33話 『偽りの志を持つ、ゲスの極み男たちに絡まれた』
馬車に揺られること二十分。
尽きることのない会話の中、ドラグナム城前に辿り着いた。
「ラナ君っ! また、後でなのですっ!」
「うん! また、あとで!」
上機嫌で馬車を下りた二人。
満面の笑顔で手を振るマリーにラナは鼻の下を伸ばしながら手を振り見送った。本当は二人で一緒に行きたいところだったが、入団者たちは男女別に待合室が用意されているらしく、渋々別れることになった。
ちなみに入団者は八名でそのうち女性は、さっきまで熱く語り合っていたマリーだけのようだ。同じ新入団員なのに、なぜ男女別々に分かれなければならなかったのかは、案内係の一般兵の説明ですぐに分かった。
「えーっと、それじゃあ入団式の会場へ行く前に団服に着替えてもらう。一般兵は白色。魔族と契約を結んでいる英雄志願者は茶色だ。ちなみに黒色の団服を着用している方々は、団長クラス。もし見かけたら必ず挨拶しろ。お前ら新米が気安く話せるような相手ではないので、くれぐれも無礼のないように」
「「「はい!」」」
気合の入った返事をして、案内係の指示通り、各々団服に着替え始めた。
この場にいる全員が茶色の団服に袖を通している。どうやら、ここにいるのは英雄志願者だけのようだ。
『一般兵として入団する人って意外と少ないんですね』
『そうみたいね』
普通に会話したつもりだったが、スフィアの返事にはどこか棘があった。
『もしかして、怒ってます?』
『怒っていません。時間がないから早く着替えたら?』
完全にお怒りモードに入っていた。どうやら、マリーと意気投合して親しくなったのが気に食わなかったようだ。ここは怒りを抑えてもらいたいところだが、スフィアの言う通り無駄話をしている時間はない。ラナは大人しく着替えをすることにした。
着替えの最中、先に着替えを済ませていた男たちの下衆な内容の話が聞こえて来た。
「これでやっと英雄志願者になれるんだな」
「だな。将来安泰となりゃあ、少しくらい民衆のために働くのもありってか?」
「けけけ。女も金も全部思いのままだぜ」
それを耳にしたスフィアが口を開く。
『あら、さっきみたいに鼻の下を伸ばしてデレデレしていた君には美味しい話をしているみたいね』
『誰もデレデレしていません! っていうか、俺とあいつらを同じにしないで下さいよ。俺は、モテたいとか、お金が欲しいとか、そういう理由で英雄志願者になりたかった訳じゃないんですから』
『その方が助かるわ。もし君が“フェイカー”に成り下がったら、絶対に許さないから』
『フェイカー?』
『あいつらみたいな偽りの志を偉そうに振りかざしている英雄志願者のことをそう呼ぶのよ。私の知る限りだけど、昔と違って今はフェイカーの入団が多いらしいわ』
毎週五日間行われている入団テストには一日あたり最低一人は必ず参加している。
以前は、毎日のように何十人と入団テストを受けていたが、ここ数年の間に英雄志願者として入団するための必須条件が、【魔族と契約していること】になっているせいで、契約を結べる魔族の生存数が減って行き、入団する者もそれと並行して減ってきている。
それでも英雄志願者が年間一〇〇人近く増え続けているのは、魔力の枯渇で死ぬことを恐れ命惜しさに、選別もしないまま手当たり次第に人間と契約する魔族があとを絶たなかったからだ。
その情報を聞きつけた人々の中に魔族を利用して、地位と名声、富を手にする者が大勢いたことがフェイカーを量産してしまった要因の一つになっている。
そのことを知っていたスフィアは、誇り高き魔族が自ら進んで人間に付き従っていることが不満でならなかった。
『こんなクズな連中と契約を結ぶなんて、どこの魔族なのかしら。下衆な連中に付き従うくらいだったら、まだ死んだ方が良いわ』
『皆、生きることに必死だってことですよ』
『意外ね。君なら私と同じ気持ちだと思ったんだけど』
