13話 『まさかの人物に遭遇しました』
「あの、ちょっと良いですか?」
「ん? どうしたんだい?」
男はラナに話し掛けられると、笑顔で対応した。
「ちょっと前にここへ、猫を連れた男の子が入って来たと思うんですが、見てないですか?」
「猫? どんな猫を連れていたんだい?」
「えっと、白銀色の可愛い猫なんですが」
「白銀色の猫か。すまない、俺もつい今し方ここへ来たばかりで見ていないんだ。それにしても、白銀色だなんてまるで魔女みたいだね」
今まで話し掛けて来た人の中で、自分から魔女の話題を出してきたのはこの人が初めてだ。ラナはもしかしたら女王の魔法杖の情報を知っているかも知れないと考え、その話題に乗っかることにした。
「もしかして、魔女に詳しいんですか?」
「詳しいって訳じゃないけど、魔女の噂は絶えないからね。多少は知っている方だとは思うよ」
「そうなんですか!? えっと、もし大丈夫だったら少し話を聞かせてもらっても良いですか?」
「良いけど、何について知りたいんだい?」
「魔女が持っている杖についてなんですが、黒い杖について何か知りませんか? 女王の魔法杖っていうらしんですけど」
「女王の魔法杖っていう黒い杖か……。うーん、聞いたことないな」
「そうですか……」
申し訳なさそうに答えてくれた男性客には悪いと思いつつも、ちょっと期待していた分、残念そうな顔をしてしまった。
「でも、どうして魔女の杖なんかに興味があるんだい?」
大半の人が忌み嫌う魔女について、話を聞きたがる物好きはかなり珍しいから不思議がられるのは当然だろう。嫌な顔一つせず話を聞いてくれた男性客に好感を抱いたラナだったが、詳細を話すわけにもいかず、
「ちょっと気になるなぁって思ったので、単なる好奇心ってやつですよ」
と、少し濁しながら答えた。
「好奇心……か。それにしては、北門前通りで必死こいて訊きまわっていたようだけど、本当にそれだけなのかい? まさかとは思うけど、魔女と一緒に行動していたりしないよね?」
明らかに嗅ぎまわっている事を知っている口ぶりの男に違和感を覚えたラナは、少し警戒しながら、
「せ、北門前通り? 俺はずっと中央広間で、はぐれた猫を捜し回っていただけですけど、そんな人がいたんですか?」
明らかに嘘をついているのがバレバレなくらいに目を泳がせ、冷汗をダラダラと流しながら答えた。
「そうか、それは残念だ。もし、魔女と一緒なら俺があいつの代わりに討伐してやろうと思ったのに」
あいつとは恐らく雪山で襲ってきたデオ・ヴォルグの事だろう。
男のにこやかな顔は一瞬にして消え失せ、左手に隠し持っていたナイフをチラつかせ、確信したようにラナを睨みつけていた。
殺気に満ちた眼光は数時間前まで痛いほど感じていたものと同じ。この男は間違いなくデオと同じ魔女狩人だ。
「と、討伐って、ここお店の中ですよ? そ、そんな物騒な物しまってくださいよ」
「お前がセーラム家の魔女と行動を共にしている少年じゃないなら、このナイフをしまってやってもいいが、本当に知らないのか?」
「……知らないですね」
不味い。心臓の鼓動が高まり、緊張から呼吸がし辛い。
「知らない……か。その割には動揺しているようだが?」
「う、嘘じゃないです。本当に知りません」
「嘘を吐くなら、もっとうまく嘘を吐いた方が良い。……お前、死ぬよ?」
今すぐに殺すという殺気に満ちた目で釘付けにされた瞬間、目にも止まらぬ洗練されたナイフさばきで、ラナの首元に朱色の一線が刻まれた。
「痛っ……」
後から奔った痛みでようやく切られたことに気づく。
咄嗟に首筋の傷に手を添えて見ると微量に流れ出る血が手についていた。
周りに助けを求めようにも、誰一人として気づいている様子がない。歯をガタガタさせながら、男を見ると、ラナの方を見ずに別の人物を見ていた。その人物はナイフを握った男の腕を筋肉質な手で力強く鷲掴みにしていた。
――どうして、こいつがここに!?
ラナはその男の姿に度肝を抜かれた。驚きの余り唖然としているラナに代わって男が訊いた。
「どういうつもりだ……デオ・ヴォルグ」
そこに居たのはラナたちを必要以上に追い回し、命を狙っていた魔獣使いの魔女狩人デオ・ヴォルグだった。あんな断れないような取引を持ち掛けて来たのに、性懲りもなく後を追ってきたようだ。
「それはこっちのセリフだ。俺の協力者に何をしている?」
「協力者だ? こいつは同業者じゃないのに魔女について嗅ぎまわっていた。それに明らかに魔女について何か隠している素振りだった。俺の勘は外れたことがないんだよ」
「それは俺が口止めをしていたからだろう。この少年には俺が単独で探していた黒い杖について極秘に情報を集めるように伝えてあったからな」
そんなことは一言も言われていない。
むしろ、取引とは名ばかりの強制的な要望で女王の魔法杖を探すように言われたあげく、隙あらば命を狙おうとしていた奴だ。協力者とは程遠い、紛れもなくこいつは敵だ。
はっきり言って、もう会いたくなかった相手だ。
「極秘ってお前、部外者の人間に協力を求めるのは規則違反だろうが」
「ああ、だから極秘に依頼していた」
「こりゃあ、処罰ものだな。一般人を巻き込むのはかなりのペナルティになるぜ」
「問題ない。こいつは英雄志願者になるためにここへ来ると言っていたからな。今は一般人だが、いずれは俺たちと協力し合う間柄になる。要するに先約ってところだ」
淡々と当たり前のように嘘を並べているが、英雄志願者が魔女狩人と協力関係にあるなんて話は今まで聞いたことがなかった。まあ、魔女の存在を数時間前に知ったばかりだから無理もないのだが。
「このガキが英雄志願者になってか? それなら、まだ一般人ってことじゃねぇか」
「今は……な。いずれ入団テストに合格すれば問題ない。それまでは情報収集は控えさせておく。これで問題ないだろう? それにお前は勘違いで一般人を傷つけた。一番重い罰を受けるのはお前という事になるが、それについてはどうするつもりだ?」
「ちっ。お前は何考えているか分からないからな。今回は見逃してやる。俺も百歩譲って勘違いとは言え、一般人を傷つけちまった訳だからな。お互い上には報告なしだ。いいな?」
「ああ、それでいい」
納得がいかない様子の男は、渋々ナイフをしまい、大きな足音をわざとらしく立てながら店を出ていった。
「おい。どういうつもりだよ」
「何か問題でもあったか?」
「あんたは俺たちの命を狙っている身だろう? どうして助けた?」
「助けたわけじゃない。お前らに今死なれてはダンクンを元に戻す可能性が減ってしまうからな」
もっともらしいことを言っているが本心がどうなのかは分からない。今分かる事といえば、ここに居合わせたデオのおかげで救われたということだけだ。
「それで、あんたはどうしてここに居るんだよ?」
魔女狩人が一般人を危険に曝してはいけないという事を聞いたラナは、店にいる限り大事にはならないと踏んで、いつになく強気で訊いた。
「実はお前らに伝えていないことがあったからな。それを伝えに来た」
「伝えたいこと……?」
重苦しい雰囲気で何かを伝えようとしているデオを見ていると、一抹の不安を感じずにはいられなかった。





