21話 『立ち塞がる強固な壁を打ち砕きました』
【魂の契約と英雄たる資質編】
――どうしてこうなった。
英雄になるという夢を叶えるには、英雄志願者として聖十字騎士団に入団しなければならない。聖十字騎士団に入団したければ、入団テストを受けて合格しなければならない。
なら、入団テストをこれから先ずっと受けられない時はどうしたらいい。何をすれば、入団できる。そもそも必ず入団しなければ英雄になれないのか。
違う。入団しなければ、王都西地区ヘスペラウィークスに行くことが出来ない。魔女狩人を信用させられない。村の皆を助けられない。
どうする。どうする。どうする。
どれだけ考えても答えは出ず、前へ進むことも後へ退くことも出来ない。ラナは崖っぷちに立たされることなく、そのまま奈落の底へ真っ逆さまに落とされた。
『落ち着きなさい。まだ、終わった訳じゃないわ』
誰がどう考えても終わったのも同然の内容にも関わらず、スフィアはまだ希望が残っているかのように言った。
『スフィア様……。何を言っているんですか? もう入団テストを受けられないんですよ。これのどこが終わっていないって……』
『あの団長は、独断で入団テストを受けさせないと決めていたわ。この場で決めたとしても、罪人として君の名前を団長より上の地位にある人物に報告しなければ、まだ確定したことにはならない。諦めるのは最善を尽くしてからにした方が良い』
『説得しろってことですか?』
『説得と言っても、団長は恐らく罰を与えるということに関しては絶対に曲げないはず。だけど、君が英雄になるという夢を失うこと同等の何かを交渉の材料にすれば罰の内容は変えられるはず』
『夢を失うと同等の何か……』
ラナにとって夢以上に失って困ることなどない。もしあるとするならば、それは――。
『スフィア様、もしかして命を懸けろ。って、ことですか?』
『そうよ。どの道、私の目的も君が入団できなければ達成する事が出来ない。このまま世界と共に滅びるのを待つか、今、命を懸けて道を切り開くのか。もう私たちに残された道はこの二つのいずれかしかないわ』
可能性の一つとして考えるなら有りだ。しかし、それをグランバードが聞き入れ、考え直すとは限らない。けれど、このまま何もせずに諦めてしまっては全てが終わってしまう。
『わかった。スフィア様、俺と一緒に命を懸けてください』
『もちろんよ』
覚悟を決めた二人は、グランバードの後を追った。
この行動が後に二人の運命を大きく左右することになるのだが、今出来る最善の策であることは間違いない。
まだ遠くへ行っていなかったグランバードの姿を見つけると、
「グランバード団長!! お話があります!!」
と、グランバード前に立ちふさがり決意の眼差しを向けながら呼び止めた。
「貴様と話すことは何もない」
「俺は絶対に聖十字騎士団に入団しないといけないんです!」
「邪魔だ」
立ち塞がるラナをゴミ以下の存在とでも言いたげな顔をして、払い飛ばした。地面に倒れ込んだラナは、絶対に行かせまいとグランバードの足にしがみついた。
「くっ……。待ってください。俺はやらなければならないことがあるんです」
「邪魔だと言っているのが分からんのか?!」
「ごはっ! ……俺は、んぐっ」
グランバードは鬱陶しく付きまとう蛆虫を蹴散らすと、性懲りもなく話し続けようとするラナの顔を踏みつけた。
「黙れ。貴様のような規則も守れないような蛆虫とは何も話す事はない。それ以上口を開こうというのなら、今ここで死刑にしても良いのだぞ」
「……死刑にしたければしたらいい」
「何だと?」
「どの道、入団テストを受けられないなら俺に生きている意味はない……。だから、今死刑になっても同じことだ」
顔を踏みつけられながらも、決して揺らぐことのない真っ直ぐな目はグランバードを見続けていた。その目に何か凄みを感じたグランバードは踏みつけた足をどけて訊く。
