10話 『新しく超高難易度ミッションが追加されました』
「協力するしかなさそうだけど、君はそれでいいかしら?」
「スフィア様がそれで良いのなら」
それ以外に何と言えば良いのだろうか。村の外に出てみたら、断れないような条件ばかり出してくる理不尽極まりない奴にしか会わないし、正直どうにでもなれとやけくそになっていた。
「決まりだな。契約者の了承も得たことだし、今から一週間以内に女王の魔法杖を探し出せ。もし、出来なければお前らの命はないからな」
「協力はするけれど、一週間は無理よ。女王の魔法杖は遥か昔に魔界から消えてしまって今は伝説級の代物になっているわ。唯一それを使う事を許された女王も、一年前から行方が分からなくなっているの」
「知ったことか。お前らは一週間以内に探し出すか、一週間後に死ぬか。それ以外に道はない」
「本当にそれで良いのかしら? よく考えた方が良いわよ。一週間以内に彼女を人間の姿に戻したところで、一年後に四度目の終焉の日が猛威を振るえば、ここに居る全員が死ぬかもしれない。それよりは、魔獣の力を維持したまま、来る決戦の日に備えて力を蓄えておくべきじゃないかしら?」
スフィアの言う事には一理あった。
四人の偉大な英雄ですら太刀打ちできなかった終焉の日に対して、数名の勇士を募ったところで返り討ちにあってしまう可能性が高い。
そうなってしまえば、人間に戻ったところで死ぬ確率を高めてしまうだけだ。
「そんなことは関係ねぇ! どうせ滅びる世界なら元の姿に戻って、最後の時を迎える方が良いに決まってんだろうが!」
「世界を滅ぼさせたりはしない。私は必ず彼と共に世界を救い、元の世界に戻す。あなたが諦めるのは勝手だけれど、それだけは譲れないわ」
「バカバカしい。お前らだけで世界を救えると思っているのか?」
「思っていないわ。不本意だけど、敵であるあなたたちの協力も必ず必要になる。今まで私たちのように契約を結ぶことが出来ずに死んでいった魔族が数千体といるわ。あなたが諦めて死を待つのは勝手だけれど、限られた戦力で戦う以外に道はない。それに元々はあなたたち人間の世界の問題なのだから、どうせ死ぬなら少しくらい抗ってみたらどうなの?」
「くだらねぇ。誰も本気で世界を救えるなんて思っている奴なんかいねぇんだよ」
世界は既に絶望という名の闇に覆われ始めていた。
デオのように世界を救うことを諦めた人々は、その恐怖と絶望から逃れるため、何かにすがり何かを陥れ心のバランスをとることに必死になっていた。
「世界を救える可能性があると言ったら?」
スフィアは、全てを見透かしたようにそう言った。
「……話してみろ」
デオは半信半疑で耳を傾けた。
「あなたの探している女王の魔法杖は、元々私が探しているものでもあるし、この世界を救うためには必要な物の一つよ。だけど、唯一それを使用する事が出来る女王様が失踪したおかげで、魔女の一族は新たな女王の選定を始めているわ」
「それで?」
「女王の座に就くことが出来るのは、女王様の血を引くもの。つまり、私を含めた十三人の皇女だけ。私は誰よりも早く、女王の魔法杖を見つけ出し、玉座で新たな女王として即位したことを宣言する。それさえ出来れば、私は最強の魔女として、この世界を救うために戦うことが出来るわ」
「なるほど、お前の考えが読めて来たぞ。つまり、お前が女王の魔法杖を探し出し女王として即位するまでは、誰もダンクンを元に戻す力を得ることが出来ない。だから、後継者候補であるお前が死ぬことは俺たちの不利になる。そういうことだろう?」
「そうよ。だから、協力はするけれど一週間という期限では女王の魔法杖を探し出して女王に即位するのは不可能。私以外の十二人のお姉様たちも女王の座を狙っている事から考えても、そう簡単ではないのよ。もし、魔女狩人たちが協力してくれれば、もっと早く見つけ出せると思うわ」
「なんて冷酷な女だ。結局お前は、俺たちに協力する代わりに他のライバルを始末しろと言いたいわけだな?」
「失礼ね。私はお姉様たちを始末してほしいとは言っていないわ。もし、始末しているなら争いごとも減るし、別に構わない」
嘘だ。本気で姉たちが死んでいていいと思っていない。
スフィアから伝わってくる悲しみと苦しみの感情がラナにそう告げていた。
「自分の目的のためなら家族の死も受け入れるか。その覚悟だけは認めてやる。期限は四度目の終焉の日の後。全てが終わったら、必ずダンクンを元に戻してもらう。そうしなければ――」
「ええ、殺してもらっても構わないわ。一応、約束は守る主義なの。だから、出来ない約束はしないわ」
「取引成立だ。ダンクン、解放してやれ」
「仰せのままに」
取引が無事終わると、デオはダンクンに命じてラナを縛っていた布を切り裂き解放させた。
