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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第6章 『秘密の花園と初級調合術師』
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52話 『秘密の花園は男にとって天国と地獄の狭間でした』

 僅かな音もたてないように、より慎重に歩みを進め、五階の各部屋を一部屋ずつ確認して回る。男子禁制だからなのか、不用心にも部屋の扉には鍵を掛けておらず、ほとんどが開きっぱなしで部屋の様子がすぐ確認できた。


 そして、五階で唯一閉ざされた扉の部屋を見つけた。ここにいるかどうか分からないが、物は試しとリンクを使ってみることにしたラナは、心の声が届かないと思いながらもスフィアに話し掛ける。


『スフィア様。いたら返事してください』


 予想通りスフィアからの返答はない。ラナは一度後ろに振り返り、二人の顔を見て「開けますよ」と目で合図を送ると、ゆっくりと扉を開く。


 ――え……。


 部屋を覗き込んだラナは、一瞬凍りつく。


 そこにいたのは、ラナが捜し求めていたスフィアの姿だった。しかし、その姿は白銀の猫ではなく、あの神秘的な輝きを放つ白銀色の髪が特徴的な魔女の姿。しかも、遠目から見ても分かるほどにきめ細やかで、すべすべとした質感の色白な肌を露出して、生まれたままの状態で立っていたのだ。


 目のやり場に困ったラナは、目を泳がせながら、細身な体を足の先から頭の先までスフィアの全てを見てしまった。もちろん、貧相ではあったが小さな膨らみも全て。


 ――不味い……。


 スフィアが魔女だと知られてしまうと焦りつつ、赤面しながら、直立姿勢を維持していたラナの鼻からは真っ赤な血が垂れる。そして、その血はポタポタと部屋の床に赤色の点を滲ませた。


「誰かいるの!?」


 それに気づいたスフィアは、咄嗟にベッドに敷かれていた真っ白なシーツを頭から被る。


 ラナはスフィアが魔女だと知られてはいけないと思い、ギースの手を振り解くと一人だけ部屋に突入し、扉を閉めた。


「ラナ!? どうして君がここに!?」


 突然、現れたラナに驚いたスフィアは思わず声に出して話す。


「ち、ちょっと通り掛かっただけです」


 バレバレの嘘だ。男子禁制の第一騎士寮に、しかもピンポイントでスフィアがいる部屋に通り掛かることは絶対にありえない。スフィアは、どうしてそんな見え見えの嘘を吐くのかと、ラナの様子を覗っていた。


「ねえ。何なの、その鼻血。まさか私の着替えを見に来たのかしら?」


 一日ぶりに見たスフィアの姿が裸だったというのは、ラナにとってはラッキーだが、杖を手にして今にも殴り掛かりそうなスフィアに「すみません、見てしまいました」とは言えそうもない。


「い、いや、これは……」


「これは? じゃあ、私の裸を見たから鼻血を出しているの?」


「ち、違いますよ……。これはここに来る途中で事故に遭って」


「事故? なんの事故なのかしら?」


「そ、それは……」


「私の裸を見たの? 返答次第では、どうなるか覚悟した方が良いわよ」


「み、見ちゃいました。で、でも、それは本当に事故で、早くスフィア様と合流して、ヘスペラウィークスに行かないと村の皆がどうなるか不安になったから、同じ寮の人たちに協力してもらってここまで来たんだけど、やっと見つけたら、どうしてかスフィア様が猫の姿じゃなくて元の姿に戻っていて、そしたら裸だし、目のやり場に困って、どうしたら良いか分からなくて、その、何て言ったらいいのか……」


 完全にパニックに陥っていたラナは、どうにかスフィアを怒らせないようにしなくてはと、必死に言い訳をした。


「ねえ、君がここへ来た理由は分かったけど、私の裸を見たことは揺るぎない事実なのよね?」


 恐ろしく冷酷な目つきで、脅すように言うスフィアに、体をビクッとさせたラナは、


「……事実です」


 と、(しき)りに泳がせていた目線を下に落としながら、ボソッと呟く。


「じゃあ、言うことは一つしかないわよね?」


 右手に握りしめた杖を見せびらかすスフィア。


「すみませんでした!」


 恐れを成したラナは鼻血を垂らしたまま、床に顔を押し付け、土下座をして謝った。その一方で、部屋の外に置き去りにされたレオンとギースは、扉に耳を押し当てていた。


「なあ、ラナは誰と話しているんだ?」


「ラナ様の謝っている声しか聞こえなかったですけど、私たちも入った方が良いのでしょか」


「どうだろう。もしかしたら、普通に間違えて入ったから謝っている可能性もあるし、今は様子見した方が良いとボクは思うけど」


「そうですね。今は他の人が来ないようにここで見張りましょう」


 二人はラナの身を案じつつ、これ以上ことが大きくならないように、その場で待機することにした。その頃、部屋の中ではラナがスフィアに平謝りし続けていた。


「本当にすみませんでした!」


「もう良いわ。服を着たいから後ろを向いていてくれるかしら?」


「……はい」


 ラナは言われた通りに後ろを向き、スフィアが着替えるのを待った。

 背後からは、シーツがはだけて床に落ちる音、ローブを手に取り袖を通すときの肌と布が擦れ合う音が聞こえてくる。ラナの脳裏には、さっき見てしまったスフィアの裸体が浮かぶ。


