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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第3章 『英雄たる資質と地獄の業火』
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26話 『すべてを疑わずにはいられませんでした』

 興奮冷めやらぬ状態で、扉の向こうにある地下とは思えないほど豪華な部屋へ通された。中はとても綺麗に整備されていて、王宮にあるような彫刻や家具が備え付けてある。床には真っ赤な絨毯(じゅうたん)が敷かれ、壁や天井は全て大理石で作られている。


 これはもう、地下の隠れ家というには豪華すぎる場所だ。


 やはり、本物の英雄だから、とても裕福な生活をしているのだろうか。色々と疑問を持ちながらも、マルスに誘導されるまま、部屋の中央にある四人掛けのテーブルに腰掛けた。


「マルスさん。この部屋は……?」


「ああ、かなり昔に俺が設計して造った部屋だ。あの頃は、四人で作戦会議をする時によく使っていたな」


 その昔、マルスは聖十字騎士団に入団する以前に、建築家兼彫刻家として仕事をしていた。


 土や石、鉱石などの扱いに関しては並外れた知識と技術を持っている。この部屋を作ったのも、丁度その頃らしい。当時は近隣諸国から物資及び領土の略奪が頻繁に起こっていたため、聖十字騎士団の各リーダーを務めていた後の英雄になる四人が日々作戦を練り、頭を悩ませていた。


「四人って、もしかして、エルシド様、ミネルヴ様、ディアンナ様、マルス様の四人ってことですか?!」


「そうだが……」


 発情期の小動物かと思ってしまうくらいに興奮するラナにドン引きしたマルスは、苦い顔をしてスフィアの方へ視線を移した。すると、興奮気味なラナとは違い、スフィアは顔色一つ変えずに冷静に何かを観察するような視線を送っていた。


「えっと、魔女のお嬢さんは何か言いたげだが、どうかしたのか?」


「マルスさんが生きていらっしゃった時代は、三〇〇年前ですよね? どうして、そんなに若々しい姿でここにいらっしゃるのですか? それにあなたが聖十字騎士団なら、私が魔女だと分かっていて何故手助けをするのですか? はっきり言ってあなたは怪しすぎます」


「す、スフィア様!? せっかく助けてくれたのに――」


「君は黙っていて」


 マルスと名乗る男が英雄だと信じて疑わない阿呆(ラナ)の言葉を遮ると、スフィアは続けて問うた。


「確かに地獄の猟犬(ヘルハウンド)から一旦逃げるために、ここまで来ました。ですが、私はあなたが魔王アラウンの手先かも知れないという可能性を捨てきれません。あなたが人間で英雄マルスだと言うのなら、私が納得できるような説明をして頂けますか?」


 スフィアが疑うのも無理はなかった。人間の寿命はどれだけ健康で過ごしたとしても一五〇歳くらい。その倍近く生きている大男の外見が二十代後半にしか見えないのは、明らかに不自然だ。しかも、ラナたちと地獄の猟犬(ヘルハウンド)以外、誰もいなかったはずなのに、あのタイミングで何処からともなく、湧いて出てきたことも腑に落ちていなかったからだ。


 その問いかけに対して、マルスは特に慌てる様子もなく返答する。


「俺は説明が下手糞だから上手く伝わるか分からないが、俺たちが終焉の日(ラグナロク)を倒し切れなかったせいで、魔族と神族を巻き込んじまった。そのせいで、煉獄の魔王とやらを復活させることになっちまったからな、自分たちの失態は責任をもって対処しなくちゃならねえ。だから、俺がお嬢さんに責められることはあっても、責めることはしない」


 遠からず、近からず、当人だからこそ言えるようなことを言ってはいるが、マルス本人だという確証は得られない。それにスフィアが一番知りたかったことには全く触れていない。何か言えない理由でもあるのだろうか。それとも、本当に説明が下手というか、スフィアの問いをちゃんと理解できていないのか。


 本来であれば、どうして現代に生存しているのか。人々が忌み嫌い、敵視している魔女が目の前にいるのに抹殺しようとしないのか。この二点が重要で知っておきたいことだった。


 スフィアは、ちゃんと納得する内容を話してもらわなければ気が済まなかったのだが、グランバードが来る時間も考え、安心はできないが、ここはマルスが敵ではないということで納得することにした。


「とりあえず、マルス(仮)さんは敵じゃないということにしておきますね」


「マルス(仮)とはなんだ! 俺は正真正銘のマルスだ! 疑うなら王都に行ってあのインテリ眼鏡にでも訊いてみろ」


「「インテリ眼鏡?」」


 二人は特に合図を出したわけではないが、思わず声を重ねてしまった。


「ミネルヴの野郎だよ。今は王都で軍師として復帰しているからな」


「軍神ミネルヴ様もいるんですか!?」


 まさかの“軍神”と名高い天才軍師ミネルヴが王都にいると聞かされた瞬間、ラナは天にも昇る思いで驚いた。毎回そうだが、ラナは何か大事なことをしていても、それ以上に衝撃的なことなど、何か他のことが頭に入ると綺麗さっぱり忘れてしまう。


