47話 『見ず知らずの優男に救われました』
早朝六時。
第二寮一階集会所にて行われる集会に参加することになったラナは、総勢四十二名の英雄志願者たちがグランバード寮長を前にして、七名ずつ六列に整列する最後尾で眠気が覚めない目を擦りながら並んでいた。
「今日も平和な朝を迎えられたのは誰のおかげだ?」
寝起きとは思えないくらいの声量で、グランバード寮長は問い掛ける。そして、
「「「聖十字騎士団!」」」
と、ラナ以外の団員たちは声を揃え答えた。
――何これ……?
「お前たちは何だ?」
「「「聖十字騎士団!」」」
「……せ、聖十字騎士団」
何が始まったのかさっぱり分からないラナは、他の団員たちに続いて小さな声で繰り返した。
――これって、毎朝やっているのかな。
戸惑いつつも、流れを掴み始めたラナは声を合わせられるようにグランバードの声に耳を傾けた。
「世界を平和へ導くのは誰だ?」
「「「聖十字騎士団!」」」
少し小さい声でタイミングを合わせるようにすると、上手い具合に全員と声を合わせることができた。
――やっぱり、全部聖十字騎士団って言えばいいのか。よし、次はもっと大きな声で言うぞ!
グランバード寮長に自分のやる気を見せるために、誰よりも大きな声で言おうと大きく息を吸い込み次に備えた。
「各自、掲示板を確認し本日の任務に就け!」
「聖十字騎士団!!」
無情にもラナの大きな声だけが大気を揺らす。
「は?」
団員たちは一斉にラナの方へ振り向いた。
大きな声を出すことだけに集中していたラナは、タイミング悪く言わなくていい場面で大声を張り上げしまい、違う意味で注目の的になってしまった。
「おい、最下位。俺の話を聞いていなかったのか?」
「い、いや、その……」
「遊びでここにいるのなら荷物をまとめて帰れ」
「し、失礼しました! 以後、気をつけます!」
完璧にやる気が空回りしている。
朝っぱらからグランバード寮長の機嫌を損ねてしまったラナは、物凄い剣幕で睨みつけるグランバードの視線に直立姿勢のまま動けなくなっていた。
「グランバード寮長。彼は初めて集会に参加したのですから、タイミングが合わなくて当然です。それよりも、全力で声を出したことを褒めるべきかと――」
ラナを擁護したのは、第二寮で一番の優男アルフレッドだった。
「アルフレッド。お前は少し甘すぎるぞ。此奴のような協調性のない奴がいると、任務に支障をきたしかねない。最悪、仲間の命を危険に曝すことになる」
「しかし――」
「どちらにしても、この最下位には簡単な任務でも任せるつもりはない」
アルフレッドが再び擁護しようとさたが、その言葉を遮るようにグランバードは畳みかけて来た。
「えっと、俺は何をしたら……」
「掃除だ」
「そ、掃除ですか?」
「不服か?」
「不服ではないですけど、俺にはやらないといけないことがあるので、掃除をしている場合ではないと言うか、何と言うか」
王都西地区ヘスペラウィークスに、女王の魔法杖を探しに行かないといけないとは口が裂けても言えない。まだ聖十字騎士の称号を持っていないラナが、単独で行くことができない場所へ行こうとしていると知られれば、何を言われるか分かったものではない。
「はっきりしないな。何か言えないことでもあるのか?」
未だに白銀の猫が魔女と関係しているのではないかと疑っているグランバードは、かなり怪しんでいる顔をしながら、威圧感たっぷりに近づいてくる。
「い、いえ。言えないことではないですけど、個人的なことなので時間があればなぁ。なんて思っただけで……うぐっ!?」
グランバードはラナの胸倉を掴むと顔を近づけて、今にも人を殺しかねないほどの目力で睨みつけた。
「ふざけるな。最下位の貴様に自分の時間があると思っているのか? 貴様は自分の腕を磨くための鍛錬を積まなければならない。終焉の日が復活するまで、もう一年を切っている。個人的な時間があると思っているのなら大間違いだ!」