 ――あれが、女の子かぁ……。


 女性経験が全くないラナにとって、初めて見たその光景はこれから先、一生涯忘れることのないだろう。


 鼻の下を伸ばしながら、垂れてくる鼻血をすすっていると、


「もう良いわよ」


 と、スフィアが着替えを終えて声を掛けた。


 ラナは「ふぅ」と、ひと呼吸して平静を保ち、いつも通りに接するようにと自分に言い聞かせて振り向いた。


「あ……」


「なによ。あ……って」


「いや、別に深い意味はないです」


 後ろを振り返ると、スフィアは既に白銀の猫の姿へと変わっていた。もう少しだけ、顔だけはタイプのスフィアを見ていたかったと思う(よこしま)な気持ちを抱いていただけに、ラナは少し残念そうにしていた。


「それで、君が協力してもらったっていう人たちはどこにいるのかしら?」


「多分、部屋の外で待っていると思います」


「そう。それなら良いわ」


 そう言うと、スフィアは念のために心の声で話し掛けることにした。


『さっき裸を見たことは大目に見てあげても良いけど、ここへ来たことが知られたら問答無用で永久追放されるわよ』


『永久追放!? 聖十字騎士団からですか!?』


『それならまだ良い方よ。永久追放されるのは、この世からよ。つまり、死罪になるってこと』


『死罪って、それ重過ぎませんか!?』


『知らないわよ。私も昨日ここへ連れてこられた時に、ルミナ寮長がそう説明していたのを聞いただけだもの。まあ、聞いた感じだと第一騎士寮だけにある特別な規則(ルール)らしいけど、それくらい許せないことらしいわ』


『じゃあ、急いで出ないと!』


『それが賢明ね。君に話しておかないといけないこともできたし、私も君の寮に行くわ』


『あ、そうしてほしいのは山々なんですけど、実は……』


 ラナは第二騎士寮における規則(ルール)の中に、女性禁制と魔族禁制というものがあることを伝えた。


『なるほど、第二騎士寮にも独自の規則(ルール)があるみたいね。わかったわ。多分、明日もマリーは鍛錬場に鍛錬をしに行くはずよ。私も一緒について行くから、その時にでも話しましょう』


『鍛錬場ですね! じゃあ、明日鍛錬場で!』


 二人は明日、鍛錬場で会うことを約束して再び、第一騎士寮と第二騎士寮とで別れることにした。


 スフィアが「話しておかないといけないことがある」と言っていたのが気になりはしたが、今はそのことよりも自分の身の安全が最優先。部屋に入って来たときと同様に慎重に扉を開き、誰もいないことを確認して部屋の外に出た。


 すると、ラナは背後からガッ! と、両肩を掴まれる。


「ひっ!」


 思わず声を上げてしまい、誰かに見つかってしまったのかとラナは体を硬直させて微動だにしない。


「バカ。そんな大きい声出したら気づかれるぞ」


「ギ、ギース先輩……。よ、良かったぁ……」


 死罪確定だ! と、覚悟していたラナは背後にいたのがギースだと知り、心底安心して全身の力が抜けた。


「それで、契約した魔族とは会えたのか?」


「あ、はい、一応会えましたけど、俺たちがここにいることが知られたら、問答無用で死罪になるみたいです」


「は!? 死罪!? 聞いたことないぞ?!」


 ギースは声を押し殺しながら、今できる全力の驚きをしてみせる。やはり、第一騎士寮の特別な規則(ルール)は他の騎士寮の団員たちには知らされていないようだ。それもそうだろう。もし、ギースがこのことを知っていたら全体に協力しなかったはずだ。


「ラナ様、ギース様。何やら下の階が騒がしくなっているようです。急いで脱出しましょう」


 そうレオンに言われて、耳を澄ましてみると下の階から、


「絶対聞こえたよね」


「うん、一瞬だけだったけど、男っぽい声が聞こえた気がする」


「確かめに行きましょう。ルミナ寮長が不在の時に問題があっては困るわ。もし、男なら縛り首ね」


 と、見つかれば完璧に死罪確定だと思わせる発言が聞こえてきた。

 ラナ、ギース、レオンの三人は無言のままフォーメーションを整えると、血相欠いて階段を小走りで駆け下り、階段を駆け上がってくる女英雄志願者たちに気づかれることなくすれ違い、下へ下へと進んで行き、少しずつ増え始めた女英雄志願者たちに悟られないように第一騎士寮から脱出することに成功した。


 ラナたちはもう二度と、この男子禁制の秘密の花園。天国と地獄の狭間へ行かないと心に誓った。


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