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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第3章 『英雄たる資質と地獄の業火』
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24話 『君の笑顔は、とあるフラグを立てました』

 南門の柵を意図的に破壊させた首謀者が、四大魔王の一角なのだとすれば、地獄の猟犬(ヘルハウンド)を相手にするよりも分が悪い。


 英雄志願者として聖十字騎士団の一員になっていないただの夢見がちな村人が、チャンバラごっこ程度の剣術にスフィアとの契約で上乗せした付け焼き刃の魔法で立ち向かおうというのだから、奇跡でも起こらない限り、勝てる保証はない。


「スフィア様、そのアラウンっていう魔王がこの一件に絡んでいる可能性はかなり高いんですか?」


「本来ここにはたくさんの魔獣が生息しているはずなの。それなのに、一匹も魔獣と出くわさないなんて不自然だわ。ここからは私の推測なのだけど、魂喰いという異名を持つアラウンが地獄の猟犬(ヘルハウンド)を使って、ここ一帯の魔獣の魂を狩りつくしてしまった。そして、次に狙われたのが、王都に住む人たち」


「んなっ!?」


 南門の入り口周辺の柵だけが綺麗さっぱり無くなっていたことを考えても、スフィアの推測は辻褄が合っている。こうなると益々最悪な状況に追い込まれている。


 ここで地獄の猟犬(ヘルハウンド)の討伐に失敗すれば、自分たちの命だけでなく、故郷の大切な人たち、そしてカルネたちのいる王都に住まう全ての人の命が奪われてしまう。


 成り行きでこうなってしまったとは言え、二人の肩には多くの命が重く圧し掛かっていた。


「今のところアラウンの姿はないし、地獄の猟犬(ヘルハウンド)たちも動く気配がないから、慎重に事を進めましょう」


「……了解」


「とは言え、アラウンが姿を現す前に地獄の猟犬(ヘルハウンド)を討伐しないといけないわ」


「確実かつ迅速な討伐が必須ってことですね」


「そういうこと。少し安易な作戦かも知れないけれど、一つだけ思いついたわ」


「どんな作戦?」


「やつらは、見ての通り横一列になって並んでいるでしょう? だから、左右どちらでもいいから、縦一列になるような位置へ移動して、最大魔力で今使える最強の攻撃魔法を放って一掃する」


「なるほど! 確かにそれなら近づかなくていいし、まとめて討伐出来ますね!」


「作戦通りにいけばね」


 最善策を提案したはずなのに、まだ煮え切らない表情をしている。初めて見る魔獣ということだけあって、その生態は未知数。知識だけでは補えない不確定要素があまりにも多かった。


 そうとは知らず、勝利を確信したラナは、


「よし! そうと決まれば、ちゃちゃっと討伐作戦を決行しましょう!」


 と、奈落の底から天高く引き上げてもらったような、晴れ晴れとした表情をして立ち上がり、力強く拳を握りしめた。


 ――本当に君って、単純なのね。


「……まあいいわ。とにかく、やつらに悟られないように移動しましょう」


「おう!」


 勇ましくも頼りない姿を見ていると、何かの拍子で大失敗してしまうのではないかと不安になってしまう。スフィアは、やる気に満ち溢れているラナとは対照的に闘志は内に潜め、万が一の時に備えることにした。


 そうして二人は、地獄の猟犬(ヘルハウンド)と一定の距離を保ちながら時計回りに移動を開始。かなり離れた場所にいるおかげで、こちらに気づいている様子はない。順調に回り込み、黒い点が一つになったところで再び身を伏せた。


「ここからなら、完全に狙い撃ちできますね!」


「無理よ。ここからだと距離が遠すぎるし、蜃気楼のせいで狙いが定まらないわ」


 豆粒くらいの大きさしかない標的に当てることは、どんなに凄腕の弓の名手だったとしても困難だ。


 二人に与えられた攻撃のチャンスは一度きり。百発百中の精度が求められる。


「もっと近寄らないとダメ……ですか?」


「ダメね」


「ですよね」


 あまり気が進まなかったが、確実に成功させるためだと熱気漂う地獄の猟犬(ヘルハウンド)に向かって直進した。近づけば近づくほど、熱気と緊張感はどんどん増していく。


「スフィア様、まだです?」


 豆粒の大きさから、苺くらいの大きさに見えるくらいに近づいたところで、ラナは少しビビっていた。


「まだよ。魔法の射程距離も考えると、あともう少し近づく必要があるわ」


「……了解です」


 ――思った以上に近づくことになりそうだな。って、皆の命を救うためだろ! 何でまた弱気になってるんだよ、俺は!!



