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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第5章 『最初の晩餐と最下位男の専属シェフと消えるキノコ』
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49話 『フェイカーに対する固定概念が一掃されました』

「ボクがフェイカーだって? 先輩に向かって、その口の利き方は――」


「何が先輩だ。俺は真剣に世界を救うために英雄を志したから、ここに居るんだ。世界が滅んでも良いとか言っているような人を先輩とは思えない。ギースさん、結局あなたは昨日俺と一緒に入団した下衆男たちと同じだ」


 フェイカーだと言われて、ムッとした表情を見せるギースの言葉を聞かず、怒りに任せて自分の意見を感情のままに吐き出す。その荒々しい発言に、口を「へ」の字にしたギースは、軽く首を横に振り、ラナを諭すように話し始める。


「そうか……、ボクが彼らと同じように女や金に目が眩んで、私利私欲のために英雄志願者になったと思っているんだね」


「違うって言うのか?」


 完全にギースをフェイカーだと思っているラナは、下衆男たちに浴びせるような厳しい口調で言った。


「確かにボクはラナの思い描いていた英雄志願者じゃないかもしれない。だけど、皆それぞれ英雄志願者になりたい理由がある」


 英雄志願者になる理由は、一つしかないと考えるラナが言ったのは、


「世界を救うために英雄を志す。それ以外に理由は必要ないでしょう?!」


 と、ごく当たり前のこと。

 世界を救い、英雄になることこそが英雄志願者としての役目であり、人々の希望を一身に背負う存在である。それがラナの中で思い描く英雄志願者の在り方であり、人々が期待する英雄志願者の姿でもあった。ラナの言葉は、英雄志願者を信じる世界中の人々の想いを代弁したようなもの。これは誰もが知っていることで、正論だった。しかし、ギースの口からは思いもよらぬ言葉が返ってくる。


「ボクはね、妹の命さえ救えればそれで良いんだ」


「妹の命? それって……」


「ラナには関係ないことだよ。君の考えや意見もボクには関係ない。だから、英雄志願者としてではなく、聖十字騎士団の団員としてでもなく、人生の先輩として一つだけ教えてあげるよ」


 英雄に対して純粋すぎるほど真っ直ぐな憧れを抱いているラナに対して、ギースは哀れみの目で見つめた。同時にその真剣さのせいで、自分の中にある正義を否定されたような気もしていていた。


「君の考える正しさや、守りたいものが全員にとってのそれじゃない。ボクはこの一年間、色んな英雄志願者と出会って、色んな考え方があるって分かった。ボクは、ボクの正義のために、絶対に守りたい人のために英雄志願者としてここにいる。だから、軽々しくフェイカーだと決めつけるのは良くないと思うよ」


「ギース……先輩……」


 話を聞いているうちに、自分が今の英雄志願者たちに偏見を持っていたことに気がつく。そして、ギースのことをちゃんとした先輩と思うようになり、自然と口から“先輩”の二文字が出てきた。


「もうボクのことは先輩と呼ばなくていい。ただ、ラナには少し考えてほしい。フェイカーと言われて、酷い仕打ちを受けても英雄志願者で在り続ける人たちの気持ちや想いを」


 フェイカーだと思って話をしていたのに、その眼は真っ直ぐ嘘偽りなく、決してブレない芯が通っている。もうラナにはギースのことをフェイカーだと言うことはないだろう。


 ギースは、椅子から立ち上がると無言でラナの横を通り過ぎた。


 妹の命さえ救えればいい。なぜか、その一言がずっと心に引っ掛かる。そして、思い浮かぶのはスフィアのこと。一人になりたくないと悲しみ涙を流しながらも、毅然とした態度で振る舞い、目的のためなら死を覚悟して突き進んでいく。勇敢で逞しく見えるスフィアだが、本当は不器用で危なっかしくて、寂しがり屋。そんな女の子をラナは知っている。守ってあげなくなる。


