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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第5章 『最初の晩餐と最下位男の専属シェフと消えるキノコ』
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45話 『弱者だろうと、前に進み続けるしかないと思いました』

「皆の者! 美味いものは熱いうちに食え! 味わえ! そして、世界を平和へと導く己の活力に変えろ!」


 ラナが豆を食べ終えた頃合いを見計らったかのように、グランバードは団員たちに食事をするように指示を出した。


 ラナをバカにしてゲラゲラと笑っていた団員たちは、バカでかい声で「いっただっきまーす」と、目の前にある美味しそうな料理に手をつけ始めた。


 色鮮やかな盛り付けがされたサラダ。

 香ばしい匂いのする焼きたてのパン。

 絶妙な塩加減の焼き魚。

 こんがり焼き上げた肉料理。


 団員たちは、品のない食べ方で様々な種類の料理を貪り、それはもう美味しそうに食べている。もう食べるものがないラナには、見るに耐えない光景だ。


 ――なんで、こんな目に合わないといけないんだよ。


 同じ空間にいるはずなのに、一人だけ牢屋に入れられ屈辱的かつ精神的に追い詰められる拷問を受けている囚人のような気分だった。


 ――あれ?あの人も俺と同じなのかな。


 理不尽な仕打ちに嘆き悲しんでいると、ラナと同じように団員たちが食べている姿を眺めている気弱そうな男の姿が見えた。


 同族嫌悪(どうぞくけんお)という言葉があるのなら、これは同族愛好(どうぞくあいこう)とでも言おうか。彼には、なぜだか親近感が湧いてくる。特にすることもないラナは、自分と似た境遇の人がいることに不思議と安心感も湧いてきて、気弱そうな男を黙って見つめていた。


「何を見ている?」


 もう話すことはないと言っていたグランバードだったが、じっと熱い視線を送っていることに気づくと声を掛けてきた。


「……あ、すみません。ちょっと考え事を」


 会話をすることも嫌になっていたラナは男から目を逸らし、何事もなかったかのようにまた目の前にある皿を見つめ始めた。


 グランバードと話したくないと思ったのもあるが、ナイフやフォークが奏でる楽しげな音と視界に入る全てのものを遮断し、頭の中を真っ白な皿のようにして現実逃避するためだ。


 相変わらず、誰が見ても分かり易いラナの態度には、グランバードもすぐに気づいた。


「あの男が気になるのか?」


「いえ、特に気になっているという訳では……」


「名前は忘れてしまったが、一年前に入団してきた男だったはずだ。特に力も無ければ、大した働きもしない。貴様が将来なっていそうな男だな」


「俺は気にしていないと言ったはずです」


「まあ、いいさ。貴様が何を考え、何をしようが知ったことではないが、俺の足を引っ張るようなことだけは許さん。何度も言うようだが、規則だけはしっかりと守れ」


 無心になろうと集中して皿を見つめ続けるラナに、グランバードは重々しい口調で規則を守るように強要してきた。


「規則ですか?」


 グランバードの機嫌を損ねて、これ以上理不尽な仕打ちを受けたくなかったラナは渋々訊き返した。


「そうだ。ここでの規則は大きく分けて三つ――」


 ひとつ、グランバード寮長の命令には絶対に従うこと。

 ふたつ、第二寮は女性禁制。魔族禁制。

 みっつ、弱肉強食。弱者は強者に対して絶対服従すること。


「――以上が第二寮の規則だ。覚えておけ。お前がどれだけ弱くて大嘘つきだったとしても、規則ぐらいは守れるだろう。万が一、規則を守れないようなことがあれば、焦げた豆を食わされるだけでは済まされないからな」


 頼みの綱で心の支えにもなり始めていたスフィアも、女の子で魔族だから第二寮には入ることは許されないし、グランバードからの印象も最悪だ。ただでさえマイナスな印象からのスタートなのに、晩餐会に参加してから大嘘つきという新たなレッテルを追加されてしまう始末。


 これは規則を絶対守らなければならないと大変な事になる。そんな妙なプレッシャーを感じつつ、焦げた豆を食べさせられる以上のこととは一体何なのだろうか。と、ラナは想像した。


 ――最悪でも死罪はないはず、そうじゃなくても独房行きはありえるか。いや、もしかしたら思っている以上に軽くて飯抜きかも。


 それほど多くない簡単な規則さえ守っていれば大丈夫だというのに、ラナは規則を破ってしまう前提で考えていた。


「人の話を聞いているのか? 返事はどうした」


 グランバードの声で我に返ったラナは少し冷静に考えを改めると、第二寮での身の振り方が少し分かった気がした。


 ――結局のところ、俺は模擬戦最下位でまったく期待されていない弱者。先輩団員は俺よりも格上の存在で、その頂点に君臨しているのがグランバード寮長。つまり、俺以外の人たちには一切逆らわなければ問題ないってことだよな。


