51話 『秘密の花園へ潜入しました』
「本当に入るのか?」
第一騎士寮の前に着いた三人。
あまり目立たずに英雄志願者としての人生を全うしたかったギースは、最後の悪あがきとしてラナに訊いた。
「それ、愚問ですよ。腹をくくってください」
アルカノ村に住む皆がどうなっているのか分からない現状で、待ったをかけるような時間はない。ラナには何の迷いもなかった。
「ですよね。だけど、さすがに姿が消せるからって、これで入るのはどうかと思うけど」
「確かに……。私もちょっと恥ずかしいです」
「仕方ないじゃないですか。ギース先輩に触れていないと姿消せないんですから」
ギースとレオンは恥かしがっていたが、ラナは大真面目だ。
三人で姿を消し、第一騎士寮に潜入するためにラナが考案したフォーメーションM。それは、必ず全員がギースに触れていることを条件としたもので、先頭にラナ、その後ろにギース、最後尾にレオン。そして、前にいる相手の両肩を掴むことで完成するフォーメーションM。誰しもが小さい頃に一度はやったことのある遊びの一つ、ムカデ歩きに似ていることから名付けたそのフォーメーションは、思いのほか小恥ずかしいものがある。
しかし、円になったり、一人でおんぶと抱っこをしたりなど、色々考えた中では一番歩きやすく、周囲を警戒するにはもってこいの形だ。
「はぁ。もう諦めるけど、何かあったら全部の責任はラナに持ってもらうからね?」
「それでいいですよ。元々は俺がやらなきゃいけないことのためですし」
「お二人とも分かっているとは思いますが、夕方までに帰らないと他の方々が任務から帰ってきてしまいますので、それも考慮した上でお願いします」
「うん。なるべく急ごう」
「あいよ」
縦に連なった三人は、第一騎士寮の入り口という最初の関門にぶち当たる。
第一騎士寮は、常にオープンな第二騎士寮と違い、しっかりとした扉があり、ちゃんと閉じられている。裏口や窓からの潜入も考えたのだが、裏口は開かずの扉らしく開けようとしてもびくともしない。これもフェイカー対策なのだろう。
窓からの侵入は、三人が連なって入ることができずに断念せざるを得なかった。
最終的に残されたのが、この頑丈そうな扉。これを開けるとなると一階に誰かいたとしたら、勝手に扉が開いたように見えてしまう。それはもう怪奇現象。大騒ぎになってしまうことは目に見えて分かる。
「誰も来ないようですね」
後方のレオンは、誰かが中に入って行くタイミングで忍び込もうと考えていたが二、三十分待っても誰かが来る様子はない。非番やランクの低い任務だった人が一人くらい出入りしても良いはずなのだが、第一騎士寮には誰一人として現れない。好都合と言えば、好都合なのだが、中の様子が分からない以上は絶対的な安全は確保されていない。
「そろそろ中に入らないと、人が増えて捜せなくなりますよ。もう中に入っても良いですか?」
痺れを切らせ始めたラナは、そう言いながら扉の取っ手に手を伸ばしていた。
「ゆっくりだぞ、ゆっくり。ちゃんと中の様子を見ながらだぞ」
本当に気が進まないギースは絶対に見つかりたくなかった。そんな思いを乗せて、念には念を入れて慎重に事を進めてほしいと神に祈りつつ、ラナの耳元で囁いた。
「分かっていますよ。俺もバカじゃないですから、そっと開けて中を見ますって」
そう言い終えると、取っ手に少しずつ力を入れて、ゆっくりと扉をほんの少しだけ開けて見る。隙間から見えるのは第一騎士寮と同じような作りの一階の一部と右側にある掲示板の端の部分。この見える範囲では特に人がいる様子はない。
ラナは耳を澄ませながら、さらに少しだけ扉を開く。右半分には人はいないようだ。人の話し声や気配もない。ラナは思い切って頭を中に突っ込んでみる。キョロキョロと辺りを注意深く確認するが誰もいない。
「誰もいないみたいです」
「後方も大丈夫です。今なら行けますよ」
それを聞いたラナはコクリと頷き、男子禁制の秘密の花園へと足を踏み入れた。抜き足差し足で歩みを進め、女英雄志願者たちの今日のスケジュールを確認するため掲示板を確認する。
