32話 『目の前に現れたのは、特盛のふんわりパイでした』
ドラグナム城北城門前。
ここへ来るのは、カルネとアレキサンダーを捜すために来た時を含めると二度目。
あの日は、カルネたちを捜すことで頭が一杯で、外観をちゃんと見ている余裕がなかったが、改めて見るとかなり手の込んだ彫刻と巨大なミネルヴ石像が堂々とその存在感を放っていた。
北城門前に“軍神ミネルヴ”。
東城門前に“聖女ディアンナ”。
南城門前に“鋼壁マルス”。
西城門前に“剣聖エルシド”。
平和の象徴とされる彼らの石像は、その偉大さを示すかのように途轍もなく大きい。城壁の高さは二〇メートルあるが、石像はそれを越える二十五メートルくらいの大きさはある。
「おおおおお!! ちゃんと見るとやっぱりかっけぇええ!!」
憧れの英雄の石像を前にして、興奮気味のラナも一六五センチと小さくない方なのだが、石像の横に並ぶとくるぶしくらいだ。真下から見上げ続けると首が痛くなる。
『ねえ』
『どうかしました? スフィア様』
『どうかしましたか? じゃないわよ。君は観光でもしに来たの?』
『だって、全然見られなかったんですよ!?』
『そんなのは入団式が終わってからいつでも見られるでしょう。入団式の開式まで時間がないわ。早く行かないと間に合わないと思うわよ』
尻尾で真後ろにある大きな時計台を指すと、時刻は既に九時三十分になっていた。
「やっべ! 急ぎましょう!」
『ほんと、この調子だと先が思いやられるわね』
英雄志願者たちからなる聖十字騎士団と一般兵を含め、五千人以上が滞在している城下町は、王都サンクトゥスの中心街。王都の面積の三割近くを占める広さがある。そのため、入団式が行われるドラグナム城へ行くには、ここから徒歩で一時間以上は掛かる。
入城する為の受付を済ませたラナたちは、ドラグナム城と東西南北の各城門を往復する馬車に乗り込み急いで向かった。
「ふう。何とか間に合いそうだな」
『君がもう少し余裕を持って行動していれば、こんなに急がなくて良かったのよ。全く英雄志願者になることが、決まっているからって少し気が緩んでいないかしら? 君は他にもやるべきことはたくさんあるのよ』
『わ、わかっていますって! 女王の魔法杖を探し出して、村の皆を助ける! ですよね!』
自分のするべきことは分かっていたが、英雄になるための条件の一つである英雄志願者として聖十字騎士団に入団することは、何よりも喜ばしいこと。色々なことがあったおかげで、その喜びも一入だ。
「……もしかして、あなたも入団式に参加するのですか?」
荷台の中で、真向かいに座っていた朱色の花が可憐に咲いているように鮮やかな髪色の女の子が何の前触れもなく笑顔で話しかけて来た。
「え? あ、俺?」
「はい。あなたに言ったのです」
――もしかして、英雄志願者がモテるって話は本当だったのか!?
