46話 『最高のサプライズが待っていました』
「ラナ・クロイツ様。お待ちしていました」
「レオンさん!? どうして、ここにいるんですか? 晩餐会に参加しているはずじゃ――」
部屋の前に立っていたのは、ラナの専属シェフになったばかりのレオンだった。
「晩餐会に参加できるのは、あなたたち聖十字騎士団の団員様たちだけですよ。私は料理を作るだけのシェフですから。ラナ様に食事をお届けした時点で私はその役目を終えています」
「そうなんですか」
「ええ。私の料理は堪能して頂けましたか?」
ラナの気持ちを察してくれないのか、レオンは焦げた豆について訊いて来た。
「一粒しかなかったから、お腹も膨れなかったです。一応ゆっくり噛んで食べたけど、正直言って苦くて不味かったです」
「そうですよね。当然の感想だと思います」
レオンは、ガッカリとした表情を浮かべて俯いた。
「ごめんなさい! せっかく俺のために作ってくれたのに、不味かったなんて言ってすみません」
グランバードによる精神的猛攻に耐え、毅然と振舞っているつもりだったラナは、思っていた以上に心にダメージを負っていたため、レオンの気持ちも考えずに思ったことをありのまま伝えてしまった。ラナは申し訳ないと思い、深々と頭を下げた。
「ラナ・クロイツ様、頭をお上げください」
「でも……」
ラナはレオンの顔色を窺うようにして頭を上げた。
「あんな物を料理と言ってくださった上に謝ってくださるなんて、貴方は面白い人ですね。本当に英雄志願者様ですか?」
レオンは今まで見て来た英雄志願者たちからは想像ができない行動に驚きを隠せなかった。そして、ラナの謝り慣れていると思わせる綺麗な謝罪の姿勢にふっと笑みを浮かべる。
「何か変かな? やっぱり、俺が英雄志願者だと可笑しいかな?」
「いえいえ。可笑しいだなんて滅相もありません。貴方は他の英雄志願者様とは少し違って、相手の気持ちを考えられる人のようだ。とても良い心の持ち主で安心しました。もし、フェイカーの専属シェフになっていたら苦痛で耐えられなかったと思います」
そう言うとレオンは、「こちらへどうぞ」と、部屋のドアを開けラナを中へと招き入れた。中に入ると真っ先に目に入ったのは、木製の丸い机の上に立てられた一本の蝋燭の灯りが暗がりにぼんやりと浮かび上がっていた。
「ラナ・クロイツ様。どうぞお掛け下さい」
「え、あ、はい。ありがとうございます」
レオンの流れるようなエスコートに導かれるまま、椅子に腰掛けた。
「ラナ・クロイツ様。聖十字騎士団へのご入団、誠におめでとうございます。そして、第二寮へようこそいらっしゃいました。改めまして本日よりラナ・クロイツ様の専属シェフとしてお食事のお世話をさせて頂きます。レオン・ロイドと申します」
「あ、ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」
今まで経験したことがない丁寧な扱われ方に戸惑いながら、レオの丁寧な挨拶に答えた。
「先ほどはグランバード寮長様の指示があったとは言え、あのような物をお出ししてしまい申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます」
レオンは右手をそっと自分の胸に添えて、片膝を突き、頭を垂れ心からの謝罪をした。
――やっぱり、グランバード寮長の指示だったんじゃないか!
