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英雄になる条件、教えてあげましょうか?  作者: 夢月真人
第2章 『迷子の猫と白銀色の猫』
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20話 『絶望は思いもよらぬところからやってきました』

 翌朝、窓から差し込む日の光が眠っている二人を優しく照らす。


「ん、んんー」


 先に目覚めたスフィアが気持ちよさそうに背伸びをしている。寝起きの顔は誰でも気の抜けた顔をしているようだ。眠そうな目を擦りながら、ポケーッと辺りを見渡して自分が何処に居るのか把握。


 昨晩は疲れすぎてここへ連れてこられた記憶があまりない。ラナと何か話していたような気もするし、そうでなかったような気もする。


「ラナ……?」


 体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡してもラナの姿が見当たらない。


 ――一人は嫌……。お願いだから一人にしないで。


 昨日の出来事が全て夢で実際はずっと一人だったのだと思い始める。居ても立っても居られなくなったスフィアはラナの姿を捜すため、ベッドから飛び降りる。


「きゃっ!!」


 何かを踏みつけたスフィアはズルッと足を滑らせ、らしくない声を出した。


「ごはっ!!」


 下に居たのは気持ちよさそうに眠っていたラナだった。スフィアのヒップドロップを見事に腹で受け止めたおかげで、くの字になりながら無理矢理に押し出された声を上げ、悶絶していた。


「ラナ……たん」


 ラナがすぐ近くに居てくれた。それが何よりもスフィアの心を安心させてくれた。


 ――私はもう一人じゃないんだ。


 そう思うと、無性に甘えたくなったスフィアは悶絶しながら苦しんでいるラナの上に覆いかぶさるようにして横たわった。


「ごほっ! ごほっ! す、スフィア様……? 起きたんですね……。って、スフィア様!? な、何をしているんですか!?」


「何もしてないよ? 寝ているだけ。ダメ……?」


 とても愛らしい表情で、甘えてくるスフィアに成す術がなく。抵抗する理由もなく。ただ、どうしていいものかと嬉しさ半分、混乱半分でスフィア専用の人間ベッドと化していた。


 ――いや、いや、いや! 寝ているだけって言っても、さすがにこれは不味いって! 一応、俺も健全な十五歳の男の子ですよ!?


「え?」


「ん? どうかしました?」


「ラナた……」


 愛らしい表情から一転、嫌悪感たっぷりの視線を送るスフィア。


「は、はい」


 返事はしてみたが、どんどん怖くなる表情に自然と冷汗が滴る。


「君って、本当に……何、最低なこと考えているのよ?!」


 口には出さず、心の中で叫んだつもりだったが、密着している状態では心の声が全部筒抜けだ。怒れるスフィアは、ラナの上で立ち上がり、ベッド脇に立て掛けられていた杖を手に取ると、ラナを思い切りよく乱打した。


「痛い! 痛いって!」


「知らないわよ! 君が私を変な目で見ているのが悪いのよ!」


「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当に痛いって!」


 この痛みは生きている証拠だ。昨日を頑張って生き延びた。全てのものから逃げ切れた。激しい乱打は止む様子がないけど、もし何かあった時はスフィアをちゃんと守ってあげられるような強い男になろうと硬く決意をした。


 絶対に一人にさせないと。そして、自分の大切な人たちを失わないためにも。


「何が可笑しいの!?」


「可笑しくないです! 頑張ろうって思っただけです!」


 スフィアは、問答無用とさらに激しく乱れ打つ。


「いやだ! いやだ! 放してよ!!」


 ラナが一方的な攻撃を受けていると、二人のいる部屋まで聞こえるほどの大きな声でカルネが何かを嫌がっている声が聞こえた。その嫌がり方は、スフィアを無理に取り上げた時と同じように尋常ではなかった。


「カルネ君?」


 その声に気づいたスフィアは、乱打する手を止めた。


「スフィア様、魔力は?」


「大丈夫、もう回復しているわ」


 スフィアはすぐに白銀の猫に変身すると、ラナの肩に乗り、二人はすぐさま一階へと駆け下りた。


「いやだってば! やめてよ!」


「お願いします! この通りですから、やめてください」


 一階に降りると、鉄の鎧を着た数名の男たちに土下座をするマスターとアレキサンダーを無理矢理カルネから引き離そうとする黒色の団服を着た見覚えのある顔があった。


「やめろよ! カルネ君が泣いてんだろうが!!」


 いくらなんでもやり過ぎだと思ったラナは、怒りを(あらわ)にして黒い団服の男からアレキサンダーを引き離した。


「貴様は、昨日の男だな?」


「あ、お前!! あの時はよくも俺の手を切ってくれたな!!」


「やはりここに居たのか。さすが魔獣と契約を結んだ我が部下たちだ」


 黒い団服の男もとい、グランバードはラナの手を(かす)め切った後、剣先に付着していた血の匂いを魔獣と契約した英雄志願者たちに辿らせて、この場所を突き止めさせていたのだ。