 急いで討伐しに行かないといけないのに、すっかり英雄の話に夢中になっているラナを見かねて、スフィアは本題に戻すことにした。


「とにかく、あなたがマルスさんで私たちに借りがあると思っていることは良く分かりました。さっきもお話ししましたけど、私たちはグランバード団長が来る前に地獄の猟犬(ヘルハウンド)を討伐しないといけないので、手早く鍛えてもらえるのでしたら、早速お願いしてもよろしいでしょうか?」


「おい、おい、おい。確かに戦えるように鍛えてやるとは言ったが、そんな簡単に強くなれると思っているのか?」


 と、二人が急いでいることなど全く気にも留めていない様子だ。憧れの英雄に鍛えてもらえるのは嬉しいが、二人には本当に時間がない。こうしている間にも、グランバードが来ているかも知れないし、地獄の猟犬(ヘルハウンド)が王都を攻めに言っているかも知れない。


 予想外の返答で、我に返ったラナは椅子から降りてマルスの下へ行くと、


「マルス様、お願いします! 俺たち本当に急いで強くならないと、取り返しのつかないことになるんです!」


 と、深々と頭を下げて懇願した。しかも、土下座で。


「おい、おい、おい! 男が簡単に頭を下げるもんじゃねぇぞ!」


 強くなることがどれほど大変で厳しい鍛錬が必要なのか全然分かっていないことよりも、軽々しく頭を下げる男が好きではないマルスは、無理矢理ラナの肩を掴み上げて頭を上げさせた。


「す、すみません!!」


「本当なら鍛えるまでに半年は欲しいところだが、今すぐって言うなら一つだけ方法があることにはある」


「あるんですか!?」


「ああ、だがそれはお前次第だ」


「俺ですか?」


「そうだ。魔族と契約した人間は魔族の特性を共有することで力を得られるのは知っているな?」


「はい。俺の場合は魔法が使えるようになりました」


「あの契約にはもう一つ、人間に大きな影響を与える」


「大きな影響……?」


「契約した後、何か体に変化はなかったか? 視力が良くなったり、いつもより力が強くなったり」


「契約した後……」


 ラナはスフィアと契約を結んだ後のことを思い返した。


 しかし、思い出すのは死に物狂いで逃げたことばかり、これと言って自分に何か変があるような感じはしていなかった。


「多分、特に変化はなかったです」


「それじゃあ、無理だ。俺が今からしようとしていたことは、魔族と契約を結ぶことで強制的に解放される“英雄たる資質”の力を使いこなせるようにすることだったが、特に変化がないのなら君には“英雄たる資質”が備わっていなかったということになる」


「そ、そんな……」


 これはショックが大き過ぎる。英雄になる夢を抱いて早一〇年。夢に向かって頑張り始めて一日と少し。“英雄たる資質”が備わっていないということは、英雄になる見込みがないと言われているようなものだ。


「マルスさん、彼は気づいていないようですけど、私が見る限りでは回避速度が異常に早い気がしました」


「回避速度?」


「ええ。彼は、絶対当たってしまうはずだった近距離からの攻撃を紙一重で回避したり、致命傷を避けていました。恐らく、それが彼に起こっている変化かも知れません」


 魔獣化した魔女狩人(デオ・ヴォルグ)との接近戦、グランバードの一撃。いずれも、目にも止まらぬ速さで繰り出された攻撃を、ラナは難なく回避をしていたことをスフィアは見て知っていた。


「なるほど、そりゃあ速力向上かもしれないな」


 ――速力向上……スピードアップ!?


 自分にも“英雄たる資質”が備わっていたのだと安心したと同時に、なんだかカッコいい響きに心酔しきっていた。


「よし、物は試しだ。そこに立ってみろ」


「ここで良いですか?」


 ラナは何をするのか分からないまま、大理石の壁を背にした。すると、マルスはラナの正面に立ち、右腕を風車のように回しながら準備運動を始めた。


「よし、いくぞ!」


「え?」


「クラッシャアアア!!」


 爆音のような雄叫びと共に、何の躊躇いもなく放たれた全力の拳が繰り出された。大砲でもぶっ放したくらいの強烈な破壊音と共に、分厚い大理石の壁に大きな風穴が空いた。


「嘘……でしょ?」


 スフィアは突然のことに目を丸くして驚いた。恐る恐る大理石に空いた大穴を覗き込むと、穴の先はどこまで続いているのか分からないほど、遠くまで打ち抜かれている。


 しかも、強力なマルスの拳をまともに受けてしまったのか、壁の前にラナの姿はなく、粉々に砕け散った大理石の破片が散乱しているだけだった。


「すまない。加減するつもりだったんだが……」


「そんな……」


 誰一人として予想できなかった出来事に拳を放ったマルスも、それを見ていたスフィアも、何とも形容しがたい表情で立ち尽くすしかなかった。


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