28話 『多分俺、ちょっとは強くなりました』
「改めて言っておくが、これはお前たちの命を懸けた戦いだ。俺が戦闘に参加することはないと思え」
作戦会議を終え、超高速回避を実践的に活用できるようにするため、部屋の隣にあった大理石造りの大広間で、何度も何度もマルスは即死級の攻撃を繰り返しラナに浴びせ続けた。
一時間という限られた時間で素人に戦闘のノウハウを教えることが出来ず、ひたすら体に覚え込ませるのが精一杯。
しかし、回避速度同様に、急激に成長するラナは力の使い方を覚えると絶対的な自信を身に付けることが出来た。そんなラナにマルスが協力するのはあと一つだけ、残り五匹となった地獄の猟犬と一対一の勝負に持ち込むための決戦場を作ること。
それ以外は、マルスが手助けすることはない。生死を分ける戦いの最中、僅かな期待や油断は死に直結しかねない。それを知っているマルスは、念には念を入れた。
「大丈夫ですよ! マルス様のおかげで、感覚も掴めましたし、必殺技も教えてもらったんで!!」
これは自信というよりも傲り。強敵に挑む挑戦者としてのラナには絶対にあってはならないもの。鍛錬の際に、幾度となく言い聞かせていたはずだったが、身に余る強力な力を手にしてしまったラナには全然届いていなかった。
あの部屋を出て、出口の側まで来ていた三人。
もう時間もない。マルスには、これ以上ラナに教えることは出来ない。
「直に出口だ。決戦前にお前に餞別をやる」
短い時間だったが過酷な鍛錬を繰り広げていた結果、ラナの着用していた防寒具は至る所に穴が開いてボロボロになっていた。そんな状態で戦いの場へ行かせるわけにはいかないと、三〇〇年以上も前に使用していたお古の防具一式をラナに譲った。
この防具は、元々マルスが聖十字騎士団に入団した直後、自分のご褒美にと新調した軽装の鎧らしく、まだ体が出来上がっていないラナにピッタリの大きさ。新たな防具を手に入れたラナの見た目は騎士そのもの。
「何から何まで、ありがとうございます!」
劣勢に立たされ、背水の陣で挑もうとしていた戦いも、憧れの英雄の一人から防具を譲り受け、新たな力を手に入れたことで、たくさんの人々を守る勇気ある騎士という構図が頭の中で形成されていった。
確実に英雄への道を歩んでいると実感したラナは、にかっと白い歯を見せる。
「直に出口だ。戦闘準備を整えろ」
「はい!」「分かったわ」
「こっちを向いて付加魔法を掛けるわ」
「お願いします!!」
「<耐火の守り>! <神雷の剣>!」
スフィアは杖をラナに向けて付加魔法を付加する。ラナの体と鎧には、地獄の猟犬が発する高熱を防ぐための付加魔法。殺傷能力の低い護身用の長剣には、攻撃力と殺傷能力を高める雷属性の付加魔法をそれぞれ付加した。
付加魔法は、常時発動型の変身魔法とは違い、一度発動すると一定の時間魔力を消費しなくても効果を持続することが出来る。
見方を強化できる上に、攻撃魔法や防御魔法で援護する事も出来る。戦闘においては有効な魔法なのだ。
「よっしゃ! これで準備万端ですね!」
「ええ、後はマルスさんが戦う場所を作ってくれさえすれば完璧ね」
「俺は先に外へ出て、準備を済ませておく。合図が聞こえたら出てこい」
「わかりました!」
「わかったわ。あとはグランバード団長の件ですけど」
「任せておけ。さっき話したように、俺が話をつけておく。お前らは戦いに専念しろ」
スフィアは戦闘の最中に、グランバードに魔女だということがバレてしまうのではないかと懸念していた。だから、地位が高いであろうマルスに足止めをしてもらうように話をしていた。
無事に討伐を成功させて、全てを丸く収めるためには必要不可欠。これで思う存分、戦うことが出来る。
「ありがとうございます」
「必ず生き残れ! 健闘を祈っているぞ!」
気合の入った言葉を残し、外へと出て行く後姿には、逞しさと強さが滲み出ている。ラナにもこれくらいの頼もしさがあったらいいのにと、スフィアは内心思いながら見送った。あとはマルスの合図を待つばかりだ。
「ねえ」
「ん? どうしたんですか?」
「無事に討伐して入団が決まったら……」
「決まったら?」
「……食べてみたい」
「へ?」
「私も英雄特盛ステーキ食べてみたいって言っているのよ!」
「え!? 今それ言っちゃいます!?」
あの時、ラナが全く味わうことが出来ていなかった英雄特盛ステーキの芳ばしい香りを嗅がされ続けていたスフィアは、「私も食べたい」と思っていたが口には出さなかった。
落ち込んでいる相手にお腹が空いたから分けて欲しいと、空気の読めないタイプではなかったからだ。だが、このタイミングでいう発言ではないのは確かだ。
「う、うるさいわね! 君は昨日ご飯食べていたけど、私は何も食べてないのよ! それに美味しそうな匂いだったし、お腹空いていたら悪い?!」
もじもじとして何か言いづらそうにしていると思ったら、まさかの食事を御所望。これから戦うラナの緊張を解そうとしてくれたのか。はたまた、本当にお腹が空いていただけなのか。どちらにせよ、恥じらいながらそう言ったスフィアの顔を見られたのは、契約者冥利に尽きるというものだ。
「悪くないですよ。ちゃんと討伐したら、俺がスフィア様にご馳走します!」
あまり見ることが出来ないスフィアを嬉しそうに見つめた。
「そ、そう。それなら絶対勝たないと許さないから」
「もちろん! 魂に誓って、絶対に勝ちます!」
「約束よ。ちゃんと信じているからね」
決して頼もしい訳ではないが、その一言は女の子であるスフィアに安心感を与えた。どれだけ気丈に振舞って、強気な発言をしていても、人間と魔女関係なく一人の女の子なのだ。
互いに運命を共にすると誓い合ってから、まだ一日と数時間。だが、二人で過ごした時間以上に結び合わされた魂は、信頼という形で二人を強く結びつけていた。
「クラッシャアアア!!」
二人が何となくお互いを信頼し合い、良い雰囲気になっていると、外からマルスの爆音量の声とドゴゴゴ! という地鳴りが聞こえ、地面が大きく揺れた。これはマルスからの合図。二人は顔を見合わせて、力強く頷くと勢いよく地上へ飛び出した。
外へ一歩踏み出すと、巨大な防御壁は綺麗さっぱり無くなっていた。その代わりに地獄の猟犬がいる場所の地面が階段状に盛り上がり、一体ずつ分断されるように上がっていった。
そして逃げ場をなくすために、全ての段の上方と左右前後に分厚い壁を作り出す。これはもう人間の潜在能力というよりは魔法に近い。いや、これはもう神の御業と言うべきか。神の恩恵がここまで凄いものだというのを改めて実感した。
何はともあれ、マルスの協力で無事一対一の状況を作る事が出来た。これで心置きなく、思う存分戦うことが出来る。
決戦の場が完成すると、必要以上に装飾された魔窟への入り口が二人の前に現れた。
「負けないたら許さないから」
一対一の接近勝負を挑むため、遠距離攻撃型のスフィアは戦いの邪魔にならないようにラナの後ろから、安全マージンを取りながらサポートをすることになっている。命を共有しているからこそのメリットであり、デメリットでもある。
「ふう。よし……。スフィア様、俺先に行って倒してきますね」
気合を入れ直し、ラナは五体の地獄の猟犬が待ち受ける魔窟へと入って行く。





