31話 『新たな一日の目覚めは、とても清々しかった』
【聖十字騎士団編】
地獄の猟犬討伐から五日目の夕方。
ラナが目を覚ます。ぼんやりと見える天井は見覚えがある。ここは王都で初めて一晩過ごした酒屋の一室だった。ふと脳裏に浮かんできたのは、地獄の猟犬と魔王アラウンの姿。そして、自分の手のひらを眺めてようやく生き残ったのだと実感した。
――そういえば、スフィア様は無事だったのかな……。
「そうだ! スフィア様!」
自分が生きているからスフィアも生きている。それは分かっていたが、傷は負っていないか、聖十字騎士団に囚われていないか心配になり、勢いよく起き上がる。
「ラナ!」
すると、隣で介抱していた抱きついてきた。
「良かった無事だったんですね」
「バカ! それはこっちのセリフよ……。本当に良かった。もう起きないのかと思ったんだから」
心底心配していたのだろう。スフィアの目からは大粒の涙が溢れていた。
「心配かけちゃったみたいですね。すみません」
「本当よ……。次あんな無茶したら許さないわよ」
「……わかりました。もう無茶はしないようにします」
スフィアを助けたい。ただそれだけを思っていたことは覚えていたが正直なところ、あのとき何が起こったのかよく覚えていない。それでも、腕の中で顔を埋めて泣きじゃくっているスフィアが無事にいてくれたことが分かっただけでラナは安心していた。
それからしばらくの間、泣き続けるスフィアの頭を撫でながら、ラナも静かに涙を流し、泣きつかれた二人はそのまま眠ってしまった。
翌朝目覚めた二人は、戦いの前に約束していた英雄特盛ステーキを食べることにした。もちろん、スフィアは白銀の猫に変身して。
「うんめぇええ!!」
「にゃーん!!」
トラブル続きだった最初の二日間が嘘だったように、肉汁溢れる分厚いステーキに舌鼓を打つ二人。一噛み一噛みするたびに、口全体に広がる濃厚な味。回復しきらぬ体に、自然と力が戻ってくる。
「ガハハハハ! 良い食べっぷりだ!」
元気にステーキを頬張るラナの姿を見て、大いに喜ぶマスター。
「そういや、兄ちゃんの名前を聞いていなかったな。せっかくカルネを救ってくれた恩人だ。良かったら教えてくれないか?」
「そうでしたね! 俺の名前はラナ・クロイツです!」
「そうか! ラナ・クロイツか! 良い名前だ! ……ん? クロイツ?」
スフィアは、アラウンがクロイツという名に反応していたことを思い出し、マスターが何か秘密を知っているのかもしれないと興味津々で食べるのをやめた。
「どうかしましたか?」
「いや、クロイツって言えば、俺の友人に一人同じ姓の男がいるんだが……。もしかして、グレイヴの息子じゃないよな?」
「え!? 父さんを知っているんですか!?」
「やっぱりそうなのか! それじゃあ、あの小さかった男の子が兄ちゃんだったってわけか! ガハハハハ! これは驚いたな!」
偶然にもラナは父親の友人であるマスターの店にお世話になっていた。しかも、ラナは小さい時に父親に連れられて王都へ来ていたときに、一度だけこの店に来たことがあった。当時は幼かったこともあり、記憶にないがこれも何かの運命。久しぶりに聞く父親の名にラナは少し嬉しくなった。
――なんだ。ただのお友達の話なのね。
スフィアにとっては、どうでもいい内容だった。本当はラナに直接聞きたいことではあるが、病み上がりのラナにその話をするのは重過ぎる内容だと思い、今はそっとしておいた。
「グレイヴは元気にしているのか?」
「多分、元気にしていると思います」
「なんだ? まだ家に帰って来てないのか?」
「出稼ぎに行って来るって出て行ったきり、帰ってこないんですよ。何かあれば、一報が届くと思うのでそこまで心配はしていないんですけど」
「そうかそうか。確かにあいつは昔っから矢みたいな男だったからな」
「矢?」
「矢は一度放ったら帰ってこないだろ?」
「あはは! 確かに矢ですね!」
それから少しの間、父親の思い出話に花を咲かせた。一通り話と食事が終わった二人は、一週間に一度行われる聖十字騎士団の入団式を翌日に控えていたので、今日一日くらいは好きなことをして王都を満喫することにした。
色々なトラブルに見舞われながらも、念願だった聖十字騎士団に英雄志願者として入団することが決まっていたラナは、スフィアを連れて本屋へ赴き、昔読んでいた絵本以外の英雄に関する書物を読み漁っては、武器屋や防具屋などを巡って試着を繰り返した。
本当は武器と防具の新調をしたかったのだが、農家に生まれたこともあって必要以上にお金を貯える余裕がなかった。だから、今は物欲しそうに指を咥えて見ていることしかできない。
