50話 『消えるキノコに活路を見出しました』
「きゃー! 英雄志願者様よ!」
「どこ!?」
「ほら、あそこに黒髪の茶色い団服の人!」
「ほんとだ! 英雄志願者様ぁぁああ!!」
城下町の大通り。城下町内で行きたいところがあれば必ず通らなければならないメインストリート。行き交う人々の中で、女性たちが甲高い声を上げながら放牧されている牛たちの大移動のように、黒髪の英雄志願者を目掛けて群れを成して突っ込んでくる。
お昼時。基本的に英雄志願者たちは任務に出ているため、英雄志願者が大通りを歩くことは珍しい。
だからこそ、茶色の団服を着用している黒髪の英雄志願者――もとい、ラナ・クロイツはここに住まう女性陣の恰好の的。外出を禁止されている状態のラナにとって、この状況は非常に不味い。
万が一、獲物を狩るように目をギラギラさせている女性たちに取り囲まれれば、完全にアウト。聖十字騎士団の誰かに見られてもおかしくない。
「ラナ様。ここは逃げたほうが良さそうです」
「そう……だね。行こう!」
買い出しをして、ちょっと外食をしようとしていただけなのに、こんなに反応されるなんてラナは思いもしなかった。この状況を誰かに説明してもらいたいところだ。
スフィア風に言い換えるなら、「玉の輿に乗る条件、教え上げましょうか?」となるだろう。そんな感じで、スフィアの声を脳内再生しながら、恐怖すら感じる女性たちを背にして駆け出した。
「どうして逃げるのよー!」「お待ちください英雄志願者様!」「待ってぇぇええ!!」
絶対に掴まえてやると、躍起になる女性たち。
男性の英雄志願者は女性たちにとっては、最高ステータスを持っている。もし、英雄志願者と結婚することができたなら、衣食住に関して半永久的に困らない。なぜなら、英雄志願者が持つ権利を共有することができるからだ。
だからこそ、地位も名誉も約束された存在である英雄志願者は、彼女たちにとっては玉の輿に乗るための必須条件。
一生苦労しないで楽しく過ごしたい現金な女性たちからすれば、否が応でも英雄志願者をものにしたい。逆にそんな女性たちを食い物にしているのは、ラナが大嫌いな下衆男たち、つまりフェイカーたちだ。彼らからしてみれば、英雄志願者なら誰でもいいと思っている女性たちは撒き餌に群がる魚同然。入れ食い状態。女好きの女遊びであれば、これだけで天職だろう。
しかし、女目的で英雄志願者になっているフェイカーたちにとっては、最高かも知れないが、単純に英雄になりたいと思っているラナにとっては邪魔でしかない。そうは言っても、ラナも男。ちやほやされることは嬉しいし、ちょっとは鼻の下が伸びる。今までそんな経験をしたことがないから無理もない。
「ラナ様、ここまで来れば大丈夫です。彼女たちは入ってくることはできません」
ちょっとだけ良い思いをしたラナは、レオンに連れられて来た道を戻り騎士寮の敷地内へと戻って来ていた。
騎士寮の敷地内は、ここで生まれ育った住民や許可をもらって城門を潜った一般市民であっても、決して立ち入ることができない進入禁止領域。熱狂的な英雄志願者の天敵たちから逃れるためには必要不可欠な規則だ。
「ふう。ごめんね、レオン」
「いえ、私はラナ様の専属シェフですから」
「なんか、専属シェフって料理以外にも色々してくれる人みたいに思えちゃうんだけど。ってか、何でずっと様付け?」
「二人きりという訳ではないですし、仕事中でもあるので今は英雄志願者様とその専属シェフという接し方で通させて頂きます」
「レオンも色々と大変みたいだね」
「いえ、仕事とプライベートは分けているだけなので、お気になさらずに。それにしても、本当にあれだけの女性が群がるのですね。少し舐めていました」
騎士寮で働き始めて間もないレオンは、まさかこれほどまでに英雄志願者がもてはやされているとは思っていなかった。
「ずっとこの調子なのかなぁ……。このままだと、外出禁止されてなくても身動きとり辛いよね」
「確かに困りましたね。何かいい策があれば良いのですが……」
ラナとレオンはどうにかして、女性たちの包囲網から抜け出し、自由に行動できないかと考えた。レオンにも団服を着させて囮になってもらうか、それともお互いの服を交換してラナだけ自由に動けるようにするか。色々と解決策を考えてはみたものの、何かと都合が悪い。
レオンに囮になってもらっても、ラナが単独で行動するとアリバイ工作ができないし、お互いの服を交換しても第二寮の誰かに見つかれば、逆に怪しまれてしまう。どうにかこうにか良い案が浮かばないかと頭を悩ませる。
――俺が自由に動けるようになっても、スフィア様が一緒じゃないと探しに行くだけ無駄骨だしな。一旦、スフィア様と合流した方が良いかなぁ。
「レオン、ちょっと第一寮に行きたいんだけど良いかな?」
「男子禁制ですけど、大丈夫ですか?」
「え、そうなの?!」
「女性専用の寮ですし、英雄志願者は血の気が多い男たちが多いですからね」
「確かに、そう言われてみると男子禁制は妥当だね」
「でも、どうして第一寮へ?」
「第一寮に同期の女の子がいるんだけど、その子に俺の契約した魔族を預かってもらっていてさ。どうしてもその魔族の協力も必要なんだ」
「なるほど。英雄志願者は魔族と契約したら一心同体ですからね。ただ、普通に行ったところで門前払いされかねないですから、女装でもしていきますか?」
「女装って……」
かなり真剣な顔でいうレオンは、冗談で言っているわけではなさそうだ。女装するのも悪くないかもしれないが、それはそれで危険なフラグを立てているような気がしてならない。ラナは静かに首を振って却下した。するとその時、