「ギース先輩! 俺にも守りたい女の子がいます……。 だから、俺にも誰にも譲れない想いはあります」


「そっか。ラナにも、守りたい人がいるんだね」


「はい」


「それなら、君は君自身の正義を貫くといいよ」


 ギースは見た目に似合わないカッコいい捨て台詞を残し、颯爽と立ち去る。


「ギース先輩! ありがとうございました!」


 ラナは自室へ戻るギースの背中に向かって、深々と頭を下げ、尊敬の意を表して見送った。


 ――ん? ちょっと待て。


「ギース先輩!! 掃除はどうしたんですか!?」


 顔を上げると、小走りで去ろうとしていたギースを引き留めた。


「あれ? まだ終わってなかったっけ?」


 掃除のことはなかったことのように、すっとぼけている。しかし、ラナは決して見逃さない。


「掃除は絶対に終わらせないといけないんですよね? ちょっといい話をしたからって、逃がしませんよ」


「あ、急用思い出した。ラナが外出することは誰にも言わないから、一階の掃除もよろしく! んじゃ!」


 ギースは部屋へ戻ることをやめ、表情筋の至る所をピクピクと痙攣させながら近づいて来るラナから逃げるように、寮の外へと出て行ってしまった。


「あ! あのキノコ頭! ちょっとは見直したのに! きいいい!!」


 逃げたギースを追っている時間はない。地団駄を踏みながら掃除に戻ってみると、一階は半分どころか全部掃除されておらず、結局ラナ一人で第二寮全部を掃除する羽目になってしまった。


 ギースの話で、色々と考えさせられたラナは掃除中も考え続けていた。英雄志願者とは何なのか、守りたいもののために英雄志願者として存在し続けることは本当に正しいのかと。


 正午になる頃には一通り掃除をし終え、グランバードが定めた通りに昼食は寮内にある食堂で食べることにした。食堂に入ると、午前中で任務を終えた数名の団員たちが席に座っていた。晩餐会の時以外は自分の好きな場所に座って良いらしい。


 掃除も考えることも疲れたラナは、ほとんど人がいない隅っこの席を選び、腰を下ろした。するとそこへ、ラナを待っていたレオンが歩み寄る。


「ラナ様、お疲れ様です。今日の昼食をお持ちしました」


 レオンが運んできた皿には、豆が二つ。昨日の焦げた豆一つに比べると多少は評価が上がったように見える。


「今日は、焦げてない豆みたいですね。しかも二つ」


「はい。本日はバター風味の豆にしてみました。ちなみに二粒なのは朝食を食べていらっしゃらなかったからです」


「そうですよね。何もしていないのに豆二つ分の評価になる訳ないですよね」


 少しがっかりした表情をしたラナを見て、レオンも心苦しそうにしている。一つ、二つと口へ運び苦笑いを交えながら食べる姿はあまりにも可哀想だ。昼食時はシェフたちも晩飯の下ごしらえなどに追われているため、調理場は慌ただしく、レオンは昨晩のように別で料理を作ることができずにいた。


「あの、もし良ければ私と一緒に買い出しへ出掛けませんか?」


 まだまだ下っ端のレオンは、買い出し係としての仕事も兼ねている。それを上手く利用してラナを連れ出し、外食をさせようという考えだ。


 ――買い出しか……。確かにそれなら理由はあるし外に出たのがバレたとしても言い訳はできるよな。


 できる限りリスクを最小限に抑えたかったラナは、これを利用しない手はないと乗り気だったが、レオンは外出禁止になっていることを知らない。


「えっとね、買い出しに行くのは構わないけど、実は……」


 ラナは自分がグランバードの命令で外出を禁じられていることを話した。


「外出禁止ですか。確かにそれは見つかると大変そうですね。やっぱり買い出しは私一人で行くべきですね」


「ちょ、ちょっと待って! 俺、任務以外の時間はやらなければならないことがあって、どうしても寮の外に出ないといけなくて」


「やらなければならないこと? それって私が聞いても良いことですか?」


「……うーん。聞いたらダメって訳じゃないんだけど……」


 一人でも多く協力者が欲しいところだったが、昨日今日で信頼できるような仲にはなっていないレオンに軽はずみな考えで話していいものかと躊躇(ためら)い、少し悩んだ末、


「ごめん。ちょっと今は話せない。でも、悪いことじゃないよ。ただ、どうしても時間が必要なことで……」


 と、女王の魔法杖(クイーン・マギカロッド)を探していると言い出すことはしなかった。それに、ここは魔女を敵対視する聖十字騎士団のホーム。口が裂けても言えるはずがない。


「ラナ様のことですから、カルネの時みたいに誰かを助けるためとか他の人のためですよね」


「まあ、他の人のためといえばそうだけど……」


「分かりました! 私で良ければ、協力させてもらいますよ」


 レオンはラナの気持ちを汲み取ってくれたのか、それ以上踏み入った話をせず受け入れてくれた。


「本当!?」


「当然です。私はラナ様の専属シェフですから」


 これぞ正に神対応。優しさと懐の深さが滲み出るレオンの神対応に感激し、ラナは言葉にならないほどの感謝を熱い視線に乗せて送り続ける。

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