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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第3章 『英雄たる資質と地獄の業火』
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25話 『災い転じて福となすとはこのことでした』

 不気味な“青い炎”がすぐ後ろまで迫って来ているのを一度だけ振り返り確認した時だ。


「おい、おい、おい。お前ら正気じゃないな」


 ボソッとそう言った男の声が聞こえると、ラナたちとすれ違うように鋼鉄の鎧を身に着けた大男が地獄の業火へ向かっていった。


「え?」


 何処からともなく現れた男の右肩には、盾と十字剣を組み合わせた紋章が刻まれていた。それは紛れもなく聖十字騎士(クレストナイト)の紋章だった。


 十字架の形をした十字剣は聖十字騎士団の証。


 盾は何人(なんぴと)も破る事ができない<アイギスの盾>。

 盾と剣を組み合わせた紋章は、聖十字騎士(クレストナイト)の中でも“鉄壁の守護者”と認められた者だけに与えられる証。


 そして、その紋章を与えられた人物は歴史上ただ一人。


 “鋼壁(こうへき)”の異名を持ち、王都サンクトゥス最後の砦として名を馳せた絶対守護者の英雄。偉大なる四人の英雄の一人、“鋼壁(こうへき)”のマルス。


 小さい頃に読んだことがある絵本の中で、幾度となく登場するマルスは、誰よりも逞しく、強い男の中の男。そして何より、“鋼壁”の二つ名を与えられるだけあって、その守りは鋼の如し。彼に守れない者はないと言われるほどだ。


 しかし、それはあくまでも絵本の中だけの話。彼の伝説は今から約三〇〇年も前のことなのだ。その伝説の英雄が目の前にいるはずがない。


 だが、あの紋章は紛れもなく“鉄壁の守護者”の証。一瞬ではあったが、その見た目も当時描かれた人物画とそっくりだった。


 本物か否か。その答えはすぐに分かった。


「クラッシャァァアアア!!」


 爆発音のような叫び声が骨の髄まで身体を揺らす。大きく振り上げた右拳で勢いよく地面を殴りつけるとドゴオオオン! という地鳴りと共に大地が揺れ動いた。


「うおっ!?」


「何なの!?」


 立っていられないほどの揺れを引き起こす、凄まじい威力の拳を普通の人間が繰り出せるものだろうか。


 地鳴りが大きくなると地面が盛り上がり、地獄の猟犬(ヘルハウンド)との距離を塞いでしまう程のを厚みはある巨大な岩盤の壁があっという間に城壁の如く聳え立ち、広範囲に渡り、迫り来る地獄の業火を塞き止めてしまった。


「地獄の業火か。やっぱり(ぬる)いな」


 いかなる攻撃も、拳一つで防いでしまう。

 力をこよなく愛する武闘派の英雄。その男気溢れる後ろ姿は、正に“鋼壁(こうへき)”のマルス。


 ――まさか、本物の“鋼壁(こうへき)”のマルスなのか?!


「おいお前ら! ここで何をしている?!」


 憧れの英雄かもしれないと、興奮気味で泣きそうになりながら見つめていると、大男は物凄い剣幕で怒鳴りつけた。


「おい。何をしているのかと聞いているんだが?」


 かなりのど迫力で怒鳴られ、少し怯んでしまったが、伝説の英雄の一人にかも知れない相手に話しかけてもらえたラナは、その問い掛けに目をキラキラと輝かせて答えた。


「はいっ! 俺たちは地獄の猟犬(ヘルハウンド)の討伐に――」


 “討伐”の一言に過剰に反応した大男は、怒りを(あらわ)して、



「討伐!? どう考えてもお前らみたいなガキが討伐できる相手じゃねぇだろうが!! それにな、お前ら途中で諦めやがっただろう?!」


 と、話の途中にも(かか)わらず、またもや爆音のような怒鳴り声を上げた。


 大男が言うように、途中で諦めたことは確かだ。体は必死に逃げようと動いていたが、完全に終わったと思っていただけに、頭の中ではもう無理だと諦めていた。


「す、す、すみませんでした!!」


「全く最近の若い連中は、使えねぇやつらばっかりだな」


「面目ないです……」


 大男は隣にいるスフィアには一切目もくれず、ひたすらラナに説教をしていた。


「それで? お前らは何者だ? 誰に言われてここへ来た?」


「俺たちは、その、訳ありでして……。グランバード団長に南門の柵を壊した犯人を討伐するように言われて来たんです」


「グランバードだと!? あの青二才野郎が、こんな腑抜けたガキに地獄の猟犬(ヘルハウンド)を討伐が出来るわけがないだろう。ちっ、仕方ねえ。取り敢えず、お前らは今すぐ王都へ引き返せ」


