34話 『人生で二番目に感動した瞬間を味わいました』
ロクスミールの暦が始まる以前、人々に様々な恵みをもたらしたとされる初代ドラグナム王。その後も、王都サンクトゥスの平和と秩序のために尽力してきた歴代の王たち。
そしてここは、その王だけが座ることが許されている玉座がある場所。つまり、入団式の会場となる“王の間”。
改築や増築を度々行っていた王の間の内装は、ネオス・マルス様式で“鋼壁”のマルスが建築に携わっていた時に考案したマルス式に新たな技術を取り入れてある様式だ。
元々大理石を多く取り入れた建築物が多く、そこに細かな彫刻と華美な装飾を施こすことで、豪華絢爛な仕上がりになっている。さすが王の間といったところか。
王の間では、様々な式典が行われることもあり、三〇〇〇人分の座席が六階層に配分され、玉座を挟んで左右一五〇〇人ずつ収容が可能。これほどまで巨大な建築物は他にはない。こんな豪華な場所で入団式を行えるというのだから、新入団員たちは心踊らせ舞い上がるに違いない。ラナも、もう少しで目にする王の間に期待を膨らませていた。
「そこの君、ちょっと待ってくれるかな?」
「お、俺ですか?」
ラナは式典担当の一般兵に呼び止められた。
「君の頭に乗っている猫だけど、王の間に入るのは禁止されているんだ。悪いけど、こちらで預からせてもらうよ」
それを聞いたラナは、心配そうにスフィアに話し掛ける。
『スフィア様。大丈夫ですか?』
『あら、何の心配をしているのかしら? 元々人間以外の者は入れない決まりになっているのだから、最初から分かっていたことよ』
『でも……』
魔女であるスフィアにとって、ここは敵地の懐も同然。そんな場所にスフィア一人だけ置いていくのは不安でもある。それに、せっかく二人で勝ち取ったこの瞬間を一緒に味わいたかった気持ちもあった。
『私はここからでも見られるから、安心して行って来なさい。せっかく待ち望んでいた晴れの舞台なのだから、カッコ悪いところ見せないでよね』
ラナの気持ちは重々承知しているスフィアは、その気持ちだけしっかりと受け止め、優しくラナを送り出した。
『わかった! 行ってくるよ』
ファンファーレが鳴り響く。いよいよ、待ちに待った入団式が開式する。
「紳士淑女の皆々様、よくぞお集まり頂きました。これよりドラグナム王直属騎士団、聖十字騎士団の入団式を開式致します。進行役は僕、ミネルヴが行わせて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」
玉座の前に立ち、開式を宣言した男は、眼窩にはめ込むタイプの片眼鏡を着用して、秀才を絵に描いたような感じだ。その姿はマルスから聞いていたようなインテリっぽい雰囲気。どうやら、本当に“軍神ミネルヴ”はここにいたようだ。
彼は歴代最強と名高い四人の英雄の一人で、幾多に渡る戦いの中でその類稀な軍師としての才を発揮し、ドラグナム王国を守り抜いた。彼の神の領域に達したと思わせるほど的確な戦略無しに王国の繁栄はあり得なかった。
「いずれ襲い来る終焉の日が猛威を振るう時、我らが聖十字騎士団の一員として戦うことを心に誓い、英雄志願者として勇気ある八名が名乗りを上げてくれた。彼らに敬意を表して、名を読み上げます。読み上げられた者は前へ」
ミネルヴは、一人一人名前を読み上げていく。名を呼ばれた者は興奮気味に返事をして、次々に入場。玉座の前まで行くと、向かって右から順序良く整列していった。
「マリー・ブランカ」
「はいなのですっ!」
元気に返事をしたマリーは、真っ青な絨毯の上を堂々と胸を張り、茶色の団服に収まりきらない特盛ふんわりパイを揺らしながら歩いた。
王の間は、久しく現れなかった女性の英雄志願者の登場にどよめきの声に包まれた。そして、むさ苦しい男たちの視線は豊満なパイに釘付けだ。
興奮と熱気でムンムンとしていく中を歩くマリーだったが、