――えーっと、マリーさんの名前は……。
先に確認した右側の掲示板にはSランク以上の依頼書がびっしりと貼られていたがマリーの名前はない。マリーほどの実力があっても、さすがに新入団員にはSランクの任務は与えないようだ。
左側の掲示板にもマリーの名前はなかったが、
【新入団員および任務のない者は、寮にて待機。もしくは鍛錬に励むこと】
と、記載されていた。
掲示板に書かれていた名前の人数から考えても、この時点で第一騎士寮内にいると思われるのは数名。もし、マリーが鍛錬に行っていたとしても恐らくスフィアを連れて行くことはないだろう。そう考えたラナは、
「ここにいる可能性が高そうなので、そのまま捜しに行きますよ」
「ちょっと待って」
「待ちませんよ。まさか、ギース先輩ここまで来てやめるとか言いませんよね?」
「いや、せめて誰を捜しに来たのかだけ教えてもらえないかな?」
「言っていませんでしたっけ? 同期に預かってもらっている俺の契約した魔族に会いに来たんですよ」
「魔族? だったら、捜す必要ないと思うけど」
「いや、どこの部屋にいるのか分からないじゃないですか」
「契約しているならリンクを使って話し掛けるとか、相手の意識を確認した方が早いだろ?」
「リンク?」
「そうだよ。魂結契約を結んだら全てを共有できるんだから、相手の記憶とか考えとか全部手に取るようにわかるだろ」
「ん? それって頭の中で話せるやつのことですか? それなら、俺まだ熟練度が足りないみたいで結構近くにいないとできないですけど」
「熟練度? 英雄たる資質の力には熟練度が関係しているけど、リンクには関係ないでしょ。魂を結んで一つになっているんだから、普通なら皆できるはずだけど」
ギースの言うことは正しかった。全てを共有する契約をしたのであれば、記憶や思考、全てにおいて手に取るようにわかるのが普通だ。それなのに、ラナとスフィアはかなり集中してやっと心の声を聞くことができる程度。
だが、ラナからしてみれば、それが普通だと感じていない。そういった類の力は個人差があるものだと思っていたから、特に気にはしなかった。
「英雄たる資質の目覚めも個人差があるみたいだし、リンクっていうのも個人差があるんじゃないですか?」
「それはないって、普通なら全員できることだよ。入団テストでも――」
「ラナ様、ギース様。話している時間はないかと。必要以上に熱くなってしまっては話声で気づかれてしまいますよ」
後ろを振り向き、納得がいっていない表情で話すラナを見て、これ以上熱くなってはいけないと、レオンはすかさず止めに入った。この時、レオンにはギースの顔が見えていなかったが、ギースもラナ同様に納得がいかない顔をしていた。なぜなら、結魂契約を結んだものは例外なく魂を一つにされて全てを共有するからだ。それなのに、ラナは熟練度が足りないなどと訳の分からないことを言っている。普通ではあり得ない。むしろ、その程度のこともできないなのに英雄志願者になれたことが納得いかなかった。
本来、入団テストで行われるものの一つに魔族との意思疎通が取れているのかどうか。力を使いこなせるのかどうかが試される。しかし、それはリンクが使用できることが大前提。つまり、結魂契約を結んでいるのかどうか。それが英雄志願者であるための資格。必要最低限の条件。
なのに、ラナはリンクすら上手く使いこなせない。そんな不完全な状態で英雄志願者になれることは普通ではあり得ない。
世界を救う英雄になりたいという志の高さはギースも認めていたが、こればかりは不自然だった。
「まあ、いいけど。その魔族を見つけたらボクはすぐ戻るからね」
ラナがどういう方法で英雄志願者として入団して来たのか不思議に思ったが、自分には関係のないことだと余計な詮索をすることはやめた。
三人は新入団員が部屋を割り当てられていると思われる五階へと足並みを揃えて向かった。