英雄志願者は、希望の光と言われている以外にも、男がモテるための必須ステータスでもあった。何せ、名声と富が約束されている上に衣食住、生きていくために必要なものはすべて与えられる。元々英雄になること以外に興味を持っていなかったラナだが、風の噂でそんな噂を耳にしていたので、内心ちょっとだけ、本当にちょっとだけモテるのかと期待をしていた。
恐らく、この女の子も鎧を着ているラナを見て英雄志願者だと思って話し掛けて来たに違いない。そう思って
「そ、そうだけど、そういう君は?」
と、ちょっとだけ邪な気持ちを抱きつつ答えた。
「私も今から入団式に参加するのですっ!」
「おおお! じゃあ、俺たち同期になるってことなのかな」
「なのですっ! 私、実はちょっと心細かったのです。だから――」
スフィアと違って、屈託のない笑顔で接しやすい。
目尻が少し垂れた大きな目は、キラキラと輝いていて顔もかなり可愛い。服装も白いワンピース姿で、首に巻かれた黄色い花のチョーカーがより可愛さを引き立たせている。気持ちのいい笑顔で話し掛けてくれた時点で、第一印象は最高だ。
『はあ。スフィア様も毎日これくらい笑顔だったら良いのになぁ』
『無愛想で悪かったわね。どうせ男なんて、ああいう笑顔が可愛くてムチっとした体つきの
女の子がお好みなんでしょ。しかも、英雄志願者がモテるとか変に期待しちゃって、君って本当にいやらしいわね』
頭の上に乗っていて、心の声が筒抜けなのを忘れていた。スフィアは、毛を逆立ててご機嫌斜めになったしまった。
『お、俺はモテたいとか思ってないし、スフィア様が無愛想って言っているんじゃなくて、せっかく顔が整っていて可愛いし、その可愛い笑顔が見られたらもっと良いのになって思っただけで――』
『そ、それなら良いわ』
猫の姿をしているせいで、よく分からないが、少し照れているように聞こえた。
「良かったのです!」
「うん。えっ?」
「私の話聞いていたのです?」
「あ、ごめん。ちょっと寝不足でボーっとしちゃって」
「もしかして、今日の入団式、緊張しているのですかー?」
「き、緊張!? し、してないよ! うん、全然してない! それに俺はいずれ英雄になって世界を救うから、これくらい朝飯前だよ!」
緊張しているとしたら、それはこの女の子と会話している今がそうだ。最初は驚いて特に気にしていなかったが、確かにスフィアの言う通り、ムチっとした感じで、何より目が釘付けになるのは特盛ステーキ以上に特盛なふんわりパイ。そのはち切れんばかりのパイを一度意識してしまっては、普通に話す事が出来ない。
「すごいっ! 英雄を目指しているのですねっ! ちなみにどの英雄様を目標にしているのです?」
「そりゃあ、長剣使いの英雄エルシドかな。本とか話でしか知らないけど、長剣を使わせたら右に出る者はいないって言われている最強の騎士! 俺は絶対にエルシドを超える最強の騎士として英雄になるって決めているんだ!」
目を輝かせ、無邪気な子供のように話すラナ。その姿を見て、女の子は心を打たれた。
「凄いのですっ! 本当に英雄を目指している人が居たなんて、感激なのですっ!」
「そ、そう?」
「はいなのですっ! 素晴らしいことなのですっ!」
感銘を受けた女の子は高いテンションをそのままに、ラナの両手をぎゅっと握り締め、尊敬の眼差しを向けた。
「ちょ、ちょっと、手! 手!」
突然、積極的に手を握られたラナは、もう限界に来ていた。目のやり場も無ければ、女の子に対する免疫もない。スフィアと行動を共にしていたから大丈夫だと思っていたのに、魂を結び合わせていない異性はまた別のようだ。
「ご、ごめんなさいなのです! 私と同じ夢を持っている人に会えると思っていなくて、つい嬉しくなったのです」
我に返ったらしく顔を真っ赤にして、もじもじし始めた。
「私と同じって、君も本気で英雄に?」
「はいなのです! 私は聖女ディアンナ様のような気高く強い女性になるのが目標なのですっ!」
ラナみたいに無邪気に目を輝かせながら話す女の子からは、自分と同じくらい英雄になりたいという気持ちが伝わってくる。
初めてそんな相手と出会ったラナは、
「じゃあ、俺たちは同じ志をもつ仲間ってことだな!」
と嬉しそうに言って、右手を差し出し握手を求めた。
「そうなのですっ!」
女の子も嬉しそうに答えると、ラナの手を取った。
僅かな会話で意気投合した二人は、互いに握手を交わした。女性に免疫がないラナもその時には女の子に対しての緊張も自然にほぐれていた。
「俺はラナ・クロイツ。同じ志を持つ者同士、頑張ろうぜ!」
「私はマリー・ブランカ。こちらこそ、よろしくなのですっ!」
自己紹介を終え、ちょっとした絆が芽生えた二人は、ドラグナム城へ着くまでの間、他にも乗客がいることを忘れてしまうくらい二人の世界に入り込み、夢について熱く語り合った。
『結局、そういう女の子の方が良いんじゃないの……』
スフィアの心の声はラナにはまったく届いていない様子。会話にも入れず不貞腐れてしまったスフィアは、ラナの頭から降ると足元でふて寝を始めてしまった。





