12話 『スフィア様がいなくなりました』
中央広間へ到着すると、大勢の人々が波のようにあっちへ行ったりこっちへ来たり。
ド田舎暮らしのラナには、新鮮過ぎる光景が目の前に広がっていた。
――ここが王都サンクトゥスの中央広間……。すげぇワクワクする!!
王都サンクトゥスは卵を逆さにしたような楕円形になっている。東西南北にそれぞれのエリアが存在し、その中心に位置しているのが中央広間<メディウス・ロクス>。
ここ数年で希望の光である英雄志願者に対する評価が急上昇したおかげで、かつて英雄が所属していた聖十字騎士団が守るドラグナム城を間近で見られるこの場所は、年間七千万人の旅人や観光客が立ち寄る観光名所となっている。
中央広間の北方面は白煉瓦をベースにした建物の数々が立ち並び、雪国の雰囲気を演出してる。建物以外にも、通路や街灯、お店の中にいる人の服まで白色で統一するほどの徹底ぶりだ。その見た目から中央広間から北側の地域はホワイトエリアとも呼ばれている。
父親と一緒に王都へ農作物を売りに来たことがあったが、いつも父親の邪魔にならないように北門前通りをうろちょろしていただけで、一度も中央広間へ足を踏み入れたことがなかった。
もしかすると、少しは立ち寄ったことがあるかもしれないが、当時はまだ幼かったこともあり、初めて来たような感覚でとても新鮮だ。
――やっと、やっと来たんだ……。
ラナは今日という日をどれだけ心待ちにしていた事か。
この国で一人前と認められる十五歳になると好きな職業を選択して、それに対応した組合に入ることが義務付けられていた。
幼少期からなりたいものが決まっていただけに十五歳になるまでの歳月は、途方もなく長く感じた。村で一緒に遊んでいた親友も一足先に村を出ていってしまうし、もう我慢の限界が来ていたのだ。
結果的には、待ちきれなくて日付が変わると同時に出発して、あの有り様だったわけだが。
何はともあれ、本当は大はしゃぎしたいところだが、新たな刺客である魔女狩り(ウィッチハンター)に見つかる訳にもいかず、感動と興奮を内に秘めてこそこそと身を潜めるしかない。
「それにしても人が多いな。まあ、これだけ人が多かったら魔女狩人も俺たちの事は簡単に見つけられそうにもないですね」
「にゃー」
「にゃー。って、ネコになりきっちゃいました?」
「にゃー」
「スフィア様? ……って、あれ?」
両脇に抱えていたはずの猫が一匹いなくなっていた。しかも、ここに残っているのは黄色い首輪付きの猫。
――嘘だろ!? いつの間に!? どこ行っちゃったんですか!?
慌てて辺りを捜してみるが、それらしい姿はどこにも見当たらない。というか、人が多すぎる。
「ったく、スフ……」
ラナはスフィアの名前を叫ぶのを思いとどまった。
デオに名前を知られている以上、他の魔女狩人たちに情報が流れている可能性があったからだ。
しかし、猫に化けたおかげでより捜しにくくなったスフィアを捜すなければならないのに、大勢の人々が行き交う中、身をかがめながら名前も呼ばずに捜し出すのは困難を極める。
必死になって捜し回るが、次々に入り乱れる人々が作り出す壁に阻まれて、1メートル先すらよく分からない。
仕方なく、行き交う人々に猫を見なかったかどうか聞き込もしてみたのだが、何一つ情報を得ることが出いない。まったく、魔女に関連する事となると中々上手くいかないものだ。
ふと、噴水近くに設置されていた伝言板が目に入ったが、迷子の猫を捜していますと書いて待つわけにもいかないだろう。どこの誰が見ているのかも分からないし、こうなっては打つ手がない。
「はあ。なんで毎回こうなるかな……」
と、せっかく駒を進めることが出来たのに、毎回一回休みを宣告されているすごろくゲームに身を投じているような気分になりながら、途方に暮れている時だった。
「ニャー!!」
遠くの方から甲高い猫の鳴き声が、ガヤガヤと賑わう人々の声を切り裂いた。
「もしかして」
ラナは大急ぎで近くの街灯によじ登り、鳴き声の聞こえた方向を見た。