白々しく、自分ではないようなことを言っていたグランバードに怒りを覚えつつ、
「や、やめてください! レオンさんが謝ることじゃないですよ! 指示を出したのはグランバード寮長ですし、レオンさんに頭を下げてもらえるほど偉くないですから!」
と、深々と頭を下げ謝罪するレオンの側へ行き、肩を掴んで顔を上げさせようとした。しかし、レオンは頑なに頭を下げ続けた。
「何とお優しい。しかし、私はグランバード寮長が正しいとは思えないまま、自分の流儀に反することをしました」
「そ、そんなこと言って大丈夫ですか?! こんなこと誰かに聞かれたグランバード寮長が黙っていないんじゃ!?」
「確かにグランバード寮長は、ここでは絶対的な存在です。でも、それとこれとは別の話。私たちシェフはどんな相手であれ満足のいく美味しい料理を提供する。そして、笑顔になってもらうことが喜びでありやり甲斐です。だから、あんな料理を貴方にお出しした自分が許せないのです」
あの焦げた豆を出したことを心の底から悔やんでいる姿からは、シェフとしての信念と誇りがひしひしと伝わってくる。
「レオンさんに、そんな思いをさせてしまったのは俺にも責任があります。俺が模擬戦で結果を出していれば、焦げた豆なんて出す事もなかったんですから」
「そんな、ラナ・クロイツ様は何も悪くない――」
「それにしてもレオンさんも面白い人ですね」
「え?」
何を言っているのかと、思わず頭を上げラナの顔を見た。
「最下位のレッテルを貼られた新入団員の俺なんかに頭を下げてくれたし、俺は全然気にしてないんで、レオンさんの美味しい料理を楽しみに頑張りますよ!」
気持ちの良い笑顔でそう言ったラナに元気づけてもらったレオンは、スッと立ち上がりラナを椅子に座らせた。
「貴方は本当にお優しい人だ。でも、入団初日の大切な日にあのような食事だけで終わらせてしまうのは不本意ですし、申し訳が立ちません。なので、こちらを用意させて頂きました」
机の上にある蝋燭を取り除くと、エプロンのポケットから真っ白いナプキンを取り出し、何もない机の上に被せた。そして、ラナにニッコリと微笑みかけ、パチンと指を鳴らし、一度被せたナプキンをふわりと取り除いた。すると、机の上には焼き魚とパン、そしてスープが現れた。まるで魔法のように。
「これ……、俺のために!?」
「そうです。こっそり作って持ってきたので、残り物の食材でしか作れませんでしたが、黄金魚の切れ端をグリルしたものと無酵母のパン、雲のような体毛が特徴的な雲羊から出汁を取ったスープをご用意させて頂きました。お口に合うか分かりませんが、お召し上がり下さい」
「レオンさん……。有り難く頂きます……」
レオンの心遣いに自然と涙が溢れてくる。まだ焦げた豆の苦みがほんのり残っている口の中にフォークにナイフ、スプーンを使って次々に運び入れる。そして、一口一口ゆっくりと噛みしめるように味わって食べた。
優しさという隠し味が相まって、今まで食べた中で一番の美味しさだ。
「お気に召して頂けましたでしょうか?」
「死ぬほど美味しいです! こんなに美味しいの、最近食べた英雄特盛ステーキ以来です!」
「英雄特盛ステーキ……ですか?」
「あ、英雄特盛ステーキっていうのは、俺が一週間くらいお世話になった店のおすすめ料理で王都では有名な料理みたいで、いくら食べても全然飽きないんですよ!」
「もしかして、弟を助けてくれた人ってラナ・クロイツ様だったんですか?」
「弟? え? あ、レオン・ロイドって、まさかロイドさんの!?」
「やっぱりそうだったんですね。お察しの通り、その店の主は私の父親です」
「うっそぉぉおお!?」
まさかの偶然だった。
店主には無償で食事と宿を提供してもらい、その息子は規則を破ってまで、美味しい料理を食べさせてもらった。親子揃って優しさを与えてくれるなんていう偶然は、傷心しているラナにとっては神が齎らした奇跡の贈り物としか思えない。
テンションが上がったラナは、王都へ来た時に店主にお世話になったこと、弟のカルネと飼い猫のアレキサンダーを捜したことを話した。その後も、団長たちが晩餐会を終える直前まで大概のことを話し盛り上がった。
「久しぶりに楽しいひと時を過ごせました。もう少しお話していたいですが、そろそろ行かないと怪しまれますので、私はこれで戻ります」
「あ、ごめん! レオンさん本当にありがとうございます!」
「いえ、私の方こそラナ様の専属シェフになれて、本当に良かったです」
「様付けなんて俺には似合わないからさ、ラナって気軽に呼んでください! 俺の方こそ、レオンさんが専属シェフになってくれて良かったし!」
「では、私のこともレオンとお呼びください」
「わかった! ありがとうレオン! また美味しい料理楽しみにしているから!」
「もちろんです。毎回出来るかは分かりませんが、可能な限りラナが満足するような料理作って来ます」
何と嬉しいサプライズだろうか。
レオンが専属シェフになってくれたおかげで、最悪な最初の晩餐になるはずが、最高の思い出になる最初の晩餐になった。
――本当に、ありがとう。
ラナは心からレオンに感謝し、お腹が満たされると、一日の疲れがどっと出たのか。そのまま机に突っ伏して眠りについた。