マルスに数日世話になったあと、いつ目覚めるかも分からないラナを連れて長期滞在できる宿を探したが、金欠で宿代を出せなかったこともあり、初日にお世話になった酒屋で寝泊りをさせてもらっていた。
明日行われる入団式を終えれば、晴れて英雄志願者として王宮の敷地内にある聖十字騎士団の中でも英雄騎士団が済むことができる専用の騎士寮に入寮することができる。
聖十字騎士団といえば、ラナに南門前にある魔獣避けの柵を破壊した犯人、地獄の猟犬を討伐するという罰を与えたグランバード団長は、スフィアの話によると、如何なる理由であれ、一般人を危険に曝したとして、自らに一週間の飯抜きと謹慎処分の罰を与えたらしい。
それを聞いた時は、そこまでしなくても良いのにと思っていたが、規律を重んじるグランバードなら仕方がないのかと思い直した。しかしながら、もしラナたちが死んでいたらグランバードは自らにどんな罰を与えたのだろうか。考えただけでもぞっとする。
あとは、色々助けてくれた命の恩人である“鋼壁”のマルスについてだが、
「俺に会ったこと、生きていたこと、そしてあのインテリ眼鏡……ミネルヴが聖域にいることは聖十字騎士団以外には絶対に言わないでくれ。万が一、一般人に知られるとパニックになって収拾がつかなくなるからな。特にそいつには言っておいてくれ、男と男の約束だってな」と、念を押して南の地へ戻ってしまったようだ。
まあ、英雄に会えたとテンションが上がったラナがポロっと口を滑らせてしまう可能性は大いにあるから念を押されても仕方ない。
なぜ話してはいけないのかと疑問に思ったが、よくよく思い返してみれば、南門の外は獰猛な魔獣が生息する危険領域として知られている。今回のようなことがなければ、誰も近寄らないような場所に隠れ家を作っていたことを踏まえても、他に何か事情があったに違いない。
そんなことを色々と話しながら、王都を堪能した。とは言っても、猫の姿をしているスフィアは明日行われる入団式に舞い上がっていたラナに連れ回されて、まったく堪能できていない。結局、一日の大半を本屋で過ごした二人は明日に備えて、早々に酒場へ戻り眠りについた。
翌朝の午前九時頃。
「くぅぅぅ! 良い朝だ!」
結局、前日購入した格安の古本を夜遅くまで読み込んでいたラナは、目の下に隈を作りながらも、聖十字騎士団として新たな一歩を踏み出す一日の始まり。気持ちの良い背伸びをしながら清々しい朝を迎えた。
「やっと起きたわね」
「おはようございます! スフィア様!」
「おはよう。入団式は十時からみたいだから、早く準備をしていくわよ」
スフィアは朝起きるのがかなり早い。寝起きを共にしているが、初日以外はいつ寝ているのかと不思議になるくらいに一度も寝顔を見たことがない。そして、あの可愛いスーたんもあれ以来見ていない。結構、ああやって甘えん坊キャラになってくれる方が好きだったラナは、ちょっとだけ残念がっていた。
「朝ごはんは食べました?」
「まだに決まっているじゃない。それに君が運んで来てくれないと私に出されるご飯は生魚なのよ。生臭くて食べられたものじゃないわ」
この部屋にいる時以外は、常に猫の姿をして生活しているスフィア。ラナが眠りつけていた時は、カルネが気を利かせて朝ご飯を持ってきてくれるようなのだが、猫だけに毎回生魚を食べさせられていた。
「準備が終わったらすぐ食べて出発しましょう」
「早くしてね」
ラナはマルスに貰った鎧を身につけ、身支度を済ませると急いで部屋を出て階段を駆け下りた。
「おっ! 英雄志願者様のお目覚めだ!」
一階へ下りると相変わらず陽気なマスターが開店前の準備をしていた。
「ロイドさん。様付けはよしてよ。俺まだ英雄志願者になってないんだからさ」
父親の話をして意気投合したラナは、マスターのことをロイドさんと名前で呼ぶ仲になっていた。
「今日は入団式だろう?」
「そうですけど」
「じゃあ、英雄志願者様で良いじゃないか! 今日は入団式が終わったら盛大に祝ってやるからな! ちゃんと晩飯は食いに来いよ! ガハハハハハ!」
「あ、ありがとうございます」
満更でもない顔で、少し照れながら礼を言った。
そして二人は、昨日よりもボリュームが増した英雄特盛ステーキをお腹がはち切れそうなくらいに食べ、入団式が行われる王宮へと出発する。
「よぉぉおおおしっ! 気合い入れて行くぞぉぉぉおおお!」
『朝からうるさいわよ』
白銀の猫を頭の上に乗せ、村を出発した時よりも遥かに高いテンションで入団式が行われる王宮へ向かった。