「何あの子」「テンション上がったのか?」「若いって良いわねぇ」「恥ずかしいやつ」
突然、街灯によじ登ったラナに人々は足を止めて注目し始めた。次々に静止する人々の中で、人込みを掻き分けながら走り抜ける子供の姿があった。
じっと目を凝らして見ていると、走り去る子供の背中越しにひょっこりと白銀色のしっぽが見えた。
「あああああああ! 見つけた!!!!」
スフィアと確定したわけではなかったが、白銀の猫を見つけた嬉しさで思わず大声を出してしまった。
猫を連れた子供は何の迷いもなく、ひたすら真っ直ぐに進んでいき、とある店の中へ入って行った。ラナは、それを確認するや否や街灯から飛び降り、その店に急いだ。
「生成り色の防寒具……。 こりゃあ、確かめる必要がありそうだな」
盛大にパフォーマンスをしたせいで聞き込みをしていた魔女狩人に目撃されていた。まあ、あれだけ目立つことをしたのだから、怪しまれても仕方がない。
魔女狩人もラナの後を追った。
「すみません! ちょっと通して!」
まさか魔女狩人が自分を追ってきているとは、夢にも思っていないラナは、懸命に人を掻き分けながら前進し続けた。
そして辿り着いたのは、<酒場Lloyd>という名の店。
店内からは、果実酒のフルーティーな香りとこってりとした肉料理の匂いが漂っていて、食事を楽しむお客たちがお祭り騒ぎをしている声も聞こえてくる。
そんな賑やかな店内に入り、お目当ての子供の姿を探しながら一歩ずつ進んでいく。
子供を探しながらも目に入って来るのは、美味しそうに肉料理を堪能するハゲ親父や、酒を浴びるように飲み続ける白髪頭の老人二人組。普通に料理を楽しむ四人家族まで老若男女問わず、様々なお客たちが各々の時間を悠々自適に過ごしている様子だけ。
家族連れの中に数名子供がいたので声を掛けてみたが、猫と一緒にいる様子もないし、猫の姿を見ていなかった。
「ゴホンッ、ゴホンッ!」
わざとらしい咳払いが聞こえたので、店の奥を見てみると、カウンター越しに衣服がはち切れそうなほど鍛え上げられた逆三角形男がいた。
顎のラインに沿って綺麗に整えられた髭をわしゃわしゃと触りながらラナを凝視している。
恐らく、あの髭男は店主なのだろう。ちょっと気まずくなったので、他の客に話を聞くことを止め、迷わず髭男の下へ駆け寄った。
「おい、坊主。人が楽しく飲み食いしてるのを邪魔しちゃいかんな。親から習わなかったのか? もし、習ってないならここのマスターである俺が教えてやっても良いんだが?」
「すみません! ちょっと緊急だったので、あと少しだけお聞きしたいことがあるんですけど」
「緊急だか肉球だか知らねえが、ここは飯を食うところだぞ?」
――お決まりのやつですか……。
食事をしている場合ではなかったが、絶対ここに居るはずの子供とスフィアを見つけ出すために、仕方なく注文する事にした。
「えっと、じゃあ、この店のお勧めを」
「よしきた! 当店自慢の【英雄特盛ステーキ】一人前!!」
威圧感たっぷりだったのに、料理を頼んだ途端、声のトーンを一つ二つ上げてきた。
なんと現金なマスターなのだろうかとあまり良い気はしなかったが、英雄という単語にビビッと来たラナは、
「英雄特盛ステーキ?」
と、興味津々で訊いた。
「兄ちゃん知らないのかい? 王都へ来たら、これを食わなきゃ始まらないっていうくらいの名物料理! それが英雄特盛ステーキさ! 聖十字騎士団に所属する兵士たちも任務前にはよく食べに来るぞ! がははははっ! まあ、味は保証してやるから楽しみに待ってな」
「あ、まだ聞きたいことが……。って、行っちゃった……」
ラナは話を切り出すタイミングを逃してしまい、店主の髭男は厨房へ引っ込んでしまった。
料理が出てくるまでの間、ここに座って黙って待っているわけにもいかない。マスターには悪いけど、ちゃんと料理は注文したし、お客として他の人に話を聞かせてもらおう。
そう思い立ったラナは、近くに居た男に話し掛けることにした。





