43話 『嬉しくないけど、有名人になっていました』
医務室のある闘技場から一歩外へ出ると、揺らく暖かな火を灯したランプが道の両側に植えられた木々の枝一本一本に括り付けられ、とても落ち着く雰囲気がする並木道が横一直線に伸びていた。
並木道に植えられた木々は、かつての英雄エルシドが斬り倒してしまった千本の木々の苗木を植えた木が育ったものだ。
その並木道を王宮側へ進んで行くと、白煉瓦を基調とした騎士寮が王宮を挟み両側に五寮ずつ、そして並木道を跨いだ王宮の正面に伸びる大きな道の両側に五寮ずつ、列をなすように聳え立っている。
白を基調としている理由は、“平和への意志”と“正義の心”という意味が白色にあるからだ。
王国のために戦う騎士たるもの、その二つを忘れてはならないという意味合いを込めて、先代の国王が建築士に頼み建てさせたものが、九〇〇年もの歳月が流れても、今もこうして、堂々と建ち並んでいる光景からは聖十字騎士団の歴史を感じさせるものがある。
そんな歴史ある騎士寮には、一つの寮に五〇人近い英雄志願者たちが住んでいる。五つに分かれたフロアごとに一〇部屋ずつ部屋が用意され基本的には二人一組の相部屋だったが、魔族との契約が一般的になった今では、一人につき魔族一体いう組み合わせで生活しているものも少なくない。
「おい。着いたぞ。これからお前が住むことになる第二寮だ」
――これが俺の新しい家になるのか。
第二寮は、王宮に向かって一番右端から二番目に建っている。並木道から見える寮の側面には聖十字騎士団の紋章と二つの十字剣が嵌め込まれていた。さらに右側にある第一寮には一本。十字剣の数によって、第何寮なのか区別しているようだ。
晩餐会に一抹の不安を覚えながら、中央の入り口から騎士寮内に入ると、集会が行えそうなほどの広間があり、正面には各フロアに繋がる階段があった。
「よし、止まれ。騎士寮内では俺のことは団長ではなく寮長と呼べ」
「分かりました! グランバード寮長!!」
「よし、まずここの広間について教える。一度しか説明しないからよく聞いておけ。ここは毎朝個別に任務を伝えるための集会場所だ。右の壁にある掲示板は、ある程度実力を備えた者が行う任務が担当する英雄志願者の名前が記載された依頼書が貼り出される。はっきり言って最下位である貴様が行える任務が、ここへ貼り出されることはないだろう」
――最後の必要か? 俺だって好きで最下位になった訳じゃないんだけど……。
模擬戦で良い結果が出せなかったとはいえ、ここまで期待されていないのは結構傷つく。
「反対側の掲示板には、新入団員や貴様のような力のない者が行う雑用の内容と担当者の名前が記載された依頼書が貼り出される。しばらくの間は、ここに掲載される仕事を熟してもらうことになるだろう」
「……分かりました」
――マリーさんはもっと優しくしてもらっているんだろうなぁ。マリーさんがあれだけ舞い上がってしまうくらいのルミナさんと同じ地位なら、グランバード寮長って意外と凄い人なのか?