「失礼しました! 規則はしっかりと守らせて頂きます! そして、グランバード寮長に恥をかかせないためにも日々精進致します!」


「ほう、規則を守って日々精進するか」


「はいっ!」


「早速だが飯を食い終えたのなら、自分の部屋へ戻れ。貴様のような弱者が目の前に座っているのは、目障りだ。美味い食事も不味くなる」


「申し訳ありません! 俺のような最下位の弱者がグランバード寮長のお側で食事ができたこと、とても光栄に思います! 本日はこんな俺のために歓迎の晩餐会をありがとうございました! すぐに部屋へ行かせて頂きます!」


 あまりに酷い仕打ちをされたせいで、悲観的になっていた考えが百八十度変わった。郷に入っては郷に従え。グランバードが第二寮での絶対的存在であるならば、気に入ってもらえるように今できることを頑張ればいい。それ以外に出来ることなど何もないのだから。


 ――さすが俺だよなぁ。英雄になるために生まれてきたからこそ、こういう精神的ダメージを与えるような試練も待っていたって訳か。


 単なる開き直りといっても良いだろう。

 なぜそんな考えに至ったのかは言うまでもないが、ラナは追い詰められれば追い詰められるほど、バカなくらいにポジティブな考えに至ってしまうタイプだということだ。


 絶望的に思える状況でも、ちょっと良い方向に考えた途端、バカの一つ覚えのようにそれに向かって突き進んでしまう。良くも悪くもそういう性格でなければ、ここでの寮生活はお先真っ暗になってしまうに違いない。


「おい」


 グランバードは、席を立ち食堂を出ようとしたラナを呼び止めた。


「……はい」


 ラナは恐る恐る振り返る。


明朝(みょうちょう)六時に集会を行う。遅刻はするな」


「はいっ!」


 単なる連絡事項だったので、ラナは元気よく返事をした。そして、全く精神的に堪えていないような笑顔を見せると、背中に羽でも生えたのかと思うくらいに軽い足取りで食堂を後にした。


「ラナ・クロイツか。可笑しな奴だ」


 精神的な追い込みをかけ、生きて行く上で必要不可欠な食の自由を奪い、立ち直れないくらいにしたつもりだったのに、逆に元気になっているどころか楽しそうな表情を見せるラナを不思議そうな顔で見送った。


「グランバード寮長。本当に、あのようなもてなしで良かったのでしょうか?」


 ラナが食堂から出て行ったことを確認するや否や二人の会話を黙って聞いていた一人の男がグランバードに話し掛けて来た。


「構わん。ここへ入団するものは基本的にフェイカーばかりだからな。実力がないのは仕方ないが、生半可な覚悟しかない甘ったれた考えの奴なら自分からここを去るだろうさ。それとも、副寮長殿は俺のやり方が気に食わないか?」


 毎週行われている歓迎の晩餐会で、グランバードが毎回のように手荒な歓迎をするのを見ていた男は、少しやり過ぎではないのかと心配になっていた。


「気に食わないわけではないですが、最初からやり過ぎではないかと。ですが、グランバード寮長の考えは正しいです。これから先、戦いは過酷になります。力のないものや、覚悟のないものは遅かれ早かれ命を落としかねませんから……」


「まったくお前はいつも言いたいことは後回しだな。何かほかに言いたいことがあるのだろう?」


「さすが、グランバード寮長ですね」


「それで、言いたいことは何かな? 副寮長殿」


「その副寮長殿というのは、やめて頂けますか?」


「小さなことばかり気にするやつだ。まあ、お前の働きは目を見張るものがあるからな。それくらいは大目に見てやろう。これからも俺の補佐役と専属シェフの兼任を頼んだぞ、アルフレッド」


「ありがとうございます」


 アルフレッド・ヘーガーは、グランバードの専属シェフとして王都で一、二を争うほどの料理の腕を持ちながら、第二寮副寮長を務めるほどの実力者。厳しいグランバードとは対照的に、同じ第二寮の仲間であれば、強者だろうと弱者だろうと分け隔てなく接してくれる優しい男だ。その性格で第二寮内の英雄志願者たちからの信頼も厚い。


 外見一つとっても、完璧。サラサラとした金髪と中性的な顔立ちから、一度外に出れば黄色い歓声を浴び続けるほど女性ファンが多い。そんな彼がいるおかげで、第二寮のバランスは上手く保たれている。


「最後に一つ、耳に入れておきたい事が……」


 そう言うと、グランバードに耳打ちをした。


「そうか。ヘスペラウィークスに……。詳しい情報が入り次第、報告しろ」


 アルフレッドは軽く頷き、


「次の食事をお持ちします」


 と、言い残し調理場へ戻った。


 ラナがいない食堂では、その後も楽しい晩餐会が続いた。その一方で、五階に辿り着いたラナは、とある人物が部屋の前で待っていたことに目を丸くして驚いていた。

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