14話 『とんでもないことを聞かされました』
「お前に忠告とある情報を伝えに来た」
「忠告とある情報?」
「お前の故郷はアルカノ村で間違いないな?」
「そうだけど、それがどうかしたか?」
「俺はアルカノ村がある命の宿る山脈を拠点として行動している。あそこは魔界でいうと暴食熊の住処だった場所だ」
「何が言いたい?」
回りくどい言い方をするデオに苛立ちを感じながら訊いた。
「お前の行動次第で大切なものを失うってことさ」
「大切なものって……。お前、まさか村の皆を!?」
「村の周辺には五千体を超える暴食熊たちで包囲させている。もし、お前が約束を破ったら、アルカノ村を襲撃して皆殺しにする。それが俺からの忠告だ」
下衆の極みとは、このことを言うのだろう。
そして、デオが単なる脅しではなく本気でそう言うタイプの人間だという事は知っている。
なぜなら、ダンクンを元に戻すためならどんな手段も使う。邪魔をするなら相手が魔女だろうが人間だろうが、容赦なく殺す。それがデオ・ヴォルグという男だからだ。
「あんた、それでも人間かよ」
「まあ、そういきり立つな。お前らが俺の言う通りにしていれば何も問題はない。俺が本気で女王の魔法杖を探すという保証がないからな。保険みたいなものさ」
高みの見物でもするように、憎たらしい余裕の笑みを浮かべている。
自分は失うものが何もないし、今まで通り魔女狩りの仕事をしながらラナたちを待っていれば良いのだ。余裕があって当然だろう。
だが、スフィアの目的も女王の魔法杖を探し出すこと。
だから、ラナにとっては要らぬ心配。必要以上にプレッシャーを与えられて、いい迷惑でしかない。
「約束を破るつもりは最初からないよ。どの道、俺たちも探さないといけなかった訳だし、それに村の人たちは関係ないだろ」
「口先だけなら何とでも言えるさ。お前らが女王の魔法杖を無事に見つけたとしても、俺たちに協力するとは限らないからな」
最悪だ。デオは思った以上に話の分からない奴だ。
「まあ、村人の命がどうなるかは、お前ら次第だ」
「ふざけるな!」
自己中心的な言い分に、さすがに嫌気がさしたラナは思わず大声で怒鳴り散らした。
「何だ、何だ?」「喧嘩か?」
周囲の客は何事かと、二人の方を振り返りざわざわとし始めた。
「落ち着け。俺はお前と争いに来たわけじゃない」
「人質を取っておいてか?!」
「一つ取引をしよう。今、黒い杖を持った人物について情報がある」
「取引? 情報があるなら自分たちで探しに行けば良いだろ」
「残念だが、魔女狩人には立ち入ることが出来ない場所にいる」
「どういうことだよ?」
「王都西地区ヘスペラウィークスに黒い杖を持った女がいたという情報が入ったのはいいが、あそこには魔女狩人はおろか、一般人すら立ち入ることが出来ん」
「あんたらが入れないのに、俺たちにどうしろと?」
「あそこに入れるのは、調合術師組合の一員である調合術師か。聖十字騎士団の中でも聖十字騎士と呼ばれる精鋭、つまり英雄志願者以上の位を持った者だけだ」
ヘスペラウィークスは、王都へ供給するための物資を蓄えてある保管庫や医療に特化した技術を用いて人々を支援することを目的とした調合術師組合がある。そこは、王都サンクトゥスの要となる生命線ともいえる場所。そのため、厳重な警備と入念な身元確認が行われる。
つまり、身元を詐称して侵入する事は不可能ということになる。それを知っていたデオは、英雄志願者になるために王都へ行くと聞いた時から、この取引を持ち掛けることを考えていたのだ。
しかも、絶対に断れない状況を作るためにわざと生かしたまま、あの場から逃がすという計画まで立てて。
「お前さっき、魔女狩人と聖十字騎士団は協力関係にあるって言ってただろ? わざわざ俺に協力を求める必要ないじゃないか」
「いいや。魔女狩人と聖十字騎士団の間には、魔女の抹殺および魔女に関する物は全て破壊するように盟約されている」
「見つけても破壊しないといけないってことか」
「ああ。お前とあの魔女は、俺と同様に女王の魔法杖を必要としている。だから、唯一無二の協力関係にあるってことだ」
「それで、俺に英雄志願者として潜入しろと?」
「そうだ。聖十字騎士団の入団テストは毎日早朝から行われている。ある程度の力があると認められれば、それなりの任務を与えられて行動範囲も広がるはずだ。場合によっては、直談判して任務に就く事も出来る。それを上手く利用して潜入しろ」
「あんた、やけに聖十字騎士団に詳しいみたいだけど、もしかして……」
「余計な詮索はよせ。お前は一日でも早く英雄志願者として黒い杖を持った魔女を追え。そうすれば、お前たちを信じて村の住人を解放してやる」
二度も断れないような取引を持ち掛けられて、信用しろというのか?