『俺だってフェイカーみたいな連中が増えるのは嫌だけど、何が正しいとか悪いとか、そう簡単に決められないと思うんですよ。結果的に契約することで命を救われた魔族も多い訳だし』
スフィアは、納得できなかった。
どこまで堕ちようと、力がある魔族は人間よりも上の立場。その誇りを捨ててまで人間に付き従い生きながらえることなど、恥以外の何ものでもない。同じ魔族として怒りと情けなさでいっぱいになったスフィアは、ラナの返事に対して答える気になれなかった。
「おい、そこのガキ。そのか弱そうな猫ちゃんがお前の契約した魔族か?」
身長も体格も標準サイズくらいのこれと言って何の特徴もない普通の男――下衆男Aが話しかけてきた。
「そうですけど……」
「けけけ。そりゃあ、気の毒だな」
下衆男Aは、小馬鹿にして笑っている。
「何が気の毒なんですか?」
ムッとしたラナは、喧嘩腰で訊いた。
「入団式が終わったら、個人の実力を確かめるために模擬戦が行われる。誰と誰が戦うのか分からねぇけどよぉ。お前の猫ちゃん見ていたら……ぷっ、可哀想で……ぷぷっ」
顔を両手で隠しながら、ラナに同情しているように言っているが、その裏では模擬戦で自分たちにボコボコにやられてしまう哀れなガキが面白くて仕方ないと、笑いを必死に堪えていた。
「あんまりガキ相手に本当のこと言ってやるなよ。マジ可哀想だから……ぶふっ!」
「お前ぇ、笑ってんじゃねぇかよ! ……げふふっ!」
他の下衆仲間も下衆男A同様にラナをバカにした含み笑いをしている。ここには本当に下衆な連中しか集まっていないようだ。
――模擬戦……。そんなのあったのか。
バカにされるのは癪に障ったが、程度の低そうな連中に対する怒りよりも、模擬戦のことが気になっていた。
「模擬戦じゃあ、契約した魔族と一緒に戦わねぇんだが、自分の中に眠っていた“英雄たる資質”を使って戦うらしくてよぅ。十年以上鍛錬を続けて来た俺たちが、お前みたいなガキ相手に負けることはねぇから、今のうちに降参するなり、手加減してくださいってお願いするなりしねぇと、入団初日に大怪我して病院送りになっちまうぜ。言っておくが、俺はお前を心配しているんだぜ? けけけ」
頼んでもいないのに、模擬戦の内容や自分たちのことまで教えてくれた。完全にラナのことをなめているからこその発言だろう。ここまでなめられているのだから、一言くらいお返しをしても良いだろう。そう思ったらラナは、
「そうなんですかぁ。おじさん達は、凄く強いのかぁ。怖いなぁ。痛いのは嫌だなぁ」
と、バカにされたお返しと言わんばかりに面倒くさそうな顔をしながら、死んだ魚の目で遠くを見るように棒読みで返した。
「けっ。生意気なガキだ。模擬戦は覚悟しておけ!」
下衆男Aはいかに脇役っぽさがあるダサい台詞を吐き捨てると、他の男達を引き連れて部屋を出て行った。
自分の年齢よりも一回りくらい年上の男たちが、こんなことしかできないのかと思うと、ラナは同じ英雄志願者として、同じ人間として、とても情けなく悲しい気持ちになった。
街の人たちは、“英雄志願者様”と呼び丁重に扱っているが、実際はこんな連中ばかりなのを知っていた。傍目からは自分も同じような目で見られるのかと思うと、腸が煮えくり返りそうだ。
『スフィア様。俺あいつらに絶対勝つよ』
『当然よ。君には誰よりも英雄になりたいと心から想う気持ちがある。それに由緒ある魔女の一族である私と契約しているのだから、あんな下衆な連中に負けるなんてことは、絶対に許さないわ』
今日は入団式に参加するだけのはずだったが、二人の魂にメラメラと闘志の火がついた。
『あいつら絶対にギャフンと言わせてやる!』
私利私欲のためだけに英雄志願者になった彼らに、本気で世界を救い英雄になろうとする想いの強さと、格の違いを見せつけてやるとラナは意気込んでいた。
凛々しく引き締まった面構えで入団式の会場へ向かう二人の姿は、まさに戦場へ赴く兵士そのものだ。





