99話 『何かが動き始めていた』
「あの方のことか。恐らく、赤の騎士だろう」
「恐らく? 随分、曖昧な言い方をするのね」
「直接会ったわけじゃないからなぁ」
「力を与えられたのでしょう?」
「そうだ。丁度こいつが、マリーとかいう赤毛の女を担いで王都へ向かっている最中に、声が聴こえてな」
「声?」
「上手く説明はできないが、「約束の日か近づいている。力を求めるなら、我に忠誠を誓い、第二の封印を解放に尽力せよ」と、言われてなぁ」
「それで忠誠を誓って、力を得たわけね」
「そういうことだ。だから、ボクにも正確には誰なのかは……」
話を聞いていたラナの顔が険しくなる。
「ちょっと待ってよ……」
重大な事実に気づき、一瞬にして顔から血の気が引き青ざめ、恐る恐る口を開く。
「マリーは、今どこに?」
忘れていた。と、言えばそれまでだが、次から次へと抱えきれないほどの問題が、立て続けに起こっていたせいで、頭の片隅にもマリーの存在が残っていなかった。
さらに言えば、マリーの住んでいた村の住民たちも、罪木の森から姿を消したまま。
マリーを好いて、連れ去った本人であるギースがハッとした表情で答える。
「それが、ボクたちにも、どこへ行ってしまったのか分からないんだ。力を与えられた後、気づいたらここに」
「そんな……」
「マリーも心配だけれど、今は上に急ぎましょう」
冷静な対応で答えているが、スフィアにとってマリーは、世界が一つになってから、初めて友達だと思える人間。マリーのことを一番に心配しているに違いない。
すぐにでも、捜しに行きたい気持ちを抑え、鐘の音を止めることを優先するスフィア。
どうにかしたいのに、どうすることもできない。そんな、やり切れない思いが痛いほど分かるからこそ、ラナは必要以上に声を掛けずに先を急ぐことにした。
ラナたち一行が、戦いを終え上の階へと歩みを進めていた頃、王都は地獄絵図と化していた。
王都サンクトゥス中央広場。
「手の空いている者は、負傷者を連れて王都を出て、鐘の音が届かないところまで逃げろ!」
グランバードを筆頭に各団長たちが、部下たちの統率を取り、人命を優先とした対応に追われていた。
「グランバード団長! ご報告です!」
「どうした!?」
「南門より、新手と見られる軍勢と何者かが戦闘を行なっているようです」
「新手だと!? 戦況は分かるか?」
「現在、分かっているのは一人の聖十字騎士が応戦しており、こちらへの侵入を防いでいることだけですが、その聖十字騎士が誰なのか、敵の正体さえも分かっていない状況です」
魔王アラウンとその僕である地獄の猟犬が現われて以降、特別警戒区域として厳重な警備体制を敷き、立ち入りを禁止していた南門側は、鋼壁のマルスにより新たに建造された巨大な壁によって、完璧な防衛線を張っている。
それを知っているのは、グランバードを含めた数名の団長のみ。
敵が何者なのか見当はつかないが、応戦している聖十字騎士が、マルスであるということは、すぐに分かった。
「状況は把握した。南門側に関しては、その聖十字騎士に任せ、常時監視を怠るな」
「承知致しました!」
指示を受けた兵士は、暴徒とかした住民や一般兵士たち、それを制止しようと四苦八苦している英雄志願者たちを掻い潜るようにして、南門へと戻っていった。
「急げよ、ラナ・クロイツ」
本来であれば、グランバード自ら鐘の音を止めに行きたいところだったが、誰かが統率を取らなければ、あっという間に王都は崩壊してしまう。
他の団長たちも同じくだ。
罪人であるラナ、人類の敵である魔女スフィア、不本意ではあるが、この二人に全てを委ねるしかない。