 自分の中で色々葛藤しながらも、慎重すぎるほど慎重に、それでいて大胆すぎるほど大胆に、強敵を討ち取るべく突き進む。


 そして、二人は辿り着いた。多くの人々の運命を決める決戦の地へ。


「やるわよ」


 スフィアは身を低くしたまま杖を手に取り、地獄の猟犬(ヘルハウンド)に向けた。


「……スフィア様」


「何?」


「今から使う魔法って、<神雷槍撃(トニトルス・クリス)>ですよね?」


 接近中に何度も確認していた攻撃魔法を念のため、最終確認をした。


「ねえ、さっきから同じことばかり確認しているけど、また失敗しないように確認しているだけよね? それとも、怖気づいたのかしら?」


「違いますよ。絶対に成功させないといけないから確認しただけです」


「本当にそうかしら?」


「本当だって」


「それなら良いけど、しっかりしてよね。()()()()()()


 ここへ来て、まさかのスフィア節は健在。

 少し嫌味のこもった言い方をされたが、そのスフィアらしさは不思議と安心させてくれた。


「分かりましたよ。ちゃんとサポートお願いしますね。()()()()()()


 ラナは微笑みながら、スフィアの真似をしてちょっとだけ嫌味ったらしく言った。


「誰がサポート役ですって? 私と君は二人で一つ、どっちも主役でしょ?」


 ちょっと恥ずかしそうに、はにかみながら言った言葉には嫌味も刺々しさもない。ラナは不覚にも、その可愛さに心ときめかせてしまった。


 最後になるかも知れない攻撃を前にして、スフィアのこの表情を見られたのはかなりラッキーだったかもしれない。時折見せるようになった可愛い顔をまた見るためにも絶対に生き残ろう。


「よっしゃ! じゃあ、一発ブチかましてやりますか!」


「変にやる気出して空回りしないでよ」


 腰を屈めた二人は、杖を握りしめ完璧に息の合った詠唱を始める。


「「神聖なる(いかずち)よ。我が行く手を阻む悪しき者を貫き、無に還せ。<神雷槍撃(トニトルス・クリス)>!!」」


 必要のない詠唱を敢えてしたことで、より強力になった雷の槍は、バチバチと大きな音を立てながら一直線に地獄の猟犬(ヘルハウンド)たちへ向かって行く。周囲を取り巻く熱気さえも貫き、蜃気楼で歪められた姿を鮮明なものにした。


 雷槍に気づいた一体の地獄の猟犬(ヘルハウンド)がこちらを向き、大きく口を開いた。口の中に見えるのは“青い炎”。地獄の業火を放とうとしている。


 しかし、猛烈な勢いで突き進む雷槍は反撃の隙を与えない。


 地獄の猟犬(ヘルハウンド)の体を覆ってしまうほどの雷槍は、一体目を貫くと一瞬にして消滅させた。残すは五体。勢いをそのままに二体目に向かっていく。


 だが、無情にも二体目、三体目と次々に避けられ、六体全て一掃するどころか五体も残る結果になってしまった。


「嘘……だろ」


「もう一度、攻撃を――」


 想定外のスピードで回避されたことで、ひるんでしまったラナは杖から手を放してしまい、再び攻撃するタイミングが遅れてしまった。


 その一瞬の遅れが命取り。

 ラナたちに向かって横並びになった地獄の猟犬(ヘルハウンド)たちは、大きな開かれた口の中で“青い炎”を不気味に揺らめかせると、一斉に放出した。


 勢い良く放たれたそれは大地を焦がし、ジュオオオオ! と気味の悪い音を立てながら向かってきた。


 まだ直撃していないというのに、迫り来る熱気だけで焼かれてしまいそうになる。


「ちくしょおおお!!」


「くっ」


 迫り来る地獄の業火から逃れようと血相欠いて走るが、広範囲に及ぶ“青い炎”から逃げ切ることは不可能。


 ――もう、ダメだ。


 今回ばかりはもう助からない。二人はそう覚悟した。

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