四度目の終焉の日の後、という期限付きで命を繋げることが出来たが、伝説級の代物となった女王の魔法杖を探し出し、魔女の女王として世界を救うという超高難易度のミッションを受注してしまったら、死に物狂いでも探し出して世界を救うしかない。
――はあ。本当に大丈夫なのかな。
絶対にやってやると契約の時に誓ったが、自分の意志で救う事と誰かに強制されて救う事では意味合いが違ってくる。
「スフィア様……。もう、行きましょう」
口約束とは言え、まだ実力が伴っていない状況でのこれはかなり精神的に堪える。ラナは心身ともに追い込まれていた。
「ダンクン。俺たちもいくぞ」
「待ちなさい。餞別に良いことをしてあげるわ」
その場を立ち去ろうとしたデオたちをわざわざ引き留めると、スフィアは徐に杖を手に取った。
「あ? 何をするつもりだ」
「見ていれば分かるわ」
そう言うと、スフィアはダンクンに向かって杖を向けると詠唱を始めた。
「神に仕えし精霊たちよ。傷ついた子らを暖かな光で癒したまえ。<精霊の癒し>!」
放たれた魔法は、黄色と緑色が交互に入り混じった光を放ち、オーロラのように揺らめきながらダンクンの大きな体を包み込んでいく。
優しく包み込まれた大きな体は次第に小さくなっていき、暴食熊の姿から人の姿へと変わっていく。剛毛に覆われた太くて頑丈な手足はスラリと伸びた女性らしいものになり、下半身から上半身へと徐々に人の形を成していった。
そして、ダンクンを包む光がゆっくりと霧が晴れるように消えていくと、艶やかな長い黒髪と大人の色気が漂う全裸の女性が現れた。
――は、裸!?
ラナは両手で目を抑えつつ、指の隙間からチラチラとその姿を見ていた。
「お、お前……ダンクン……なのか?」
初めて見るダンクンの姿に、戸惑いながらもじっと見つめるデオ。
「こ、これは一体何が……」
突然の事に驚きを隠せないダンクンは、久しく見ぬ自分の手足を何度も見返している内に自然と笑顔と涙が溢れ出した。
「今使った魔法は状態異常を回復させる魔法よ。そこまで高等な魔法じゃないから、完全に呪法を解くことは出来ないけれど、少しの間だけ元の姿に戻してあげたの」
「あ、ありがとう……ございます」
ダンクンは綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣いた。憎き魔女であるスフィアに礼を言いながら。
「感謝の言葉なら、あなたが完全に元の姿に戻れた時に受け取るわ。今は少しでも元の体を堪能しなさい。私たちはもう行くわ」
スフィアはそう言い残すと、ふらふらした足取りでラナと一緒にその場を後にした。
デオとダンクンは、一時とはいえ元の姿に戻れたことを心から喜び、互いの温もりを確かめ合うように抱き合った。
千二百年という長い歳月、苦しめられてきた事実が消えたわけではなかったが、その苦しみを一瞬で忘れ去ってしまう程に二人は歓喜した。
「スフィア様って、結構優しいじゃないですか」
去り際に良い感じの雰囲気になっている二人を見ながらラナは言った。
「何を寝ぼけたことを言っているの? 少しは周りを見なさいよ」
「周り?」
薄暗い山の中、少しだけ差し込んだ月明かりで朧げに浮かび上がったのは四方八方を取り囲む熊の大群だった。
「げっ! なんでこんなに?!」
「神雷光反転を使った時にはもう周囲を取り囲んでいたわよ」
「そう言われてみると、光の数が多かったような……って、それは早く言えよ!」
「だって君、二体二の状況でも縮みこんでいたじゃない? もし教えていたら絶対にパニックになって作戦どころじゃなくなっていたわ」
「ぐっ……」
間違いない。あそこでこれだけの数に囲まれているなんて知ったらギリギリ平常心を保っていたラナは確実に発狂していただろう。
「だからっていう訳じゃないけど、あの二人がまだ何か企んでいるかもしれないから、少しだけ二人の時間を作ってあげたのよ。あれだけ感極まってたら、他の熊に命令できないでしょ? だから別に優しい訳じゃないわ」
「その割には、嬉しそうですね」
優しくないと言いつつも、後ろの二人をチラッと見て少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「べ、別に嬉しくないわよ」
「またまたぁー」
「うるさいわね! 先を急ぐわよ!」
「はーい! スフィア様!」
出発早々、面倒なことに巻き込まれたけど、スフィアと一緒なら楽しくなりそうだ。と、これから待ち受ける様々なトラブルのことなど知る由もないラナは、ちょっと癖のある幼顔の可愛い白銀の魔女と共に楽しい旅路になることを期待して胸躍らせていた。
何はともあれ、英雄を志す少年ラナ・クロイツは、世界を元に戻すために女王の座に就こうとする魔女スフィア・セーラムという頼もしくもおっかないパートナーを得て、本格的に歩み始めたのだ。
トラブルに愛された今世紀最凶のトラブルメイカーのタッグとして――。