「グランバード団長! 至急、ヘスペラウィークへ加勢をお願いします!」
ひと息つく間もなく、西門側から兵士が一人大慌てで現れた。
「ヘスペラウィークだと!? また新手か!?」
「死人が住民も我々も関係なく、無差別に襲ってきています! このままでは、王都への進入も時間の問題です!」
「次から次へと……。西門側は誰が指揮を取っている?」
「ペルセ・メディウス団長です!」
「なるほど、確かにペルセの英雄たる資質は、死人相手には分が悪いか。まあ、住民に対しても良い力だとは言えないが……。わかった今すぐ向う」
グランバードは、辺りを見回してお目当ての人物がいないことを確認すると、声を張って呼びかける。
「各団長および副団長に告ぐ! 俺は今から、ヘスペラウィークへ加勢しに行く! 中央広場の指揮は、第二副団長アルフレッドに任せるが、何かあれば応援を頼む!」
「「「聖十字騎士団の名に懸けて!」」」
鐘の音に負けずと劣らない大声で伝えると、王都内外各所に点在している団長、副団長たちから一斉に返答があった。
それを聞き届けたグランバードは、死人との戦いに身を投じるべく、単身で第三団長ペルセの加勢に向かう。
ヘスペラウィークス西門前。
巨大な門の半分を覆うほどの大きな山が、グランバードの進路を塞いでいた。
「確かに、このままでは王都へ侵入されるのも時間の問題か」
西門の向こう側から、大勢の唸り声が聞こえる。どうやら、この山の向こう側には既に死者たちが群がっているようだ。
「おい、ペルセ。加勢に来てやったぞ」
呼び掛けに答えるように、山の頭頂部が動き、中から顎下まで伸びる蛇のようになった紫色の髪を綺麗に真ん中から分けた、遊び人風の軽そうな男が出てきた。
「いや〜、助かるぜグランバード」
その男、聖十字騎士団第三団長ペルセ・メディウス。西門を塞ぐ山のような物体は、青紫の鱗で覆われた大蛇バジリスク。
ペルセは、魔蛇の王と契約を結んだ蛇使いだ。
「世話の焼けるやつだ。お前の英雄たる資質が通じないみたいだな」
「そうなんだよ〜。さすがに俺の猛毒も死人には、通用しないみたいでさ〜」
「それでいて、死人でも斬るのが嫌だってわけか」
「だってよ〜、斬ったら自慢の毒槍が汚れちまうし、返り血とか浴びたくないだろ〜?」
「どの道、お前の槍からは毒が滴ってるのだから、大して変わらんだろう」
「毒は汚れじゃないぞ! この美しさがわからんかね〜。これだから、クソ真面目で堅物だって言われるんだよ、グランバード団長様〜」
「いや、それとこれとは別だろう」
ペルセは聖十字騎士団の中で唯一、十字槍を使う槍使い。
バジリスクの特性である猛毒を十字槍に注ぎ、毒槍使いとしても名が知られているほど有名だが、誰にも理解できない謎のこだわりがあるため、変わり者としても有名である。
「まっ、とりあえず助かったぜ〜! 久しぶりに、お前さんの百発百中の闘牛眼射撃を見せてくれや!」
「お前ってやつは、この状況でも呑気なことを」
グランバードは、とぐろを巻いたバジリスクをよじ登る。
「これが全部死人なのか?」
「結構な数だよね〜。ざっと一〇〇人ってとこかな〜」
「原因は分かるか?」
「さっぱり。王都内の騒ぎってよりは、別の何かで死人が増えてるって感じだとは思うんだけどさ〜」
「別の何か……か。原因が分からない以上、迂闊に行動できないな。ペルセ、お前はこのまま西門を封鎖していてくれ」
「グランバードは、どうする?」
「俺はヘスペラウィークス内で、何が起こっているのか、原因が何なのか調べて来る」
「了解〜! 気をつけてなっ!」
緊張感がまるでないペルセに見送られ、グランバードは調査を開始した。