16話 『小さな勇気で走り出しました』
無言のまま、腹を満たすだけの食事を終えた二人はアレキサンダーを探すために中央広間へ来ていた。相変わらず、中央広間はたくさんの人々でごった返している。
あれから二人は特に会話をすることもなく、黙々と捜すだけの時間が流れる。
街灯周辺や、人が少なそうな路地裏。アレキサンダーを最初に見つけた北門付近。その他にも至る所を捜し回ったが、一向に見つけ出すことが出来ず、日も暮れ始めていた。
『見つからないわね』
ラナの肩に乗っているスフィアが数時間ぶりに話し掛ける。
『一旦、お店に戻ってみますか。もしかしたら、帰ってきたかもしれないですし』
どんよりとした雰囲気を纏ったままのラナからは、全く覇気が感じられなかった。
『そうね。でも、その前に君の抱えているモヤモヤの原因を教えてくれるかしら? いつまでも君がその状態だと私まで気が滅入るわ』
スフィアは、何度か集中してラナの心と同調しようと試みたが、ラナ自身が強く拒絶しているせいかモヤモヤとした感情以外は何一つ分からなかった。
『ふう。スフィア様に黙っているのはダメですよね……』
そう言うと店の中で起こった出来事を包み隠さずスフィアに話した。
『……そんなことがあったのね。君には悪いことをしたわ』
スフィアはラナの抱いている罪悪感と同調してしまったせいか、自分がラナと契約してしまったせいで、他の人まで巻き込んでしまったと酷く自分を責めた。
『いいんですよ。スフィア様は気にしないで下さい。俺にもっと力があれば良かっただけの話ですから』
『それにしても、魔女狩人ってどうして自分たちの事しか考えられないのかしら』
『……みんな自分の事だけで精一杯ってことじゃないですか?』
『そうね。でも、まだ終わった訳じゃないわ。一刻も早くアレキサンダーを見つけて、明日の朝には入団試験を受けに行きましょう』
思った以上にラナの心が折れかかっている。スフィアは、いつものように刺々しい発言は控え、どうにかこうにか前向きになれる様に配慮していた。
『はい……』
身内を人質に取られて元気な方が可笑しいけれど、ここまで落ち込まれるとスフィアの方までどんどん気分が沈んできてしまう。
こういう時、互いの気持ちまで共有してしまうのは結構不便である。
それからしばらく話した後、カルネが待っている店まで戻ってみると、夕食時という事もあり、午前中よりも多くの客で賑わっていた。
少しだけ様子が違っていたのは、マスターと従業員、客を含めた全員が慌ただしくしているという点。不穏な空気が流れていたので、ラナはマスターの下へ駆け寄り一声かけた。
「あの……何かありました?」
「丁度いいところに来てくれた。実はカルネが居なくなっちまったんだ。一緒に捜すのを手伝ってくれないか?」
マスターは藁をも掴む思いでラナに協力を求めて来た。
「カルネ君がいなくなったっていつですか!?」
「兄ちゃんがアレキサンダーを捜しに出た後、部屋に戻ったのは見たんだが、晩飯を食わせようと呼びに行ったらいなくなっていたんだ……。恐らく、アレキサンダーを捜しに行ったのかもしれないな」
ラナたちも、何時間も捜し回って一向に帰る気配を見せなかったし、あれだけ泣き喚いていたのだから、居ても立っても居られなかったのだろう。しかし、この店から捜しに出るとなると、必ず中央広間を通らなくてはならない。いくら人が多いとはいっても、あれだけ長時間捜し回っていたらバッタリ会っていてもおかしくない。
「カルネ君が行きそうな場所とか、アレキサンダーと一緒に遊んで良そうな場所とか、どこか心当たりはないんですか?」
「……面目ない。まったく見当もつかない。俺は父親失格だ……」
我が子が居なくなって意気消沈しているマスターは、毎日のように忙しく働いていてカルネに構っている暇がなかったこともあり、行きそうな場所など思いつきもしなかった。
ラナは落ち込むマスターの姿を見て、ふと昔の事を思い出した。
父親と王都に農作物を売りに来た時に、誤って盗賊の荷台に乗り込んで一か月もの間、行方をくらませたことがあった。
顔は覚えていないが、運良く勇気ある人に救い出されて無事に帰ることが出来たが、恐らくあの時の父親もマスターのように自分を責めていたのかもしれない。
今思い返すと父親には悪いことした。マイナス思考な考え方になっている今日はやたらと、申し訳ない気持ちにさせられる日だ。
昔の事を思い出していると、一人の客が大慌てで店に飛び込んできた。
「ロイドさん! カルネ君の居場所が分かったかもしれない!」
「本当か!? どこにいる!?」
マスターは客の下へ駆け寄って早く言えと急かすように訊いた。
「それが……騎士寮の敷地内らしい」