 見た目だけだと、グランバード団長と大男の年齢は、そこまで変わらなそうなのに、やけに偉そうにしている。まあ、“鉄壁の守護者”という称号を与えられているとすれば、グランバード団長よりは位が高そうだし、もし本物の英雄だったら、偉そうにしていてもおかしくはない。


 ただ、ラナが想像していた寡黙でいぶし銀を絵に描いたような男ではない。むしろその正反対で、かなり気性が荒く、怒りっぽい性格だ。


 もしかすると“鋼壁(こうへき)”のマルスではなく、他人の空似なのではないかと思い始めていた。


「お言葉ですが、私たちは帰る訳にはいかないわ」


「どうしてだ?」


 聖十字騎士団は魔女に関係するものは全て排除するはずなのに、魔女であるスフィアと普通に話をしている。やっぱり何か不自然だ。それとも、ラナと同様に魔女について知らないのか。いずれにしても、二人にとっては好都合だ。


「私たちは、地獄の猟犬(ヘルハウンド)を討伐して、グランバード団長に認めさせないといけなの」


「何を認めさせる?」


「生半可な気持ちではなく、命に代えてでも世界を救う英雄を目指し、聖十字騎士団に入団しようとしている。彼が心に抱いている真の覚悟です」


「そうなのか?」


「は、はい! 自分は必ず聖十字騎士団に入団し、終焉の日(ラグナロク)を倒し、世界を真の平和へと導くであります!!」


 かなり疑わしい目を向けられたラナは、緊張したのか変な語尾をつけて返答した。が、特に誰かがツッコミを入れる訳でもなく淡々と会話は進む。


「なるほど、事情は分かった。だが、お前らには無理だ」


「そ、それでも俺たちはやらないといけないんです!」


「とにかく、ここに居たら奴らの餌食になりかねない。一旦、地下へ行く」


「ち、地下?」


 地下に続くような入り口も無ければ、洞窟らしきものも見当たらない。二人が不思議に思い、辺りを見回していると、大男は振り上げた右足で地面を力強く踏みしめる。途端、ガコンッ! と音がしたかと思えば、人が二人くらい通れそうな横幅の階段現れた。それは、底が見えないほど地下深く続いているようだ。


 ――す、すげえ……。


 ――この人って本当に人間なのかしら……。


 度肝を抜かれた二人は、目の前で起きたことに驚きを隠せなかった。


 そんなラナたちは、大男が先行して降りていく階段へ招き入れられると、興味津々で下り始めた。ある程度、進むと徐々に上段の方から穴を塞ぎ始め、真っ暗になると階段横に埋め込まれた灯篭に灯りが燈り辺りを照らした。


 しばらく、無言のまま階段を下りていると、鋼鉄の扉が現れた。


 そして、階段を下り始めて、一言も発しなかった大男が口を開く。


「もう一回確認させてもらうが、お前ら本当に地獄の猟犬(ヘルハウンド)を討伐するつもりなんだな?」


「ええ。私たちにはもう、それしか道が残されていないから」


「絶対に討伐しないとダメなんです!」


 グランバードに見せたような“真の覚悟”が宿る真っ直ぐとした目を大男へ向けて、ラナははっきりと言い切った。


「なるほど。どんな事情か聞くつもりはないが、あの青二才野郎(グランバード)が討伐に向かわせた理由は良く分かった。だが、俺がそれを知ってしまった以上、お前らには必ず地獄の猟犬(ヘルハウンド)を討伐して生き残ってもらう」


「生き残ってもらうって、もしかして俺たちと一緒に戦ってくれるんですか?」


 伝説の英雄じゃなくとも、あんなに凄い事が出来る人が一緒に戦ってくれたなら、絶対に負けることがないと、淡い期待を抱いていた。


「甘えるな。これはお前たち二人の命を懸けた戦いだろう?」


 期待も空しく、あっさり振られてしまった。

 しかし、現状では二人で戦い生き残ることはほぼ不可能に近くなってしまったと感じていたスフィアは、


「確かに私たちも死ぬつもりで討伐をしに来ていないです。だけど、さっき助けてもらわなかったら確実に死んでいました。多分、あの様子から見ても、やつらは警戒心がかなり強い。同じ手が通用しないと考えると今の私たちにはもう打つ手がありません」


 と、今の自分たちが地獄の猟犬(ヘルハウンド)に対抗できる力を持ち合わせていないことを包み隠さず伝えた。


「心配するな。生き残ってもらうために、俺がお前らを地獄の猟犬(ヘルハウンド)と対等に戦えるくらいには鍛えてやる。この、“鉄壁の守護者”マルスがな!」


 まさかの本物。遥か昔に存在していた英雄が三〇〇年の時を経て、英雄を志すラナと話をしている。これは興奮せずにはいられない。


 ラナは色々と混乱しつつも、左右に小刻みに揺れながら鼻息を荒く、目を血走らせていた。

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