「きゃっ!」
と、何もないところで躓き、前のめりで盛大に転倒。これは緊張していただけなのか、それともマリーがドジっ子キャラなのか。あまりに凄い転びっぷりで揺れに揺れた白くて、たわわなパイは男たちのテンションを更に上昇させた。
「大丈夫かー?」「いいぞ、いいぞー!」「たまんないねえ!」「最高だぜー!」
普通なら入団式を見に来る者は、数十名程度で団長クラスの人間やその関係者しかいないはずなのだが、女性の英雄志願者が入団してくると噂を聞きつけた男たちが、血に飢えた猛獣のように群れをなして王の間に押し掛けていた。おかげで立ち見が出るほどの満席状態で賑わっている。
「皆々様、ご静粛にお願い致します。入団式は大事な式典です。お静かに出来ないのであれば、ご退出願います」
ミネルヴが淡々と注意を促すと、全員がピタリと話をやめ、一瞬にして静寂に包まれた。
「最後は、ラナ・クロイツ」
「はいっ!!」
と、しんと静まり返る王の間にラナの声が響き渡る。全員の視線が集まり、緊張で足が震えた。念願の英雄志願者になれるのだから、震えて当然だろう。
この瞬間を今までの思いを確かめるように一歩一歩、噛み締めながら他の七名が待つ、玉座前へと歩みを進めた。
少し歩いたところで、不思議と心臓の鼓動が良く聞こえる。この上ない気持ちの昂りは次第に足の震えを止め、英雄への道を力強く踏み締めさせる。
その堂々たる姿は、王の間にいる全てのものが「只者ではない」という不思議な感覚を覚えさせるほどの気迫と貫禄があった。
マリーが入場した時のざわめきとは違うどよめきが、波のように伝染していく。
そして、一番左端に並び立ったラナは圧倒的な存在感を放ち、そっと笑みを浮かべる。
――なるほど。確かにマルスとグランバードが一目置く少年なだけはありますね。彼からは、本気で世界を救い英雄になろうという凄みが伝わってきます。これからが楽しみですね。
ミネルヴは顔色ひとつ変えなかったがラナを見た瞬間、明るい未来を自然と想像できた。それは長きに渡り、英雄志願者たちを見てきたからなのか、百戦錬磨の策士としての勘なのか。何れにせよ、期待せずにはいられない何かがあったことは確かだ。
「全員が揃いました。これより聖十字騎士団の証である腕章と英雄志願者の称号の証として、この剣を授ける」
逆三角盾に十字剣をはめ込んだデザインの腕章を左腕に付けていき、英雄志願者の証である十字剣をミネルヴ自ら手渡して行った。
――これマジでカッコ良すぎなんだけど!
憧れの腕章に十字剣にラナはニヤケ顔で見惚れていた。
「新たなる英雄候補者たちよ。僕の周りに集まりなさい」
ミネルヴの呼びかけに円陣を組むように取り囲んだ。そして、ミネルヴが十字剣を胸の前に構えたのを合図に八人も十字剣を胸の前に構えた。
「君たちは聖十字騎士団の一員となり、この世界を完全なる真の平和へ導くまで、その命を賭して戦い続けることを誓いなさい」
「私たちは、命を賭して戦い続けることを誓います!」
「その覚悟が決して揺らがぬことを誓いなさい」
「はいっ! 誓います!」
全員で声を揃え、聖十字騎士団として戦うことを誓った。
「ここに正式な誓いがなされました。ミネルヴの名の下に、君たちを聖十字騎士団へと迎え入れましょう。さあ、紳士淑女の皆々様、勇気ある英雄志願者たちに是非とも歓迎と祝福の拍手を!」
パチパチパチパチ! と、ミネルヴの呼びかけに応え、新たな英雄志願者たちに割れんばかりの拍手と歓声が送られた。
観客席を右から左へと見渡してみると、今までに経験したことのない迫力の拍手の波が辺り一面を覆い尽くしていた。
――す、すげえ……。
その迫力に圧倒されながらも、歓喜に沸く人々に新入団員の八人は大きく手を振り応えた。そして、鳴り止まぬ拍手と歓声に包まれながら、無事に入団式は閉式した。
この日、見た光景はラナの人生の中で二番目に感動するものになった。