客はかなり言いづらそうに答えた。
「騎士寮だって!? 嘘だろ……。本当なのか?」
マスターは、腰を抜かすほど驚いた。ラナとスフィアを除く、その場にいた全員も驚き顔を見合わせた。
驚くのも無理はない。騎士寮の敷地内、つまりドラグナム城を中心とする聖域には特別な許可がない限り、足を踏み入れてはいけない決まりになっているのだ。
騎士寮はドラグナム城を守るように周囲を取り囲む形で建設されおり、さらにその周囲を城壁がぐるりと聳え立っている。中央広間側にある正門から入る以外に侵入することは出来ない構造になっているため、聖十字騎士団からの紹介状やそこに住まう兵士や騎士が同伴していることが大前提とされている。
そこへ侵入した場合、どんな理由があったにしろ重罪とみなされ、それ相応の罰が与えられるのだ。
そんなところへ侵入したと聞いたからには、信じたくないというのが正直なところだが、現実はそういう訳にもいかないようだ。
「多分、間違いない。一週間前の大雨で地盤が緩んだところがあっただろ? そのせいで城壁の一部が壊れて、子供が一人入れるくらいの穴が開いているみたいでよ。さっきアレキサンダーを追いかけて中に入っちまったらしい」
「そうなのか……。本当に聖域に入ってしまったのか」
受け入れられない事実に肩を落とすマスター。それを慰めるように声を掛ける人や、目を瞑りその事実を自分の事のように受け止め心を痛める人、全員が全員、すべてが終わったような顔をしていた。
しかし、何も知らないラナはズンと沈んだ雰囲気を払拭するように、
「カルネ君の居場所が分かって良かったじゃないですか! アレキサンダーも一緒みたいですし、急いで迎えに行きましょう!」
と、威勢よく言った。しかし、誰一人としてそれに答える者はいなかった。
「あ、あれ? 迎えに行きますよね?」
「無理なんだ」
絶望するマスターに代わって、先ほど店に飛び込んできた客が答えた。
「何が無理なんですか? 間違って騎士寮の敷地内に入っただけですよね? それならちゃんと話をして一緒に探してもらいましょうよ」
「それが無理なんだ。あの城壁の内側、聖域にはどんな理由があっても入ってはいけない。もし入ったことが分かれば、罰を受けなければならない。例え、それが子供であろうとね」
「ど、どんな罰を受けるんですか?」
「カルネ君は住民権を失って王都から永久追放されることになる。ちなみにその家族も連帯責任で同じ罰を受けるんだ」
「なーんだ。そういう事だったら俺に任せてくれ! 俺はここの住人じゃないし、特に困ることないからさ。ちゃちゃっとカルネ君を見つけてくるよ!」
ここの住民ではないラナは、葬式のように静まり返っているみんなを置いて足早に騎士寮へと向かった。
「ダメだ、坊主!! 君も罰せられるぞ!!」
一心不乱に店を飛び出したラナに、店主の声が届くことはなかった。
城壁内に住まう者たちは厳しい規則の下で生活をしている。その規則の中には、城壁外で暮らす人々や王都へ立ち入る人々が関係する規則も数多く存在している。つまり、ラナが外から来たとはいえ、聖域へ足を踏み入れることは許されないということだ。
そんな事とはつゆ知らず、日が暮れて暖かな光に彩られた中央広間をドラグナム北城門目指して駆け抜ける。
店を飛び出した直後は、カルネたちを連れて帰る。ただ、それだけを考えていた。しかし、一歩一歩、進めば進むほど不安が心を覆っていく。そんなラナを見かねたスフィアは、
『少し落ち着きなさい』
と、肩にしがみつきながらスフィアは優しく声を掛ける。
『あ、すみません』
『色々考えたところで何も変わらないわ。入団テストは早くても明日の早朝。今やるべきことは――』
『カルネ君たちを見つけて連れて帰る! 分かってますよ! 分かってるけど……』
『じゃあ、はっきり言わせてもらうけど、君がそのままだと私まで自分を責めたくなるからやめてくれる? 本当にいい迷惑だから』
無理に優しくしても意味がないと感じたスフィアは、いつも通りの強い言い回しでラナを責め立てた。
『すみません』
ラナの抱いた感情がどんなものであれ、強ければ強いほどスフィアに流れ込んでくる。
スフィアの目的を成し遂げんとする前向きな感情さえも圧倒してしまうほどの罪悪感と不安感。良かれと思って責め立てたのに、ナイーブになっているラナには逆効果だったようだ。
『謝るのもやめて。君の気持ちは痛いほど伝わっているから、今はカルネ君を見つけ出す事だけを考えて』
『すみませ……。じゃなくて、そうですよね! カルネ君を見つけて帰らないとですよね! 俺たちがやらないと!』
スフィアの気持ちがようやくラナに通じたらしく、パンッ! パンパンッ! と頬を打ち鳴らして喝を入れた。