「も、申し訳ありません。身の程知らずでした」
「……」
睨みつけたまま黙っているグランバードの恐ろしさと言ったらなかった。
いつもの癖で土下座をしようとしたのだが、胸倉を掴まれてそれはできない。何度も小刻みに頭を縦に振りながら、「すみません、すみません、すみません」と、平謝りするしかなかった。
その様子を見ていた他の団員たちは、とばっちりを受けないように掲示板に書かれていた依頼書を確認すると、すぐさまその場からいなくなってしまった。
「グランバード寮長。彼も何かしら事情があるのでしょう。私たちもそろそろ任務に向かわなければなりません」
完璧に堪忍袋の緒が切れ、我を見失っているグランバードを見かねたアルフレッドは冷静さを取り戻させようと話し掛けた。
「何だって?」
「ですから、私たちもそろそろ任務に向かわなければならないので、急いで支度をして頂けますか?」
「ああ、任務だったな」
我に返ったグランバードはラナの胸倉から手を放すと、一歩下がり鼻息を「ふんっ」と吹いて一つだけ任務をラナに告げる。
「ラナ・クロイツ。貴様に任務を与える。これから一か月間“掃除係”として働き、この寮から一歩も外へ出ることを禁ずる」
「つっ……。わかりました。誠心誠意込めて掃除をさせていただきます」
ええぇぇえぇええ!? と叫びたいラナだったが、口答えするのは自殺行為だと判断して叫び声を飲み込んだ。
――いや、いや、いや。一か月も掃除している場合じゃないんだって!
魔女狩人から女王の魔法杖の情報を聞いたのは一週間くらい前のこと。それ以前からそこにいることを考えても、今からさらに一か月も探しに行けないのは、女王の魔法杖を探し出せる可能性を低くする要因になりかねない。
しかも、女王の魔法杖を探しているのはラナとスフィアだけではない。最悪の場合、他の女王候補であるスフィアの姉たちの誰かが先に手に入れてしまっている可能性もある。それを考えても一刻の猶予も許されない状態だ。
――グランバード寮長が直々に提案した任務を放棄したら、絶対に不味いよな。どうする。どうする。どうしたらいいですかスフィア様ぁぁああ?!
ここから届くはずのない心の声を叫ぶラナ。それを知ってか知らずか、グランバードが任務の準備に向かった後、その場に残っていたアルフレッドがこっそりと耳打ちした。
「グランバード寮長の任務は難易度S以上が基本だから、晩御飯の時までは戻ってこないよ。幸いにも君の任務は掃除だけだし、他の団員にも寮から出るのを禁じられたことは聞かれていない。それに早く掃除が終わってしまえば、あとは自由に過ごすことができる。君がその時間をどう使うかは知らないけれど、上手く活用すると良いよ」
そう告げ終えると、にっこりと微笑みかけて去っていった。
優しい性格からなのか、話の途中で大体の察しが付いてしまった内容を懇切丁寧に教えてくれた。まだ名も知らない、立場も分からないアルフレッドからの助け舟は、パニックに陥っていたラナを落ち着かせるには十分だった。
――誰か分からないけど、掃除を終わらせたら好きに行動しても問題ないってことだよな。
「よし! そうと決まれば、さっそく掃除しちゃいますか!」
目的が定まったことで、再びやる気が戻ってきたラナは、早急に掃除を終わらせるようと気合を入れた。
「あの……」
「うわっ!?」
ボソッと、か細い声で話し掛けられたラナは声を上げて心底驚いた。そーっと声のする方を向いてみると、晩餐会の時に一人寂しく食事をしていた気弱そうな男が、もじもじしていた。
――まさか、さっきの話全部聞かれた?!
不味いことになってしまったと顔が強張るラナは、気まずさを感じつつ、気弱そうな男に対して引き攣った笑顔で返した。