「ん? 白銀色の猫が二匹? 昨日我々の寮にいた猫はどっちだ?」


「俺の猫だ! 何か文句でもあんのか?!」


 カルネとアレキサンダーに疑いの目が向けられないように、ラナは即答し、啖呵を切った。


「そうか。貴様の猫か。カルネ君と言ったか、君には悪いことをした。このグランバード、聖十字騎士団第二団長兼第二寮寮長として深くお詫び申し上げる」


「聖十字騎士団の団長だって!?」


 ラナは心底驚いた。まさか、目の前にいるのが英雄志願者の中でも、より英雄に近い存在と言われている相手だとは思いもしなかったからだ。


「そうだが、貴様はここの住人か?」


「違う!」


「ならば、王都へ何をしに来た?」


「俺は英雄志願者として聖十字騎士団に入団するためにここへ来た!」


「ほう。我々と同じ騎士団の一員になろうというのか。つまり、その猫が君の契約相手(パートナー)という事か?」


「そうだ! 悪いか?」


「別に悪くはないさ。一つ訊くが、その猫は魔女と関係していないだろうね?」


「魔女? 魔法は使えるみたいだけど、猫って魔女と関係あるのか?」


「質問しているのはこちらの方なのだが。まあいい、魔界のものは皆魔力を持っているから多少の魔法が使える魔獣が居ても不思議ではない。それで? 貴様はその猫と一緒に英雄志願者になって何をするつもりだ?」


「俺はこいつと一緒に終焉の日(ラグナロク)を倒す」


「英雄になるつもりか? 笑わせてくれる。貴様のような規則も守れぬ男に世界を守ることは出来ん」


「規則って、俺は聖域に入ってないだろ!」


「いいや、貴様は規則を破った」


「はあ!?」


「契約をし、魂を一つにした者は一心同体も同然。つまり、貴様の白銀の猫(パートナー)が敷地内に入った時点で規則を破ったという事になるわけだ」


「え、そうなの?」


 ラナは確認するようにマスターの方を振り向いた。


「俺は契約というものが何かよく分からないが、グランバード団長様がおっしゃられているのなら間違いないだろう」


 グランバードは、聖十字騎士団の中で最も規律を重んじる男。規則は必ず守らせる。万が一、規則を破った者には必ず罰を与える。それが、団長として全うすべきことの一つだと決め貫いていた。


 顔を見られた上に、スフィアが自分のパートナーだとバカ正直に答えてしまった時点で弁解の余地なし。規則を破ったという事実を受け入れるしかない。


「貴様はその猫が自分のものだと、はっきり言ったな」


「は、はい」


「ならば、貴様にはその猫に代わって罰を受けてもらう。名乗れ」


「……ラナ・クロイツ」


「ラナ・クロイツ。貴様には、今後永久に聖十字騎士団の入団テストを受けることを禁ずる。以上だ」


「え!? ちょ、ちょっと待ってください! 俺のパートナーが聖域に入ってしまったことは謝ります! でも、入団試験を受けられないのは困ります! 絶対に聖十字騎士団に入団しないといけないんです!!」


「罰というものが何か分かっていないようだな。貴様が一番欲し、大切にしているものを奪う。それが規則を破った者に与えられる罰だ」


 グランバードは罰という名の絶望をラナに与えると、部下たちを連れて店を出て行った。


「そんな……」


 ラナは完全に希望を失い、膝から崩れ落ちた。英雄志願者として聖十字騎士団に入団することが出来なければ、魔女狩人(デオ・ヴォルグ)との取引は成立しない。村にいる皆を助けられない。


 英雄になることも、世界のために戦う事も出来ない。

前向きに進もうと、みんなを守れるだけの強さを身に付けようと固い決意をした矢先、夢も希望も奪い去られた。


 希望の存在であるはずの英雄志願者によって――。


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