そんなことを考えながら、どんな内容の依頼書が並んでいるのかと興味本位で右側にある掲示板に目をやる。するとそこには、
【AA討伐任務。第二団長グランバード・シュタイン。他、第二団長による選抜にて当日の討伐隊を編成】
と、討伐任務の依頼書がグランバードの名とともに貼り出されていた。
「グランバード寮長、このAA討伐任務っていうのはなんですか?」
「貴様には関係ないことだと言っているのが分からないのか?」
「あ、その、グランバード寮長の名前が目に入ったので、どれくらい難しい任務なのかなと思いまして……」
「AA討伐任務は、最高難易度SSS討伐任務よりも四つ下の難易度の任務だ。難易度A以上からは生死に関わる重大な任務が大半だからな、基本的に指名がない限り、聖十字騎士団の中でも軍神ミネルヴに認められた才ある英雄志願者のみが任される。ちなみにその討伐依頼は、南門を壊した何者かを特定し討伐するというものだった。つまり、地獄の猟犬の討伐。貴様と同じ名前の男が倒したらしいな」
グランバードは皮肉たっぷりにそう言った。
やはり団長を任されるほどの実力者。地獄の猟犬ですら、最高難易度ではないとするとグランバードの実力は測り知れない。しかし、団長クラスが任されるような任務にまだ一般人だった自分を討伐に向かわせたと考えると、グランバードがどれだけ非情な男なのかとラナは恐ろしくなった。
これはますます、晩餐会に対する恐怖が増大する一方だ。
「話は逸れるが、貴様が知っておくべきことは自室についてだ。各フロアの階段を中心に左右に五つずつ部屋がある。貴様の部屋は最上階。階段を上がって左にまっすぐ行ったところにある。荷物は既に運び込まれているから、晩餐会が終わり次第すぐ部屋へ行って荷ほどきをしておけ。寮についての説明は以上だ」
「ありがとうございます」
部屋の話よりも、これから控えている恐怖の晩餐会がどんな内容なのかが気になっていた。
そして、その時はもうすぐそこまで迫っていた。
グランバードは説明し終えると、前方の階段を下り、地下へ進んだ。下りてすぐに木製の大きな両開き扉があり、扉の向こうからは男たちの騒がしい声が聞こえている。
どうやら、この扉の向こうが晩餐会の会場らしい。
ゴクリと、喉仏を上下に動かし、どんな晩餐会になるのか不安でしかないラナの心臓ははち切れそうなほど脈を打った。緊張のせいで軽く目眩までしてくる始末。
「集まっているようだな。さあ、ここが貴様を歓迎する晩餐会の会場だ」
心の準備が出来ないまま、ギイイイと不気味な音を立てながら扉が開かれ、晩餐会の会場へと招き入れられた。
中に入ると、焦げ茶色をした木製の机と椅子が綺麗に並べられている。軽く辺りを見渡してみると、初老の人もいれば若い人もいて年齢層は幅広いようだ。残念なことに女子寮があるせいで、むさ苦しい男ばかりが顔を連ねている。
「皆の者、待たせたな」
「グランバード寮長、遅いですよぉ!」「腹ペコだぜ」「飯だ、飯ぃ!!」
グランバードの登場に沸き立つ食堂内。男たちの熱い視線が集まる。
「すまないな。この新入団員を迎えに行っていたので、遅くなってしまった。さあ、皆の者に自己紹介を」
グランバードは自己紹介をしろと、ラナの背中を押して一歩前へ押し進めた。
「えっと、皆さん初めまして! 俺はアルカノ村から来たラナ・クロイツです! 今日から第二寮でお世話になります! よろしくお願いします!」
緊張しながらも、しっかりと大きな声でハキハキと挨拶と自己紹介をした。
「おお! あのラナ・クロイツが第二寮に来たのか!」「すげぇ!」「楽しくなりそうだ」
ラナを歓迎するような言葉が飛び交い、大きな拍手が食堂内に響き渡った。
と、都合の良い耳をしているラナはそう聞こえていたのだが、実際には、
「ラナ・クロイツって「俺は長剣使いの英雄だ!」とか大口を叩いていたガキか!?」
「こりゃあ、面白そうだな!」
「ひゅー! ひゅー! 長剣使いの英雄様が来たぞ!」
ここにいる大半が模擬戦を観戦していたこともあり、ラナの無様な戦いぶりを知っている者ばかり。ラナは新入団員一のビッグマウスとして一躍有名になっていた。
最初は緊張して耳に入っていなかったが、ゲラゲラと馬鹿にした笑い声に迎え入れられたことに気づき始めたラナは、顔を引き攣らせながら悔しくもあり、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。
――ちくしょう……。
模擬戦の結果が結果だけに、何一つ言い返すことができない。ラナは歯を食いしばりながら必死に耐えるしかなかった。
「皆の者。席についてくれ」
各々好きなように過ごしていた英雄志願者たちは、グランバードの一声で速やかに席へ着いた。
新入団員であるラナは、他の団員たちを見渡せるように一段上がった位置に設置されたグランバード専用の席の向かい側に座らされた。
「これから先、第二寮の汚点になるだろう最下位の新入団員ラナ・クロイツの聖十字騎士団入団と英雄志願者の称号授与を祝して、晩餐会を始めようか」
グランバードの合図とともに、最悪な出だしの晩餐会が始まった。