「ぷはー! 食った、食った」
と、かなり近い場所から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ギース先輩!?」
ギースの声に反応して、辺りを見渡してみるがどこにもいない。
ラナたちが居る場所は、第二寮より少し離れたメインストリート付近。寮がある敷地のギリギリの場所。見晴らしは良く、特に隠れられるような障害物もない。話を聞かれたのかと懸命に捜すが、やはり姿は見えない。
「げっ!? ラナ!?」
ギースはこちらに気づいているようだ。その声から明らかに驚いているのは分かる。そして、どたばたと足音がすると少しずつ遠ざかっていく。掃除を任せっぱなしで逃げ出したことが後ろめたいのだろう。そう思ったラナは、
「ギース先輩! 掃除の件は怒っていないですから、ちょっと待ってください!」
徐々に遠ざかっていく足音の方向に向かって、大声で呼び止めた。足音はピタリと止まり、
「本当に怒ってない?」
と、ギースは声を震わせて恐る恐る訊いてきた。
「怒ってないです」
「わかった」
そう言うと、ギースは何もないところから忽然と姿を現した。
「え!? どこから湧いて出て来たんですか!?」
「湧いて出て来たって……まあ、なんていうかボクが契約した魔族の力で姿を消すことができるのさ。これ他の人には内緒だから絶対誰にも言わないでよ?」
英雄志願者であるギースは当然のことながら魔族と契約を結んでいる。ギースは幽魔という特殊な魔族と契約していた。幽魔の姿は基本的に見えない。人の世界で例えるなら、それは幽霊だからだ。そして、その姿を捉えられることができるのは、特殊な体質を持った人だけ、ギースは戦闘向きの力や技術を持ち合わせていない代わりに第六感が優れている。言い方を変えると霊感を持っている。
「姿を消せる力……。それってギース先輩以外にも消すことは出来るんですか?」
ギースの持つ“姿を消せる力”を知った瞬間、ラナには一つの策が思いつく。当然のことながら、レオンも同じことを思いついた。「ギースの力を使えば、誰にも気づかれずに第一寮に忍び込むことができるのではないか?」と。
「何でもっていう訳じゃないけど、触れている物だったら消せるよ、多分。ボクが身につけている団服も消えているし」
それを聞いたラナはギースの腕を掴み、
「ちょっと試してもらっていいですか?」
と、姿を消すように促した。
「良いけど、なんで?」
「第一寮に忍び込むんです」
「って、うおおおおい! 懲罰ものじゃないですかあああい!」
「ちょっと!? 何でそんなノリノリでツッコミ入れてくれちゃっているんですか?! バカですか!?」
大人しく、ひ弱そうだという第一印象から一転して、実は芯が強くてブレない先輩だと思った矢先に、先輩だという立場を利用して後輩であるラナに掃除を押し付けて逃げてしまう下衆ぶりを発揮したと思えば、今度はまさかの空気を読まない全力のツッコミ。この男、まったくもって油断ならない。
「んぅー!!」
わざとらしく、その場のノリだけで言っているようなツッコミを入れてきたギースに殺意を抱きつつ、ラナは全力で口を塞ぎ、騒ぎを起こさないように全力を尽す。
「ラナ様、はっきりと言い過ぎです。話には前置きというものが必要かと」
レオンはラナの言葉足らずなところを指摘しつつ、ジタバタと暴れるギースの体を押さえつけた。
が、そこはメインストリートの側。人通りは多く、ギースの声は数多くの人に聞こえていた。聖地である城壁内では多くの規則が存在しているため「懲罰」と、いう単語にかなり敏感だ。そのせいで、すぐに野次馬が群がってくる。もちろん今回も野次馬はやって来た。
――くそ! キノコ頭のせいで余計に状況が悪くなったじゃないか!
口を押えられジタバタともがき苦しんでいるギースを二人がかりで押さえ込んでいる様からは、明らかにラナたちが悪者に見える。こんなところを見られてしまえば、それこそ懲罰ものだ。
だが、寮の敷地ギリギリまで迫って来た野次馬たちの様子がおかしい。
「あれ? 確かにこの辺りで声がしたと思うんだけど」
「誰もいねえなぁ」
「悪戯じゃないの?」
「かもな。英雄志願者様の気を引きたい奴が叫んで逃げたんだろうよ」
野次馬たちは口々にそう言ったが、ラナたちは目と鼻の先にいる。これだけ接近しているのに気がつかないはずがない。
――もしかして!?
ラナは何が起こっているのか察しがついた。
「ギース先輩。もしかして、“姿を消す力”使いました?」
その問いにギースは、小刻みに首を縦に振った。
「これは凄いですね。まさか本当に私たちまで見えなくなってしまうなんて」
どうやら、消えている間は自分たちの姿は確認できるが他の人には全く見えないし、声も聞こえないようになるようだ。
「ギース先輩。さっき掃除のときに言っていましたよね。「君自身の正義を貫くと良いよ」って――」
ラナはギースの力が利用できると分かった途端、それは悪役の顔だという顔をしてにんまりと笑みを浮かべ、
「俺、ギース先輩から教えてもらったように、自分の正義のためなら手段を選ばないですから。ちょっと力貸してもらいますよ?」
殺気にも似た気迫を感じたギースは、さっきよりも激しく首を縦に振り、協力することに同意した。
こうして、アリバイ工作のレオンと潜入にもってこいの力を持つギースを仲間に引き入れたラナは、スフィアがいると思われる男子禁制の秘密の花園――第一騎士寮への潜入作戦を決行する。





