうなんて、可笑しいよ!」


「切っ掛けなんて何でもいいんだよ! 自分がなりたいって本気で思ったらさ」


 男が夢を語る理由など、簡単なもので良い。それは、いつもラナがフルラに言い聞かせていた言葉。


 当時から、男が夢を追いかけるのに、できるかどうかなんて関係ない。自分なら夢を叶えられると、信じて貫く強い意志さえあればいいとラナは思っていた。


「ラナ君は本気で英雄になれるって信じているの?」


「信じるも何も、なるって決めたんだから俺は絶対に英雄になるぜ!」


 そんな日々を送っていた。



 ◇◇◇



 歳月が流れフルラが一人前の大人と認められる十五歳になると、フルラはラナと同じ英雄志願者ではなく、調合術師(ミクスメイカー)になることを志し、王都へ向かった。それが今から半年前のこと。あれから二人は一度も会っていなかった。


「久しぶりだな……。ってか、お前結構身長伸びたんじゃないか!?」


「そう言われてみると、ラナ君より大きくなっちゃったみたい」


 フルラが半年前にアルカノ村を出発するまでは、ラナのことを見上げていたはずだったが、今ではラナがフルラを見上げるほどに身長が伸びている。先に村を出て行ったフルラに対して(おく)れを取っているような気がしていたラナは、身長でも越されてしまったのかとちょっとだけ悔しい気持ちになっていた。


「そ、それはそうと、フルラの初級調合術師(ミクスメイカー)っていうのは?」


「うん。初級調合術師(ミクスメイカー)は、ちょっとした傷薬とか風邪薬みたいに簡単な薬しか調合できないから、調合術師(ミクスメイカー)見習いってところかな。そういうラナ君は、茶色の団服着ているところを見ても、無事に英雄志願者になれたみたいだね!」


「あ、当たり前だろ!? 俺は最強の長剣使いの英雄になるんだから、聖十字騎士団に入団するくらいは朝飯前さ!」


「やっぱり凄いなぁ。じゃあ、もう凄い任務とか(こな)しているんだね!」


「いやぁ、俺はまだ入団したばっかりだから、そんな難しい任務は与えられていないよ」


「そうなんだぁ。ラナ君ならあっという間に凄い任務を任されると思っていたけど、結構大変みたいだね」


「ま、まあな」


 いつも面倒を見ていたフルラが純粋に期待を込めた眼差しを送ってくる。最下位のレッテルを貼られていることは絶対に隠し通したい。そんな葛藤を繰り広げていると、


『君も大変ね』


 くすっと、含み笑いをしながらスフィアが言ってきた。


『放っておいてくださいよ!』


 それからラナとフルラはマリーに介抱してもらっているギースが目覚めるまでの間、幼少期の頃の思い出話やアルカノ村を出発した後にどんな生活を送っていたのかなど、半年の時間を埋めるように話し続けた。

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