「貴様、死んでも聖十字騎士団に入団したいというのか?」
「英雄になるためなら命だって掛けるさ。俺には守らないといけない大切な人たちがいるんです。だから、ここで素直に諦める訳にはいかないんだ」
嘘偽りのない力強い言葉には、真の覚悟が見えた。
近年、終焉の日に対抗するべく、多くの兵士を必要としていた聖十字騎士団は、ある程度の実力がある者や魔族と契約した者、やる気が見られる者であれば、相当な問題がない限り入団を許可する傾向にあった。
その結果、在籍する団員の多くが英雄志願者になることで得られる王都への永住権や莫大な富、衣食住一切困らない好待遇を期待する者ばかりが増えていき、ラナのように何かを守るために命を懸けてまで入団しようとする真の英雄志願者が激減していたのだ。
グランバードは、久しく見ぬ真の覚悟に心を動かされる。
「ラナ・クロイツと言ったか。貴様が本当に命を懸ける覚悟があるというのなら、一度だけチャンスをやる。だが、一歩間違えば、確実に死ぬことになるがそれでも貴様は良いのだな?」
「グランバード団長!? 本当にチャンスを与えてしまうのですか?!」
規則に関して、一度決定したことは絶対に変えることをしないグランバードが、自身の決定を覆し、チャンスまで与えようとしていることに驚きを隠せなかった一人の部下が、二人の会話に割って入った。
「何か問題でもあるのか?」
邪魔をするなと、睨みを利かせるグランバード。
「い、いえ。申し訳ございません」
誰一人として歯向かうことは許されない。グランバードの恐ろしさを知っている部下は一言謝ると口を噤んだ。
「邪魔が入ったな。今一度訊く、貴様は死ぬことになったとしても構わないのだな?」
「構いません。チャンスを頂けるなら、どんなことでも命を懸けてやり遂げて見せます」
この短期間で、幾度となく詩の危険に曝され続けていたラナにとって、命を懸けることに何の躊躇いもない。自分が死ぬことよりも大切な人の命を奪われる方が怖かったからだ。
「そうか。ならば、貴様の覚悟が本物かどうか試してやる」
「ありがとうございます」
「南門を抜けた先に、魔獣避けの柵が設置されていたのだが、先日何者かによって破壊されていた。恐らく、魔獣の仕業だとは思うが正体は分かっていない。本来であれば、我々、聖十字騎士団が対処に向かう予定だったが、それを貴様にやってもらう」
「つまり、俺がその正体不明の相手を討伐できれば、入団テストを受けさせてくれるんですね?」
「いや、これは入団テストも兼ねさせてもらう。罪人とは言え、一般人である貴様が無事に討伐し終える可能性は限りなくゼロに近い。だから、もし生還する事が出来れば入団を認めよう。討伐出来なければ、その時は分かるな?」
「わかっています」
「建前上、貴様が生きていようと死んでいようが、我々も現地へ赴かなければならない。だだから、我々が到着するまでにどちらかの結果を出せ。それが貴様に与える猶予だ」
死刑判決からの執行猶予。
絶望したまま諦めずに、食らいついた結果がもたらした僅かな光明。決死の覚悟で手繰り寄せ、掴み取った毛ほどもない細々とした希望の糸はたくさんの人々の命を繋ぎ止める最後の命綱。
「わかりました。肝に銘じて、命の限りを尽くします」
「行くぞ」
グランバードは部下を引き連れて帰っていった。
『思っていたより上手くいったわね』
予想以上の好感触に少しだけ緊張がほぐれたスフィアはほっと胸を撫で下ろした。
『スフィア様、絶対に魔獣を討伐して生き残りましょうね』
ラナは、このチャンスを絶対ものにしようとかなり力んでいた。
『ええ、もちろんよ。必ず私たちの力で』
違う目的のために契約していた二人が、共通の目的のために命を懸けて挑むと心に誓った。互いの存在を必要なものだと認識した今、二人の魂はより結びつきが強くなり、次なる段階へと成長し始めていた。