しかし、状況は前回と大して変わらない。違うのは、誰の命が掛けられているのかどうかだけだ。自分の命ならまだしも、大切な人たちの命を危険に曝されては、デオの言葉を信用する以前に従うしか道はない。
「約束しろよ?! 絶対だからな!」
「約束は守る。お前ら次第だがな……」
デオは理不尽な要求ばかり並べて、ラナの下を後にした。
力のない弱者は強者に付き従うしかない。例えそれがどれだけ理不尽だろうとも。それがこの世界の摂理であり、残酷なまでの現実だ。
「ちくしょう……」
無言でカウンター席に戻ったラナは、今にも泣き出しそうな顔を隠すように机に突っ伏した。
カッコいいからという軽い理由で英雄なることを志したばかりに、余計なことに巻き込まれ、それが自分だけならよかったものの、家族同然の村人たちまで巻き込み命の危険に曝してしまった。
もっと自分に力があれば、こんなことにはならなかったかもしれない。ラナは自分を責め、己の非力さに嘆いていた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。後悔の念は募るばかりだ。
それから数分の間、心の中にもやもや渦巻くどす黒い闇を彷徨い続けていると、
「お待ち遠さま!! 当店自慢の英雄特盛ステーキだ!! ガハハハハハッ!!」
と、豪快な笑い声を響かせながら、芳ばしい香りの漂う英雄特盛ステーキを運ばれてきた。
が、デオの持ち掛けた取引のせいで食欲が湧くはずものなく、ラナはカウンターに突っ伏したまま動かなかった。
「待ちくたびれて寝ちまったのか? おい、兄ちゃん! 早く食わねえとせっかくの料理が覚めちまうぞ! ちゃっちゃと起きて食いな!」
ラナがどういう心境なのか知る由もないマスターは、これでもかというくらいに話し掛けてくる。
「すみません、ちょっと疲れちゃって」
と、あくまでも眠たかっただけのような素振りをして、目から零れる涙を拭いながら顔を上げた。
「そう言えば、兄ちゃんは店に来てから色々聞き回っていたようだが、何か探し物でもしているのかい? 厨房に入る前も、何か聞きたいことがあったようだが」
――あ、そうだった。
魔女狩人たちのせいで、当初の目的をすっかり忘れていた。ラナは、ちゃんと椅子に座り直し、姿勢を正すと質問を投げかける。
「少し前なんですけど、この店に猫を連れた子供が入って来ませんでしたか?」
「猫を連れた子供? ああ、倅のことか。それがどうかしたのか?」
「マスターのお子さん何ですか!? もしかしたら、俺の猫と間違えているかも知れなくて」
「兄ちゃんも白銀の猫を飼っているのかい?!」
「ええ。一応、飼い始めたばかりで首輪は付けていないですけど」
「これは奇遇だな。ここら辺じゃあ、白銀と言えば魔女っていうイメージが強くて、好き好んで白銀の猫を飼う奴がいないのさ。確か、王都ではうちくらいのもんだな。倅を連れてくるから、ちょっと待っていな」
同じような猫を飼っていると聞いて機嫌を良くしたマスターは、大きな体に相応しくない軽やかな足取りで、子供を呼びに二階へと上がっていった。





